表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/17

14・キスなんてしない

 翌日。週末の大型水族館。家族連れやカップルで賑わうエントランスに現れたさやか先輩は、殺人的な破壊力を秘めていた。


「悟君、お待たせ! 今日の私、どうかな……?」


 薄手のサマーニットに、視神経をダイレクトに焼くような白いミニスカート。すらりと伸びた眩しい脚が、水族館の照明を反射して発光しているように見える。


「……露出、多すぎませんか」


 精一杯の「説教(=嫌いアピール)」を繰り出したが、彼女の脳内フィルターを通れば無力だ。


『きゃあぁ!私の脚は見たいけど、他の男には見せたくないってこと!?独占欲!?愛が深すぎて溺れちゃう……!』


 鼓膜を震わす爆音の悦びに、俺は天を仰いだ。違う、単純に目のやり場に困るからやめてくれと言っているんだ。


 俺たちは流されるまま館内へと足を踏み入れた。


 巨大な円柱水槽の中を、無数のクラゲがゆらゆらと漂っている。幻想的なブルーのライトアップが、さやか先輩の横顔を淡く照らし出していた。


 周囲の喧騒が遠のき、水の音だけが響く静謐な空間。だが、俺の脳内だけは、さやか先輩から漏れ出す「熱を帯びた思考」で埋め尽くされていた。


『ああ……綺麗……。でも、隣にいる悟君の方がずっと素敵。暗がりで二人きり……これって、もしかして……。唇、重ねちゃってもいいのかな。悟君の唇、柔らかそう……。吸い込まれちゃいたい……っ!』


(……やめろ。頼むからそのドロドロした欲望を俺に垂れ流すな!)


 思考のボルテージが上がるにつれ、彼女の体温がじりじりと近づいてくるのがわかる。このままでは、水族館のムードに流されて取り返しのつかない既成事実を作られてしまう。


 俺は一歩身を引き、冷徹な仮面を被って釘を刺した。


「……言っておきますけど、俺はさやか先輩とキスしませんからね」


 さやか先輩が、弾かれたようにこちらを見た。俺は追撃の手を緩めない。


「いいですか、よく聞いてください。キスどころか、俺たちは手も繋いでいない。俺達はそういう仲なのです。わかったら、そのふしだらな期待は捨ててください」


 よし。これ以上ない拒絶の言葉だ。


「身体接触の欠如」という客観的事実を突きつければ、いかに超解釈の達人といえど、現実を直視せざるを得ないはず――。


 だが、さやか先輩の瞳には、絶望ではなく、見たこともないような深い「感動」が宿っていた。


「悟君……そんなに、私のことを大切に思ってくれていたんだね……っ!」


「は?」


「私、焦ってた。悟君はこんなに誠実に、私たちの関係を一つ一つ積み上げていこうとしてくれてるのに……。段階を飛ばして快楽に溺れない、そんな悟君のストイックな愛が……今、痛いくらいに伝わってきたよ!」


 さやか先輩の思考が、爆発的な輝きを放って膨れ上がる。


『なんて高潔な人なの……! まずは「心を繋ぐ」のが先だって、不器用な言い方だけど、頑張って教えてくれてるんだ……。わかった、悟君。私、頑張る。まずは手を繋ぐところから、ゆっくりと追いついてみせるね!』


「待ってください、違います、そうじゃないです。俺が言いたいのは順序の話じゃなくて――」


 反論を試みた俺の手を、彼女の小さな掌がそっと包み込んだ。


「……っ!?」


 年上なのに驚くほど華奢で、吸い付くように柔らかな感触。


 指先から伝わってくる微かな震えと、言葉にならない熱量。


 その瞬間、あんなにうるさかった「爆音の思考ノイズ」が、嘘のように消えた。


 いや、消えたんじゃない。俺自身の脳が、その柔らかすぎる感触にオーバーヒートして、あらゆる思考をシャットダウンしてしまったのだ。


 視界が真っ白にフリーズする。


 さやか先輩は、顔を真っ赤にしながらも、繋いだ手にぐっと力を込めた。


「……まずは、ここからだよね、悟君」


 幸せそうに微笑む彼女の横で、俺は心の中で絶叫した。


 拒絶するために提示した「手も繋いでいない」という条件が、そのまま「手を繋ぐためのフラグ」として回収されてしまった。


(……くそ。別の意味で……理性が保てないから、キスなんて絶対に無理だ……!)


 深海のような青い光の中、俺は繋いだ手を振り払うこともできず、逃げ場のない「愛の深海」へと、どこまでも深く沈んでいくのを感じていた。

本日、「(三話で完結)クソみたいな展示で文化祭の出し物一位の座を手に入れるまで」という作品を出します。一話はもう出していて、三話は今日の夜十九時二十分に出ます。良かったら見てください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