昔は大嫌いだった貴方。今は大好きよ。
「あら、マリーア。今日もまた麗しく」
「あら、ディアーネも、またまた麗しく」
マリーアはディアーネの事が大嫌いだ。相手もそう思っているだろう。
王宮で開かれる夜会。わざとらしくディアーネが扇を手に傍に来て、マリーアに挨拶をする。
美しいディアーネ。それに比べてマリーアはそれ程、美しい訳ではない。背も低くて目立たない令嬢だ。
今、婚約者を探している最中である。
マリーアの家は伯爵家。パルドス伯爵家といえば、それなりに事業も上手く行っていて、マリーアと縁を結びたがる家があるはずだが、一向に、婚約の申し込みがない。
歳も18歳。王立学園も卒業した。早く婚約したい。
でも、一向に申し込みがない。
原因は解っていた。ディアーネが悪い噂を流しているのだ。
「マリーアと婚約を結びたがる家がある訳ないわ。だって、マリーアはおしゃべりなんですもの。秘密にしてと言っても秘密に出来ない。秘密を守れない女性って困りますわね」
おしゃべりのどこが悪いの?
ディアーネの兄であるロセルとの婚約話が過去に出た事がある。
でも、ロセルの方から断られた。
「私はマリーアと婚約するのは嫌だ。幼い頃、おねしょをした時の事を言いふらされた。今でも傷に思っている」
マリーアは、
「幼い頃の失敗は誰でもあるわ。それをいまだに根に持っているなんて、心の狭い人ね」
ロセルはディアーネに似て、美しい男性だ。金髪碧眼で女性にモテる。
だから、美人でないマリーアの事を不釣り合いだと、断ってきたのだろう。
酷い酷い酷い。やはりロセルは美人が好きなんだわ。
ロセルが他の令嬢と婚約した。
その令嬢とお茶会で会ったから、ロセルが幼い頃におねしょをした事を話題に出した。
「わたくし、ロセルとは幼馴染なんです。ロセルは5歳の時に、おねしょをして、母親に怒られて庭で泣いていましたわ。そんなロセルと婚約だなんて、いいんですの?他にもロセルはカエルが大嫌いで。カエルの声が聞こえるだけで飛び上がりますの」
その婚約したという令嬢は扇を手にホホホと笑って、
「幼い頃の話でしょう?」
「でも、カエルはいまだに大嫌いみたいですわ。そんな方と婚約だなんて、大変ですわね」
令嬢は眉を顰めて、背を向けて行ってしまった。
わたくしは真実を言ったのに何が悪いの?
そんな中、ディアーネが、国王陛下の側妃にどうかという話が持ち上がった。
側妃ですって?
ディアーネは良く言っていたわ。
若くて素敵な人と結婚して、素敵な家庭を築くのって。
ディアーネはとても美しくて、自分に自信があるから、さぞかし若い美男と結婚すると思っていたけれども。国王陛下の側妃?わらっちゃうわ。
ディアーネに夜会で会う事があった。
だから言ってやった。
「国王陛下に見初められたんですって?おめでとう。若くて美しい男性と結婚したかったのに残念ね」
「わたくしは名誉な事だと思っているわ」
ディアーネが平然と答えたので、マリーアは面白くない。
国王陛下がやって来た。50歳過ぎの顎髭の生えた国王だ。
ディアーネの腰を引き寄せて、
「側妃の話を引き受けてくれて嬉しいぞ」
「わたくしも、陛下のお役に立てる事、とても嬉しく存じます」
思わずマリーアは言ってしまった。
「ディアーネは若くて美しい男性と結婚したいと言っておりました。国王陛下」
国王は眉を顰めて、
「そなたは誰じゃ?」
「マリーアと申します。パルドス伯爵家の娘です」
ディアーネは慌てて、
「国王陛下みたいな素敵な方の側妃になれるなんてとても光栄ですわ」
国王は頷いて、
「そうじゃろう。そうじゃろう。それに比べて、パルドス伯爵家の娘とな。覚えておこう」
ディアーネを連れて国王陛下は行ってしまった。
あんな年だけ食った国王陛下の側妃だなんて可哀そう。
そう思ったのに。
自分にはちっとも婚約の申し込みが来ない。
マリーアは両親や兄に、
「本当に、我がパルドス伯爵家と縁を結びたがる家は多いはずなんだが、お前を貰いたがる人がいないとはな」
「いつまでも家にいられても困るわ」
兄も渋い顔をして、
「お前の性格が悪いからな。国王陛下を怒らせたんだって?我が家に苦情が来たぞ」
マリーアは首を傾げて、
「え?わたくし、怒らせていません。ただ本当の事を言っただけよ。ディアーネは若くて美しい男性と結婚したがっていましたって」
