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いつもお読みいただきありがとうございます!
「暇だ」
離れにある本もあらかた確認し終わって暇だ。
領地経営という本は難しくて三行で寝てしまったが、戦術や魔術の書は興味深く読んだ。まぁ、魔術書は簡単すぎたが。
使用人の仕事というものを手伝って、ガラスを割ってシーツを破り肉を炭にしてしまい、やんわりともう何もしないでくださいと言われたからさらに暇だ。
私は記憶を失う前に使用人だったということはないらしい。
本を読んでも自分が何者であるか、なぜ妊娠しているのか、どうやって公爵邸まで来たのかも思い出せない。
綺麗な公爵は私を追い出すことなく離れを用意して置いてくれているのだが、何も思い出す気配がないのは申し訳ない。せめて私の侵入経路でも分かればその部分の警備の強化をするのだろうが、それさえも覚えていないのだ。もどかしいが記憶が戻らないのだから仕方がない。記憶だけにすがって生きているわけでもない。
うーん、そもそもなぜ私は妊娠しているのか。これは分からないと困るかもしれない。
腹をさすりながら、離れの周囲を散歩する。
覚えのない妊娠のせいで歩きづらいことこの上ない。
うんうんと考えていると、庭から大きな声が聞こえてきた。
興味を引かれて近寄ってみると、公爵家が召し抱える騎士の訓練が行われているようだった。
私に刃を突きつけてきた面々もあの中にいる。
木剣での訓練をじぃと眺める。
なかなか見どころのある者が多い。
あぁ、あれは多分隊長か、位が違うのだろう、服装が大多数と違う。やはり隊長ともなると実力が平とは違うから動きで分かる。
「エル様、ご興味がおありですか? 今日は外出していらっしゃいますが、公爵様も訓練されます」
興味深く見ていると、毎日甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる侍女が後ろから話しかけてきた。
誰とも分からない私によくこれほど親切にしてくれるものだ。まぁ、監視の意味合いもあるだろうがもっと唾棄したり、手抜きしたりしていいものを。
彼女はエリーという名前の侍女だ。
私はその名前の響きに奇妙な懐かしさを覚えたので、紹介されて三度名前を口にした。そうすると侍女長のメレディスが私の名前を考えてくれたのだ。
エリーやエリーゼでは混乱するだろうということで短く「エル」である。
「公爵が?」
あの綺麗な男も騎士だったのか。
刃の合間から出てきたから意識していなかったが、ひ弱な体躯ではなかった。
「はい、公爵様は若くして爵位も継いでいらっしゃいますが、王宮の魔術師でもいらっしゃいます。剣よりも魔術を使われることが多いですが体も鍛えていらっしゃるのですよ」
「なんだ、その王宮の魔術師というのは?」
「一定以上の実力がないとなれない職業でございます。公爵様は優れた魔術師でいらっしゃいますので、魔物討伐や戦争に派遣されることもあります。もちろん最近戦争はございませんので、主なのは魔物討伐です。ここ最近も国境まで行かれました」
「それは素晴らしいことだな」
相槌を打ちながら、私は一人の騎士に目がいった。
筋は悪くないのに、手合わせの稽古であと一歩でずっと負けっぱなしだ。おかしい、あの相手には勝ててもいいのに。
私に刃を向けてきたうちの一人だが、戸惑いで剣先をすぐぶれさせた奴だ。負けているのは性格ゆえか。
「あれは騎士なのか? 入団したての新入りだろうか?」
「いえ……公爵様の討伐に護衛としてついて行かれた方です。目の前で親交のあった他の騎士が大怪我をするのを見て一時期剣が握れなくなったと聞きました」
「ふぅん」
彼の上官らしき人物は稽古の監督をしていたが、彼の様子に気づいて顔を歪ませて彼に近づいている。
「ヴァルター、まだ無理ならまだ休め」
「でも、俺にはこれしか……」
状況はなかなか複雑そうである。
「彼は平民から採用したようです。ロシュフォール公爵家は実力さえあれば身分にかかわらず出世が見込めるので……彼も病気の妹の治療費があるでしょうし、このような高い給金の職はなかなか」
うん、なかなか複雑そうである。というか、侍女の情報網はすごいな。
エリーは最大限分かりやすく話してくれているが、事情は複雑だ。身分にかかわらず出世とかよくわからないが、休めばすぐとってかわられるということでもあるのだろう、多分。
頷きながら眺めていると、明らかに騎士ではない使用人が走ってきて上官に何か耳打ちしている。
「何かあったのか?」
訓練は明らかに途中だったのに切り上げられたため、振り返ると同じように何か報告を受けている侍女たちの姿がある。
「急な来客があったようです。エル様、散歩の途中で申し訳ありませんが離れに戻りましょう」
「へぇ、あれほど使用人がいても来客には慌てるのだな。分かった」
「足元にお気をつけください」
途中で少し吐き気を感じたりしながらも、私は離れにゆっくり戻って用意してもらった野菜スティックを食べる。
この空腹になった途端にやってくる吐き気だけはどうにかならないだろうか。おかげで私の側には常に野菜スティックやゆで卵が用意されている。
ポリポリ食べていると、離れの外がにぎやかになった。
訓練が再開したならもう少し見学したい。私はどうも強い男が好きらしい。
エリーたちが何事かと離れの入り口に向かい、これまた騒がしい音がして、見知らぬ若い女が離れに堂々と入って来た。
使用人ではなさそうだ。なにせ、動きにくそうなフリルがついたドレスを着ている。
後ろに何人か騎士を従えていて、その後ろには困り果てたような公爵家の使用人が続く。
これが来客だろうか。もしかして私の正体を知っているのか。
「まぁ! 公爵が愛人を離れに住まわせているという話は本当だったのね!」
金髪でドレスの女は私を指さしてそう叫んだ。




