第7話 街:前編
今朝、マチェールから気配遮断用のマフラーが届いた。
必要なものを買いに行くついでに、効果を試してみることにした。マチェールは用事があるとかですぐに帰っていった。近くの研究所で魔術式の研修をしているそうだ。勤勉なことで。
街へ繰り出すにあたり、リースは「田舎から出てきた街に不慣れな青年」で、「神父である俺が買い物を手伝っている」という設定にした。
目立つ羽と尻尾は布で巻いて固定し、できるだけ動かさないようにと言い含めた。窮屈そうに顔をしかめていたが、仕方がない。この街で「自分は悪魔だ」と公言することは自殺行為だ。すぐに捕まって祓われてもおかしくはない。
とはいえ、悪魔の中にも大人しくて知性のある、共生可能な個体も存在する。人間にはない能力を持っている奴らは、人間にとって有益な存在だ。その中で人間が考え出した手段は「見て見ぬふり」。知らなければ、隣人は隣人でしかない。お互い波風立てたくはないからな。
その代わり、人に害をなす悪魔がいれば教会の人間が盛大に退治する。見せしめと警告、あとは治安維持のため。
バレないように行動できるだけの分別のある悪魔しか存在できない。本来ならご法度だが、長い時間をかけて妥協点を探った結果らしい。神学校時代に、言外に叩き込まれたこの街の常識だ。
一番近くの街へは、家から歩いて15分ほど。平たい石で舗装された道の両側にレンガ造りの家が立ち並び、その前に露店が所狭しと並んでいる。当然ながら、行き交う人々の中に角や羽や尻尾を持つものはいない。
「今日の目的はジャムを作るためのレモンと砂糖、それを入れる瓶といつものパンを買って帰ることだ。あとは、お前の正体がバレないかどうか確かめるためだからな。大人しくしてろよ?」
「うん…」
歯切れの悪い返事にちらりと様子をうかがえば、クリーム色のマフラーを巻いたリースは俺の服の裾を掴み、きょろきょろと視線を巡らせていた。
「何をそんなにビビってんだ?あの時酔っぱらいのおっさん引っかけてきたんだろうし、さすがに初めてじゃないだろ」
「…なんだか視点、高くて。変な感じ」
「そーかい。じゃあ、逆に胸張って歩きな。お前でかくなったんだから、おどおどしてたら目立つだろ」
「うん…」
「あと、俺は神父だからな。それなりの態度でいるから、お前も大人しくしてろ」
「わかった」
そんな会話をしながら最初に着いたのは果物屋だ。カラフルで艶のある果物が、所狭しと並べられている。頭にバンダナを巻いた顔見知りのおかみさんが、リンゴを切る手を止めてにこやかに話しかけてくる。
「いらっしゃい。あら神父さま、今日は普段着だね。お連れ様はどなた?」
「こんにちは。彼はこの前田舎から出てきた青年です。案内役を頼まれたので、必要なものを購入する手伝いをしているのですよ」
「休日だってのに、大変だねぇ。何が入り用なんだい?おすすめは今が旬の紫ブドウだよ」
「では、そのブドウを2つ。あとは、レモンを5つと砂糖を2袋…、リース?」
仕事用の笑顔と口調で応対していれば、いつのまにかリースの姿が消えていた。慌てて見回せば、リースは果物屋の会計所前で腰をかがめ、目を輝かせていた。呆れて歩み寄ると、視線の先にはやたら艶のある果物が串に刺されて並べられていた。
「勝手に側を離れてはいけないよ、リース」
「ねぇティモ、これなに?」
「おっ、目ざといねぇ。それは流れ者に作り方を教わった、新作だよ」
急に話しかけられたリースは、見てわかるほどに体を竦ませた。腰の辺りがびくっとうごめく。それとなく前に出て隠し、笑顔を崩さずに口を開いた。
「彼はあまり街に慣れていないのです。その上故郷では村八分にされていたようで、このように話しかけられただけで怯えてしまうのですよ」
「それはそれは…。大変だったんだねぇ、兄ちゃん」
おかみさんは首を振ると腕を伸ばし、串を一つ手に取った。さらに身を縮めるリースへと、その赤いものを差し出す。やたら色が濃く艶があって、果物ではない甘い匂いがするが、形からしてりんごのようだ。
「果物を飴でくるんだ、果物あめっていうもんだよ。これでも食べて、元気出しな」
おかみさんの気遣うような声音に、リースはおそるおそる顔を上げる。そして、ゆっくりと受け取った。体を起こして、それをじっと見ている。
「客からの評価は上々だからね。味は保証するさ」
「これはこれは、ありがとうございます。リース、お礼を言いなさい」
「ありがとう…、ございます」
「いいってことよ。体はしっかりしているようだし、慣れたらしっかり働きな。さて、お会計だね」
おかみさんは手早く果物を袋に入れると、すぐに金額を提示した。会計をする間、リースは手元の飴とおかみさんを交互に見ていた。頼むから、あまり変なことするなよ。横目に見ながら手に銀貨を乗せる。
「またいらっしゃいね」
「はい、またよろしくお願いします」
手を振るおかみさんに軽く会釈をして、リースの腕を引く。リースは足を進めながらも、飴をじっと見つめている。
「街で何か売ってる人に物をもらったの、初めて」
「そーかい。どこの街にいたんだ?」
「うーん。よく覚えてないけど。賑やかな所にはいた気がするの。でも、なんであの人はお金を持ってない僕にこれをくれたんだろ」
呟きながら飴へ小さく口付けると、リースは急にこちらに振り向いた。何かを思いついたようなぱっと明るい顔で、赤い染料が移った唇を開く。
「僕がかわいくなったからかな?」
「はは、言うじゃねぇか」
鼻で笑ったそれを肯定と受け取ったのか、リースは安心したような笑顔で飴をかじり始めた。行儀は良くないが、一応繁華街であるこの通りではそれが許されている。すれ違う人々も肉の刺さった串や黄色い生地を巻いたものなど、それぞれ手に持ちながら談笑している。
「一口よこしな」
「うん」
美味そうにかじる姿が少し羨ましくなり、リースに声をかけると、リースはそれを口元に差し出してきた。薄い飴の膜を噛み割れば、中の果汁がじゅわっと溢れる。歯触りの良いリンゴの中にパリパリした飴の食感と濃い甘味が合わさり、中々いけるおやつになっている。鼻に抜ける風味を楽しんでいると、リースはにこにことこちらを見下ろしている。
「なんだよ」
「何でもないよ。飴、おいしい?」
「あぁ、悪くない」
「だよね、おいしいね」
結局何が言いたいのかわからなかったが、そうこうしている内に次の目的地にたどり着く。ともすれば民家に紛れてしまいそうな、というかほとんど民家と変わらない様相の店だ。後ろのリースは飴を口に含みつつ、首を傾げている。年季の入った扉の前に開店を知らせる札がかかっていることを確認して、ゆっくりと押し戸を開いた。頭上でチリンチリン、とベルが鳴る。
「何びびってんだ、早く来いよ」
一度振り返りリースを手招くと、おそるおこるといった様子で近付いてきた。ここも、お前の好きな食い物を扱う店だから、安心しておけよ。言葉にはせずに笑って見せて、薄暗い店内へと足を踏み入れた。




