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第5話 来客

週が明けた、次の安息日。

軽い昼食を終えて少し経った頃、玄関のベルが鳴る。ドアノブをなぞって鍵を開け、ドアを開けば、そこなは思った通りの人物が立っていた。

俺より少し低い背丈にここらではあまり見ない真っ黒な巻き毛。丸眼鏡に薄い唇。ともすれば童顔とも見られるような男がこちらに微笑みかけている。いつも見慣れたカソックではなく、さっぱりした藍色のチュニックと、生成り色のブレーを履いている。


「こんにちは。お邪魔するよ」

「ああ、どうぞ」


律儀にあいさつをしてから、同僚であり友人のマチェールは部屋に足を踏み入れる。テーブルへと案内していると、隣の部屋からリースが顔を出しているのに気がついた。体を隠しながら壁のふちに手を添えて、おそるおそるといった様子でマチェールを眺めている。


「何やってんだリース。今日は客が来るって言ったろ。お前の隷属紋を見てもらうんだよ」

「でも……」

「こいつも神父だけど、すぐにお前を祓ったりしないから。いいから早くこっちへ来いよ」


いつになくしおらしい姿に茶を淹れつつ手招きをすれば、部屋から出てきたリースはそっと俺の隣に座った。マチェールと俺が正面で顔を合わせているので、リースとは斜めに向き合う形となる。マチェールは両手で白いティーカップを持ち、香りを確かめるように息を吸った後、一口含んだ。


「うん、茶葉はいいものを使ってるね。淹れ方の問題かな」

「文句言うなら飲むな」

「はは、冗談だよ。で、この子が例の淫魔だね」


音を立てずにティーカップを置いたマチェールは、改めて、というように眼鏡を上げてリースを見る。

リースは柔らかそうな唇をきゅっと引き締め、緊張したような顔で目線を下げていた。膝の上に置いた手はぎゅっと握られているし、羽も尻尾も縮こまっている様子だ。見かねて背中を軽く叩いてやれば、リースは俺を見て表情を緩めた。


「そんなに緊張すんな。痛いことはしないから」

「そうだよー、落ち着いてね。ちょっとお茶でも飲もうか」


柔らかい声で静かに微笑んだマチェールを見て、リースはカップを持って一度傾ける。ふぅ、と息をついたリースに、マチェールは再度話しかける。そういえばこいつ、子どもの扱いが上手いんだよな。少し表情の緩んだリースを、頬杖をついて見守る。


「落ちついた?そしたら、ちょっと顎を上げてみて。少しだけ顎先、触るからねー」

「……」


言われるままに顎を上げたリースは、触れられると同時にぴくりと反応した。テーブルの反対側から姿勢を低くしたまま身を乗り出したマチェールは、首元の隷属紋から目を離さないまま、俺に声をかけてくる。


「手を握ってあげてくれる?できるだけ優しくね」

「仕方ねぇなぁ」


膝上で微かに震えるリースの手を掴んでやれば、込められていた力がふっと抜けた。リースは薄目のまま、緊張を逃がすように小さく呼吸している。マチェールの顔が顎下になければ、紛うことなきキスの体勢だな。横から眺めて、ふと思った。


「ちょっとだけ、じっとしててね。すぐ終わるから」


マチェールは指を2本立てて白い光をまとわせ、赤紫色の隷属紋に近付ける。触れるか触れないかの距離で、隷属紋の赤紫色が、まるでインクが染みるように白色の光に溶けた。マチェールは羊皮紙を手早く開き、指先を落として横に薙ぐ。瞬間、赤紫の光の軌跡が浮き上がり、広がり、するするとほどけて形を示していく。どうやら普通の羊皮紙ではなく、契約時の紋様を解析するための道具らしい。

さっそく読み込みを始めたマチェールを横目に、まだ目をつぶっているリースの頬を軽くつついた。ぱっと目を開けたリースは涙目のまま俺に抱き着いてくる。はいはい、予想してたよ。


「神父さま、もう終わり?」

「終わり。あとは読み込みを待てばいい」


頬を擦り付けながらたずねてくるリースをなだめ、解読に夢中なマチェールを眺める。こうなったら、終わるまで手も口も出さない方がいい。手か口か、ちょっかいをかけた方法で反撃を食らう。もちろん過去に実証済みだ。気持ちが静まったらしいリースが、取り皿に置かれたアップルパイを美味しそうに頬張り始めた頃、マチェールはやっと声を出した。


「うーん、これは…」

「読めなかったか?」

「いいや、逆。愛玩、性処理、餌付け、飼育に名付けまで、読めすぎるくらいくっきり表れてる。…ねぇ、これ本当に隷属紋なんだよね?」

「そのはずだけど、そんなに普通じゃない紋様なのか?」


その言葉にマチェールは一度眼鏡を外し、懐から出したハンカチで拭きながら息を吐く。再度眼鏡をかけ直すと、紋様の描かれた羊皮紙に指を置いた。


「本来なら隷属紋に載る情報はもっと複雑かつ曖昧なはずなんだ。契約主への恐怖、怒り、憎しみ。そんなものが絡み合ってもっと強固になるはずなんだよ。結ばれた紐を無理やり解こうとして、ぐちゃぐちゃにもつれた状態と言えばわかりやすいかな」

