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9 次は

窓を開け、昇ってくる朝日を見つめる。カップに注いだコーヒーに、ゆっくりと砂糖を落とす。誰の気配もない部屋に、スプーンでかき混ぜる音が響く。その苦さをじっくりと味わう。窓からの風に、結衣の生きた証が髪の上で揺れる。何年も経った今でも、透き通る水色は、輝きを失っていない。この朝日は、なぜかやけに眩しかった。もう、ここに立つ理由がない気がしていた。

でも、このまま終わるわけにはいかない。結衣は自分の死を私に繋いだ。やることは一つだ。私の心は希望で染まっている。結衣は命を投げ出したんじゃない。そう考えなければ、私は立っていられなかった。

でも、本当はわかっている。

結衣は、生きたかった。



ずっと、私の不注意で結衣を殺したと思っていた。けど、今ならわかる。私たちが出会ったのは意味があった。もし私と出会っていなかったら、結衣は孤独に、自殺をしていたかもしれない。結衣が私を救ってくれたように、私は結衣を救えたと言えるのだろうか。あの日、答えを聞きたかった。髪飾りをつけ直し、短くなった髪を結んだ。段ボールに服や化粧道具を詰め込んだ。長くいた部屋が、少しずつ“空”になっていく。この部屋には、テーブルの上のコーヒカップだけがいつも通り、そこにあった。扉を開け、もう一度太陽の光を浴びる。誰もいなくなった花壇に、水を軽く撒く。最後に、結衣と出会った踏切を見ておきたい。手ぶらで踏切への道を歩く。髪を靡かせる秋の風が心地いい。不思議なほど穏やかな気持ちだ。あの日の警告音が聞こえ、踏切が見えた頃だった。まだ若い男がいた。虚ろな目で下を見て、線路に座り込んでいる。彼は、もう希望が見出せなくなったのだろうか。だが、私には見える。彼は、ここでは死なない未来だ。そして私は――そういう役割じゃない。するべきことがわかった。電車が見えると同時に、私は駆け出した。線路に飛び出し、彼の体を力一杯押した。目を見開いて線路脇に倒れ込む彼を見た。その瞬間、ものすごい風を感じ、周りの音が消えた。視界が闇に染まる、その直前。

私は、ひとつだけ違和感を覚えた。


――見えない。


いつもなら、来るはずのものが、何も視えなかった。

時間も、終わりも、冷たい確信も。

ただ、強い風と、胸を打つ鼓動だけがあった。


体が地面に転がり、息が詰まる。

遠くで、誰かの声が聞こえた気がする。

でも、もうどうでもよかった。


私は、生きている。


その事実だけが、遅れて、静かに胸に落ちてきた。

線路の向こうで、若い男が泣き崩れているのが見えた。

肩を抱えられ、震えながら、何度も頭を下げていた。


私は立ち上がろうとして、うまく足に力が入らず、その場に座り込んだ。

空を見上げる。

朝とも昼ともつかない、淡い光。


――ああ。

私は、今日も、ここにいる。

理由はわからない。

意味も、答えも、まだ見つからない。

でも、確かなことが一つだけあった。

結衣が、繋いだものは、ちゃんとここにある。

私は、もう一度、息を吸った。

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