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3 ほんとは

「お、お姉さん……?」

やっと泣き止んだ彼女が、不思議そうに私を見上げた。ふらふらと立ち上がる小さな背中。

『だ、大丈夫?』

思わず出た言葉に、自分でも苛立ちを覚えた。この子は──いずれ、自分で命を絶つ未来を、私は見てしまっている。なのに、私は軽々しい言葉しか出せなかった。


「うん、大丈夫」

彼女は私の目を見ず、柔らかな笑顔だけを置いて、踏切の向こうへ歩き出した。

このまま終わってはいけない──胸の奥で何かがざわめく。

私は咄嗟に、彼女の腕を掴んでいた。


びくりと肩を震わせ、彼女はゆっくりこちらを見る。

『い、家まで送るよ。この辺り、車も多いし……』

自分でも理由がわからない。ただ、放っておけなかった。


「家……私、家ないんだ」

迷いが喉の奥で揺れた。けれど、その一瞬の隙に、言葉が飛び出していた。

『……私の家に、来る……?』

「....!」

彼女は目を見開き、ほんの一瞬、光の粒のようなものを瞳に浮かべる。

「うん……行きたい。行きたい……!」

その声は震えながらも、どこか真っ直ぐだった。

私は彼女の腕を握り直し、歩き出した。離してはいけない気がした。


『……名前は、なんていうの?』

「結衣。結ぶに衣で、結衣!」

『結衣……いい名前だね』

彼女は陽気だった。あの表情との落差に、胸の奥がざわつく。

『私は美琴。好きに呼んでいいよ』

「お姉さん、可愛い名前だね!」

『あ、ありがとう……』


違和感を抱えたまま、アパートに着いた。

私が着替えて戻ると、彼女は玄関で丸くなって眠っていた。

起こす気になれず、私もその場に腰を下ろす。


眠る前に、ふと彼女の腕に目が止まる。

古い擦り傷がいくつも並び、袖口は擦り切れていた。髪は腰の辺りで不揃いに切られ、まるで大きなハサミで断ち切られたようだ。

胸が締めつけられる。中学生ほどの女の子が、どうして──

何かを聞きたいのに、言葉にならない。

私も玄関に横たわり、静かな夜に目を閉じた。


***


目を開けると、窓の外にオレンジ色の雲が霞んでいた。

一日中眠ってしまったらしい。

そっと起きてキッチンに立つ。インスタントの味噌汁と、パックのご飯。

2人分を食卓に並べると、ふらふらと結衣が入ってきた。目を見開き、息を呑む。

「た、食べてもいいの……?お味噌汁も、ご飯も……」

私は小さくうなずく。

『もちろん。君の分だよ』

言い終わらないうちに、結衣は箸を握り、夢中で食べ始めた。

ものの数秒で空になった食器が、彼女の日々の空腹を物語っていた。

昨夜の疑問が胸に浮かぶ。

彼女には本当に帰る場所がないのか。それとも……

聞けないまま、私は彼女を見つめていた。


「もう……寝てもいい……?」

少し不安げな顔。

『い、いいよ。けど……お風呂は入らないの?』

会話を長引かせたくて問いかける。

「少し前の雨で体は洗ったから……大丈夫」

私は驚き、でも平静を装う。

『そ、そう。じゃあおやすみ』

彼女は床に倒れ込むように眠ろうとする。

『そ、そこで寝るの?布団なら、そこにあるよ』

私が指さすと、彼女はまた驚いた顔をして、布団に身を沈めた。

「布団で寝ても……いいの……?」

柔らかな笑顔のまま、目を閉じる。

胸の奥に亀裂が走った。

この子は、布団で眠ることすら許されない生活を送っていたのか。

尋ねようと手を伸ばすが、彼女はすでに深い眠りに落ちていた。

彼女の眠りの浅さ、長い疲労が透けて見えるようだ。

私は眠れず、布団の横に座って空を見上げた。

離れてはいけない気がして──

私はただ、彼女の寝顔を見つめていた。


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