「ふんふん」

「逆に、隷属紋に契約内容がここまではっきり出るなんて、隷属者が心から隷属を受け入れている以外にないよ。ティモ、この子に何したの?」

「何をした覚えもないけどよ…」


心当たりはない。ないというか、リース自身が最初から妙なくらいに俺に懐いていたことだけはわかる。

当のリースに目をやれば、リースは食べかけのアップルパイを持ったまま目を大きく開けて固まっていた。ぱちぱちとまばたきをする度に、長いまつげが上下する。リースは怪訝そうに眺めてくるマチェールを見て、口を開いた。


「ティモ?」

「ん?」

「神父さまの名前って、ティモっていうの?」


マチェールは眉間にしわを寄せて一瞬考え、呆れたように半目で笑った。


「あぁ。何、教えてなかったの?こいつの名前はね、ティモテ。ティモテ・アラベール」

「おい馬鹿何教えてんだ」

「ここまで来たら、契約主の名前を知っていようが知っていまいが関係ないと思う。ほんとに変なとこ真面目で慎重だね」

「相変わらずうるせぇな。…リース?」


マチェールは羊皮紙をくるくると丸めるとテーブルの端に置き、茶菓子のアップルパイの皿を手元に寄せた。フォークを要求されたので、1本取って皿に置いてやる。やたらと静かな隣のリースの方を向けば、その瞬間、リースの顔がずいっと寄せられた。だから距離近ぇよ。


「ティモ!神父さまのお名前、ティモって言うんだ!」


リースが顔を輝かせてぱっと笑えば、また隷属紋が光りだした。この前より控えめなその光に隷属紋の端がほどけ、するりと絡まってからすぐに首元へと落ち着いた。マチェールは口をぽかんと開けたまま、その光景を見ていた。


「使役される側が隷属紋の更新をするの、初めて見たよ俺」

「…な?こいつ、ほんとに変な淫魔なんだよ」

「まぁ…えっと…。いつまで飼うのか知らないけど頑張ってね、ティモ」


若干の哀れみを含んだ目で見つめられ、片手で額を押さえる。当のリースは残ったアップルパイを食べ切ったのか、次のピースに手を伸ばしている。嬉しそうな横顔に手を伸ばしそうになって、やめた。マチェールの前だ。マチェールはフォークを指先で挟んで揺らしながら、リースを眺めている。


「というか、本当に豊満で色っぽい体つきしてるね。淫魔の変化能力はすごいなぁ。ティモの好みど真ん中じゃん」

「おい」

「安心して、俺はノーマル。それに、体のちっちゃい子が好き」

「そういう事じゃねぇよ…」


マチェールは素知らぬ顔でアップルパイをフォークで切り分け、口に運ぶ。仕草だけは嫌みなくらいに上品だ。ゆっくりと咀嚼し、飲み込んで茶を一口啜ると、マチェールは一度手を止める。


「とりあえず、僕にわかるのはこのくらい。もっと詳しいことは、ミリヤさんの所に行かないとわからないよ」

「うーん、外に連れて行かないとなのか。面倒だな」


腕を組んで考え込むと、マチェールはくすくすと笑った。何笑ってんだ。むっとして顔をしかめれば、悪びれなくひらひらと片手を振られたので、力が抜けた。こいつと正面からやり合おうとすると、かなり面倒だ。


「そもそも、バレずに街を連れ歩けるか?」

「隠ぺい用の術を編み込んだマフラーでも巻けばいいでしょ。そのくらい準備するよ」


用意が良すぎる友人も良し悪しだな。まぁ、リースのためだし仕方がねぇか。

とりあえず今は糖分補給をしておこう。俺は自分の前のアップルパイを掴み、中身を落とさないように口へ運んだ。

行きつけの店で買ったアップルパイは、いつもと変わらず街一番の味がした。無心で口を動かしていると、ふとマチェールと視線がかち合った。好物のはずのアップルパイを半分残したまま、胸の前で軽く手を組み、肘をついている。リースは満足して眠くなったのか、いつのまにか寝室へと消えていた。


「あとね、ティモ。これは善き友人からの忠告」

「なんだよ」


いつになく真面目な顔に、咀嚼を止める。深い琥珀色の瞳が、まっすぐ俺を見つめている。何かを見透かすような目だ。


「『僕』たちは神父だ。悪魔に肩入れしすぎちゃいけないよ。祓うのも逃すのも、判断は早めにね」


教会にバレない内に、と言外に添えられた言葉へ、口内のものをごくりと飲み下してから軽く鼻で笑ってみせる。


「俺がそんなに慈悲深いと思うか?ギリギリまで使って、後腐れなく始末するさ」

「そう?それならよかった」


マチェールはにっこりと目を細めてから、再度フォークを手に取った。

訳のわからない苛立ち紛れにティーカップの中身をぐいっと飲み干す。




そんなのわかってるよ。うるせぇ友人だな。

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