プロローグ
杉尾バス停の裏手には、色褪せた鳥居がある。
鳥居の先には小高い山があり、その山頂には小さな社が建っている。
いつからそこにあるのか分からない。地元の人たちも、そこにあるぐらいにしか認識していない。
そんな鳥居だが、私は毎日のように通っている。
朝、一時間に一本の路線バスに乗る。都市部から離れるこの路線は、この時間帯になると乗客はほとんどいない。そのため、車内は静かで眠たくなる。
眠気に抗い、時には負けたりしながら三十分ほど揺られ、杉尾バス停で降りる。通学途中の学生に「おはよう」と挨拶するのがいつもの習慣だ。
バス停の裏へ回り、鳥居の前で立ち止まる。
普通にくぐれば、ただ山を登るだけだ。けれど、白い狐が描かれた御守りを持って手を合わせてからくぐると、景色は一変する。
周囲に霧が立ち込め、空気がひんやりと変わる。そして鳥居の先に、木々が囲まれた参道が、ゆっくりと現れていく。
参道を進んでいくと、古い家屋が見えてくる。
――伊吹はりきゅう院。
ここが私の職場である。
中に入り、仕事着のスクラブに着替える。胸元に『杉山五華』と彫られた名札をつけると、自然と背筋が伸び、気持ちが切り替わる。
院長の伊吹東弥先生と朝礼をし、診療の準備を整える。少しだけ特別な患者たちの来院を待つ。
高天原に住む神々は、人間の幸福を糧として、この世界を保っているという。幸福が削がれている人がいると、神々は白い狐を使いに出す。そしてその人を高天原へ導き、さまざまな方法で幸福を高める。伊吹はりきゅう院では、身体の不調によって削がれた幸福を、鍼灸というかたちで高めている。
そう院長から聞いているが、難しいことは分からない。私はただ、目の前の患者さんと向き合うことに専念している。
今日は、どんな人が白い狐に導かれて、来院してくるのだろう。




