14・キスなんてしない
翌日。週末の大型水族館。家族連れやカップルで賑わうエントランスに現れたさやか先輩は、殺人的な破壊力を秘めていた。
「悟君、お待たせ! 今日の私、どうかな……?」
薄手のサマーニットに、視神経をダイレクトに焼くような白いミニスカート。すらりと伸びた眩しい脚が、水族館の照明を反射して発光しているように見える。
「……露出、多すぎませんか」
精一杯の「説教(=嫌いアピール)」を繰り出したが、彼女の脳内フィルターを通れば無力だ。
『きゃあぁ!私の脚は見たいけど、他の男には見せたくないってこと!?独占欲!?愛が深すぎて溺れちゃう……!』
鼓膜を震わす爆音の悦びに、俺は天を仰いだ。違う、単純に目のやり場に困るからやめてくれと言っているんだ。
俺たちは流されるまま館内へと足を踏み入れた。
巨大な円柱水槽の中を、無数のクラゲがゆらゆらと漂っている。幻想的なブルーのライトアップが、さやか先輩の横顔を淡く照らし出していた。
周囲の喧騒が遠のき、水の音だけが響く静謐な空間。だが、俺の脳内だけは、さやか先輩から漏れ出す「熱を帯びた思考」で埋め尽くされていた。
『ああ……綺麗……。でも、隣にいる悟君の方がずっと素敵。暗がりで二人きり……これって、もしかして……。唇、重ねちゃってもいいのかな。悟君の唇、柔らかそう……。吸い込まれちゃいたい……っ!』
(……やめろ。頼むからそのドロドロした欲望を俺に垂れ流すな!)
思考のボルテージが上がるにつれ、彼女の体温がじりじりと近づいてくるのがわかる。このままでは、水族館のムードに流されて取り返しのつかない既成事実を作られてしまう。
俺は一歩身を引き、冷徹な仮面を被って釘を刺した。
「……言っておきますけど、俺はさやか先輩とキスしませんからね」
さやか先輩が、弾かれたようにこちらを見た。俺は追撃の手を緩めない。
「いいですか、よく聞いてください。キスどころか、俺たちは手も繋いでいない。俺達はそういう仲なのです。わかったら、そのふしだらな期待は捨ててください」
よし。これ以上ない拒絶の言葉だ。
「身体接触の欠如」という客観的事実を突きつければ、いかに超解釈の達人といえど、現実を直視せざるを得ないはず――。
だが、さやか先輩の瞳には、絶望ではなく、見たこともないような深い「感動」が宿っていた。
「悟君……そんなに、私のことを大切に思ってくれていたんだね……っ!」
「は?」
「私、焦ってた。悟君はこんなに誠実に、私たちの関係を一つ一つ積み上げていこうとしてくれてるのに……。段階を飛ばして快楽に溺れない、そんな悟君のストイックな愛が……今、痛いくらいに伝わってきたよ!」
さやか先輩の思考が、爆発的な輝きを放って膨れ上がる。
『なんて高潔な人なの……! まずは「心を繋ぐ」のが先だって、不器用な言い方だけど、頑張って教えてくれてるんだ……。わかった、悟君。私、頑張る。まずは手を繋ぐところから、ゆっくりと追いついてみせるね!』
「待ってください、違います、そうじゃないです。俺が言いたいのは順序の話じゃなくて――」
反論を試みた俺の手を、彼女の小さな掌がそっと包み込んだ。
「……っ!?」
年上なのに驚くほど華奢で、吸い付くように柔らかな感触。
指先から伝わってくる微かな震えと、言葉にならない熱量。
その瞬間、あんなにうるさかった「爆音の思考ノイズ」が、嘘のように消えた。
いや、消えたんじゃない。俺自身の脳が、その柔らかすぎる感触にオーバーヒートして、あらゆる思考をシャットダウンしてしまったのだ。
視界が真っ白にフリーズする。
さやか先輩は、顔を真っ赤にしながらも、繋いだ手にぐっと力を込めた。
「……まずは、ここからだよね、悟君」
幸せそうに微笑む彼女の横で、俺は心の中で絶叫した。
拒絶するために提示した「手も繋いでいない」という条件が、そのまま「手を繋ぐためのフラグ」として回収されてしまった。
(……くそ。別の意味で……理性が保てないから、キスなんて絶対に無理だ……!)
深海のような青い光の中、俺は繋いだ手を振り払うこともできず、逃げ場のない「愛の深海」へと、どこまでも深く沈んでいくのを感じていた。
本日、「(三話で完結)クソみたいな展示で文化祭の出し物一位の座を手に入れるまで」という作品を出します。一話はもう出していて、三話は今日の夜十九時二十分に出ます。良かったら見てください。




