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いつもお読みいただきありがとうございます!
「うまい!」
「それは良うございました」
「素晴らしい料理だ! おかわりできるだろうか?」
「もちろんでございます。お口に合って良かったです」
「かたじけない」
「遠慮なさらず。お腹の赤ちゃんの分まで食べないといけませんよ」
「しかし、うまい! あとでこれを作った者に会えるだろうか」
「きっと喜びますのでまずは伝えておきますね」
離れで甲斐甲斐しく侍女長に世話されて過ごす女を眺め、若き公爵でこの屋敷で一番偉いはずのフィニアス・ロシュフォールは頭を抱えた。
側には家令のリチャードがいる。
一体、なんだってこんなことに。
領地から王都に戻ってきた途端に不審者騒動だ。
不審者は意識を取り戻してから医師の診察を受け、今はベッドの上で食事をしている。皿の中身は瞬く間に不審者の胃の中に消えていくのだが、かっこんでいるわけではなくマナーは決して見苦しくない。
「なぜもうあんなに馴染んでるんだ? おかしくないか? 庭に入り込んだ不審者なのに」
「妊婦だからでしょうか。それにしても独特の品のある方ですね」
「平民ではなさそうだな」
「腰までのプラチナブロンドに夕陽色の目でいらっしゃいますか。我が国のご令嬢に該当する方は……すぐには思いつきません」
「じゃあ、他国か? それとも、出生を隠され監禁されて逃げ出した令嬢か……いや、それならもっと怯えた態度だろうな。あんな偉そうな態度なわけがないし、そもそも逃亡してきたにしては擦り傷一つなかった」
「豪胆な方といいますか……刃を突きつけられても平気そうなご様子でしたからね。一番動揺されていたのがご自身のお腹をご覧になられた時ですから」
不審者の疑いは解けていないので、女は離れで診察受けさせ食事を摂らせていた。
他の侍女たちと騎士を監視として残して、侍女長メレディスが聞き取りを終えて離れから出てくる。
「メレディス、どうだった?」
「医師の診察通り、記憶喪失であるのと妊娠中であるのは嘘ではないと思います。読み書き、受け答えに支障はありません。自身のお名前も忘れていらっしゃるようですが、侍女を紹介したときにエリーという名前に反応されていました。そのため、馴染みがありそうなエルというお名前でお呼びすることにしました。エル様と呼んでいます」
「なぜ、不審者に敬語なんだ?」
「なんといいますか、威圧感というか人を傅かせる迫力のある方なので。それに綺麗な方ですしなぜか圧倒されます。もしや王族に連なる方でしょうか?」
公爵家の侍女長でもこんな調子である。
なんだ、あの不審者は。
大きな態度と外見はどこかの王族のようではある。先代国王が手を付けたメイドの子供だと言われたら納得しそうだが、王家の色彩とは違う。なにより夕陽色の目などこの国では見たことがない。
妊婦を追い出したことが噂になっては「ロシュフォール公爵は身重の愛人を追い出した」なんて好き勝手言われるに違いない。父が亡くなってロシュフォール公爵位を異例の若さで継いだが、執務より雑事に手を取られてうんざりする。
断っているのに何度も婚約を打診してくる側室から生まれた王女なんかもだ。王太子が止めてくれているから王命は出されずに済んでいる。
「あの……王女殿下に対抗するのにあの方を、言葉は悪いようですが利用するというのはいかがでしょうか。匿うからこちらにも協力してもらうというのは……」
侍女長メレディスはすっかり不審者にほだされているようだ。
見た目の年齢が近い娘がいるせいだろうか。不審者は記憶喪失だから何歳かは分からない。
「だが、王女が送り込んできたかもしれないだろう」
「あの王女殿下が自分よりも美しい女性を送り込むとは思えません」
家令リチャードがすぐさま反論する。
「それは……一理あるな。だが、不審者だ。ひとまず、監視をつけながら様子を見る」
不審者の外見は、騎士たちの中で教育のなっていない何人かが見惚れていたほど美しい。側室の娘である王女も美しさを鼻にかけていたが……比べられないだろう。不審者はそれほど神秘的な美しさを持っていた。
不審者はしばらく大人しくしていた。
午前は庭を散歩し、午後は離れの本棚の本をあさっているようだ。
領地経営なんかの難しい本は読みながら寝ているようだが、戦術や魔術書は興味深く読んでいるという報告が来ていた。
さらに、妊娠中ということを忘れて動くので危なっかしく、時折腹を不思議そうに撫でているという。
「スパイならもう少しうまくやるでしょう」
「こちらを油断させるための演技かもしれないだろう」
やがて不審者は退屈し始めたようで、侍女やメイドを見つけると一緒に仕事をしようとする。周囲が大人しくするよう言っても聞かない。
「役に立とうとしておられて健気な方かもしれませんよ?」
「健気な演技で取り入るためかもしれないだろう」
しかし、不審者の女はシーツを破き、窓ガラスを割った。どちらも止めたにもかかわらず使用人の真似事をしたせいだった。力が有り余っている。
「どこが健気なんだ、リチャード」
「……スパイではなさそうですよ? スパイならもっとうまくやります」
「使用人でも平民だったわけでもなさそうだな」
そして不審者の女は翌日には、厨房で食材を炭にした。
「うむ、芸術だな」
「芸術ですか?」
「爆発は芸術だ」
「た……確かにこの肉の塊は綺麗な炭になっていますね……なぜか周囲にも飛び散っていますし……」
肉の塊を炭にしていたが、料理人に明るく笑って芸術だと言ったらしい。料理人は困っていた。
野菜を切るために包丁を振り上げて包丁もダメにしたようだ。
彼女が唯一できたのは刺繍だった。これは普通の令嬢レベル以上にできていた。本人は機織りの方が得意だと言っているらしいが、機織り機は公爵邸にないため検証できない。
料理もダメ、家事もダメ、しかし刺繍はできる。生体が謎である。
「やはり、王族か高位貴族ではないでしょうか。ほら、幼い頃に誘拐されてどこかで世間を知らずに育てられて」
「それならものすごい事件だな」
「医師があの方にはしなやかな筋肉がついていると言っていました。武門の方では? あるいは牧場に匿われていた高貴な方かもしれません」
自国や近隣諸国の行方不明者情報をあたっても、不審者に合致するものはいなかった。