父がため息をついて、
「なんか教育を間違ったな。お前はもう王宮に行くな。国王陛下には謝罪をし、ディアーネ嬢には祝いの品を贈ろう」
マリーアは思わず、
「あんな年寄りの国王の側妃。めでたいことじゃないわ」
「お前はもう黙ってろ。マリーア。いいな。お前は今まで何を学んで来たんだ」
マリーアは、何が悪かったんだろうと‥‥‥
王宮に行くことを禁じられてしまった。
夜会に出るのは楽しかったのに。
男性からは遠巻きにされても、女性達の所へ突撃して色々な話をするのが、マリーアは楽しかった。
二日後、こっそりと窓から抜け出して、王宮の夜会に出席した。
マリーアはディアーネの兄であるロセルに声をかけられた。
「お前、妹を馬鹿にしたそうだな」
「あら、ロセル。だって、国王陛下の側妃よ。あんな年寄りの。ディアーネは美男と結婚したいとよく言っていたわ」
「妹は‥‥‥ディアーネは、バセル公爵の養女となった後に側妃になる。私達の派閥のトップのバセル公爵きっての頼みだった。国王陛下の側妃になって、王子を産めと。王太子殿下は病にかかり先が長くない。国王陛下と王妃様の子は王太子殿下おひとりだ。若いディアーネだったら、子が出来るだろうと。妹は覚悟を決めたんだよ。それを、お前は‥‥‥」
マリーアは、
「バセル公爵様の頼みなら、断れないわよねーー。お気の毒に」
ちっとも気の毒に思えなかった。
ディアーネなんて不幸になればいいんだわ。王子なんて産めなければいい。
そう思った。
一年後、マリーアは、20歳年上の商人の後妻になった。
親が嫁の貰い手のないマリーアを強引に、商人に押し付けたのだ。
夫は口うるさく、マリーアが口答えするようなら、尻を叩かれ折檻される。
お金の管理も夫である商人がやっており、マリーアは好きなもの一つ買えない。
朝から晩まで、夫人であるにも関わらず、他の従業員達と同様にこき使われる日々。
それに比べて、
ディアーネは王子を産んだ。
王太子は病で去年亡くなったので、ディアーネの子が未来の国王だ。
なんてことだろう。
なんでこう差がついたのだろう。
やはり美しくなければ駄目なのかしら。
マリーアは涙した。
マリーアは教会に通う。
夫に用を頼まれた時に短い時間だけ教会に寄って、神様に縋るのだ。
「女神レティナ様。私のどこが悪かったのでしょうか?辛くて辛くて仕方ありません。どうか教えて下さいませんか?」
レティナ像に時間を見つけては祈った。
レティナ像は何も答えてくれない。
もう、夫の元へ戻るのが辛くて辛くて、そのまま家を飛び出した。
いつの間にか雨が降って来た。
何がいけなかったの?私の何が?お父様。お母様。お兄様。
迎えに来て。私を迎えに来て。ねぇ。お願いだから。
そのまま路地で倒れた。
冷たい雨が降る夜だった。
ディアーネは暇を見つけては、教会に通い、貧しい人達の施しを与えている。
この王国には貧しい人達が沢山いる。
ディアーネはそういう人達の為に何かしてあげたい。そういつも思っていた。
汚い恰好をしている人たちの中に、見覚えのある女性がいた。
あの人は?やつれているけれども間違いない。マリーアだわ。
「マリーア?貴方、マリーア?」
その汚い女はディアーネを見た。ただ、ただ、見たけれども何の感情も無いそんな感じで、震える両手を差し出して。
ディアーネはマリーアを抱き締めて、
「何で貴方、こんなことになっているの?伯爵家に連れて行きます。いいわね?」
マリーアは涙をぽろりと流しながら、
「家には帰れないわ。追い出されたのですもの。夫のところにも帰りたくない
帰りたくない」
「だったら、わたくしの所に来なさい。わたくしが面倒を見ます。いいわね?」
ディアーネはマリーアの面倒を見ることにした。
風呂に入れて身ぎれいにして、今まであった事を聞き出した。
マリーアは泣きながら、
「商人の妻になって、でも夫は私をこき使って辛くて辛くて、逃げ出して。後は、覚えていないんです。ディアーネの顔を見たら思いだしたの。自分の事を」
「そう。そうなの。大変だったわね」
ディアーネはマリーアを慰めた。
そして、マリーアをメイドとして傍におくことにした。
マリーアは喜んで働かせて欲しいと言って来た。
これがあのマリーア?
