7
いつもお読みいただきありがとうございます!
「あのぅ、なぜ自分を護衛に……?」
「騎士の中でお前しか名前を知らんからな。私に護衛をつけてくれるというから『では、ヴァルターを』と言っただけだ」
私の護衛に任命されて困り切ったヴァルターを背後に置いて、私はブランコでゆらゆら優雅に揺れていた。
最近のお気に入りの場所はここだ。公爵邸の庭にひっそりと作られたブランコは大変日当たりがよく、座り心地もいい。
ブランコにでんと座り、シャボン玉というもので遊んでいた。針金を液体にひたし、より大きなシャボン玉を作り出そうとする作業はなかなかうまくいかずに面白い。これはきっと初めてする遊びだ。
「ヴァルターはまぁまぁ強いだろう。護衛としてはいい」
「まぁまぁ……強くないです」
「そこで強いですという男に守ってもらうのは嫌だからな。お前でちょうどいい」
ブランコで揺れながら遊んでいると、公爵がやって来た。
何やら顔色が悪い。
ヴァルターが「公爵様はさすがに妊婦を呼びつけないか……」と呟いている。
「どうした、顔色が悪いな」
「昨夜寝つきが悪かっただけだ。その、申し訳ないが狩猟大会に参加しなければいけなくなった。あなたにも招待状が届いている」
「狩りか、いいな。最近は暇していたところだ。こんな状態でなければ私も参加するのに」
「この国では男性が狩猟をし、女性は基本的に茶を飲みながらテントで待つんだ」
「ふぅん、それはつまらんな。しかし、その顔だと私も公爵も必ず出なければならんのだろう?」
「すまない。私が王女にあんな嘘をついたばかりに」
「いやいや、良い良い。体調は安定してきたし、公爵に養ってもらっている恩を返さねば。誤魔化したい場面になったら体調不良を装えばいいしな。こういう風にお腹に手を当てればそれっぽく見えるだろう」
「そう言ってもらえると助かる。ここで参加しなければまた王女がうるさくなる。その、問題は、あなたのその口調をそのままにするかどうかだな。直せるか?」
「口調? 何か変か?」
侍女エリーを振り返ると、苦し気な表情をされてしまった。瞬きの回数も多くなった。
ヴァルターを見ると視線をそらされた。
「ふむ、口調が変だと言われたことがなかったものでな。すまない。この国では変なのだな」
「普通の令嬢はそのような話し方はしないんだが。いっそ、王族らしいからその筋で通すか……武家の出ということでいけるか……」
「テントで喋るのがまずいなら、私も狩猟大会に参加することはできないのか? 狩りの方だ」
「それは難しい。大会会場は王家の管理する森だが、足場が悪い。もしこけたら大変だし、私と一緒に行くにしても私の魔術は大掛かりだから巻き込む可能性もある」
「そういえば、公爵の魔術を見せてもらっていないぞ? 火だったな。森で使って大丈夫なのか? 獲物が丸焦げになるんじゃないか?」
「その通りだ。獲物が絶命した瞬間に魔術は消しているんだが、無駄になってしまう素材もある。魔物狩りなら別だが、狩猟大会ではそれほど広範囲に火を使うこともできない。必ず水の魔術が使える臣下も帯同させるがな」
公爵はそう言いながら、手のひらに明るい大きな炎を出した。
「ふぅん、それか」
「……だから気恥ずかしいと言ったんだ。あなたから見れば大したことのない魔術だろうから」
「大小は調整できるのだろう? 温度は? 他の使い方は?」
「魔物は火の魔術を使って追い込んで罠にかけることが多い。大型で手に負えないのはそのまま丸焦げにする」
「うーん、違う。つまり、こういうことはできないのかと聞いている」
私が指を鳴らすと、小さな雷の塊が二十ほど私の周囲に現れた。一つ一つは小さく、子供のこぶしくらいの大きさだ。
指を振ると、いくつかの魔術が集まり、羽ばたいている鳥の形を取る。
パチパチと音を立てているから、雷の魔術でできていると分かりやすいだろう。
「なんだ……これは」
「魔術だ。公爵の魔術もこのように小さく使えば汎用性が高い。火の鳥なんてかっこいいじゃないか。ただ、火の魔術はやはり獲物を焼いてしまうから火の鳥に獲物の意識を向けさせて矢で射るとか、こういう火の檻に入れて生け捕りにしてもいいんじゃないか」
ヴァルターの周囲に一瞬で雷の魔術で檻を作る。
「どうだ、ヴァルター。そこから出られそうか?」
「うわ、いたっ! これ、触ると痛いです!」
「それはそうだ、雷の魔術だからな」
檻に触ろうとしたヴァルターが思い切り痛がっている。
「まぁ、魔術も直接攻撃ばかりでなくこのように使えばいいわけだな」
「あれはどうやって作るんだ?」
「魔力操作を細かくすればいい。できないか?」
杖を取り出した公爵にやらせてみたが、檻の形を取らずに庭を一部焼いただけだった。何度か繰り返し、火の玉にはなるが檻の形にはならない。
まだまだ練習が必要だと見て、私は腕を振って雷を落として火の塊を消失させた。
「……火を雷の魔術で? そんなことができるのか」
「火が水でしか消せないなんて幻想だ。元は魔力だろう。だから、より強い魔力を当てればいい。狩猟大会までに練習が必要なようだな」
私の口調を直すよりも、公爵が習得する方が早いだろう。
「雷の魔術が使える人は……非常に少ないはずだ。私もこれまで会ったことがない」
「そうか? 属性は火・水・土・風に雷。普通だろう、いや、そういえば少なかったかもしれん。私には気まぐれで与えられたものだからな。まぁ、少ないなら私の身元は分かりやすいな! もしかして、魔術師は珍しいから登録制なのか?」
使える魔術は火なら火、水なら水と一種類だけだ。
この国ではその属性の文字が浮かび上がることで、魔術師の証となるらしい。私が知っている知識では、体に浮かび上がるのではなく、魔術の文字が魂に刻まれているのでその属性になるということだ。この国の魔術書を読んで一番に疑問に思ったことはこれだったが、この国では普通なのかもしれない。
「王宮や貴族家に所属すれば自然と名前も知られるが、フリーで働く魔術師もいるからな……名簿一覧のようなものがあるわけじゃない。ところで、エルフリーデという名前に聞き覚えはないか?」
「エル、フリーデ?」
この腹の中には本当に生命が入っているのだろうかと思いながら撫でていると、公爵がある名前を告げた。
エルフリーデ。
なんだか懐かしい名前だ。
知っているような、知らない様な。
「ん?」
腹の中で何かがうごめいた感覚があった。
「大丈夫か?」
「腹の中で何かが動いた。グネグネしている」
「胎動じゃないのか?」
「へぇ……これが……」
腹の中には本当に生命が入っているらしい。
「エルフリーデ、懐かしい名前だ。知っている気がする。知らない気もする」
「そうか」
公爵は私の顔をじっと眺めていたが、やがて視線を落として頷いた。
この男のことを私は知っているような気がする。多分、この男は私を騙そうとはしていない、そんな気もする。
淡い懐かしさしかなく、奥に何かあるはずなのに手が届かなくてもどかしい。
そんなもどかしさを口には出さず、私は内側がグネグネした感覚の腹をひたすら撫でていた。ヴァルターを檻に入れたままだったことはすっかり忘れていた。