本当にあのマリーア?
酷い性格だったマリーア。
自分の兄のロセルもマリーアの事を大嫌いだと嫌っていたわ。
わたくしが国王陛下の側妃になるって言ったら馬鹿にしてきたわ。
そんなマリーアが、今……
マリーアは先輩のメイドに教えて貰いながら、懸命に働いている。
ディアーネの髪をブラシで梳かして、髪を結うのが上手になってきたマリーア。
髪を結いながら、よくマリーアはディアーネと世間話をするようになった。
「ディアーネ様には感謝しています。私を拾って下さったのですから。この恩は身を持ってお返しします。それから過去の事は申し訳ございませんでした。昔の私は本当に駄目な女でした。もし、ロセル様に会う事がありましたら、マリーアが謝っていたとお伝えくださいませんか」
「マリーア。貴方。凄く反省しているのね」
「夫との生活はとても辛くて。その後、路地で死にかけて。無くしていた記憶がぼんやりと思いだしてきたんです。教会でぼろをまとって、必死に炊き出しのご飯を食べていました。風呂にも入れず、教会の軒下で寝ていました。その事を思い出しながら、何が悪かったのか、反省してみたのです。私は余計な事を言い過ぎたのですね。ロセル様を傷つけてしまいました。それからディアーネ様も。本当に申し訳なく思っております」
「反省したのなら、良かったわ。さぁ綺麗に巻いて頂戴。今日の夜会は国王陛下と共に出席しなくてはならないから。気合を入れないとね」
「ええ。お支度、頑張らせて頂きます」
マリーアはディアーネの傍で、忠実に働いてくれた。
数年何事も無く過ぎていき、ディアーネもマリーアも互いに歳が30歳を過ぎた。
ディアーネが産んだ王子もすくすくと成長して、ディアーネは幸せを感じていた。しかし、とある日、王宮の廊下を歩いていたら、忍び込んでいた暴漢に襲われた。付き従っていたマリーアが咄嗟に庇って、大けがを負ってしまった。
マリーアはベッドで、泣きながら、
「もう、まともに歩けないと言われました。お役に立てなくなり申し訳ございません」
ディアーネは涙を流しながら、
「貴方が庇ってくれなかったら、わたくしが殺されていたかもしれない。命の恩人だわ」
そこへディアーネの兄ロセルがやって来た。
久しぶりに会うロセル。ロセルはマリーアの傍に来て、
「妹を庇ってくれてありがとう。よかったら、私に君の面倒を見させて貰えないだろうか」
マリーアは首を振って、
「とんでもない。そういう訳には」
ロセルはマリーアの手を握って、
「今の私は独り身だ。妻と離縁していてね。
まぁ、君には色々と言われて、苦い思い出もあるけれども、君は妹の為に8年間、身を粉にして働いてくれた。妹の命を助けてくれた。そんな君の面倒を見るのは私の務めだと思う」
「ロセル様に世話になる訳には参りません」
マリーアはガンとしてロセルの世話になることを拒んだ。
マリーアは身体がよくなってくると、荷物を纏めて、王宮を出て行ってしまった。
ディアーネとロセルはマリーアを必死になって探した。
マリーアは足を引きずりながら、教会で働いていた。
不自由な身体で貧しい人達への炊き出しを手伝う。
ディアーネはその事を人づてに聞いて涙した。
「あら、マリーア。今日もまた麗しく」
「あら、ディアーネも、またまた麗しく」
昔は大嫌いだった貴方。今は大好きよ。
わたくしを庇ってくれて有難う。わたくしの為に仕えてくれて有難う。
ディアーネは立ち上がると、使用人に命じた。
「マリーアに伝えて頂戴。貴方はわたくしの大事なお友達よ。困った事があったらいつでも訪ねて来て。って。お願いよ」
時が過ぎるのはなんて早いのだろう。
窓から差し込む夕日を眺めながら、ディアーネは古き思い出を懐かしむ。
でも、立ち上がり、
明日の夜会の準備に思いを馳せるのであった。




