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「王女殿下はフィニアスが好きなのか? こんな騒ぎを起こすほどに?」
フィニアスが行ってしまって待つしかない私は、モヤモヤした気持ちを晴らすべく王女に尋ねた。
「全部、お母さまがやったのよ」
王女は震えつつしゃがんだまま、私を睨んでくる。まだ立てないらしい。
もしこの王女が全部やったのなら、こうやって震えているのは情けない限りだ。主犯格なら堂々としていてほしいから、やはり彼女は何もしていないのだろう。
しかし、この状況では何もしていないことも良くない。側室である母親の企みを知らなかったとはいえ、こんな危険な状況で王族なのに何もしないとは。
「お母さま、お母さま、ママ、ママ。先ほどからそればかり。まるで乳離れせぬ子供のようだな」
「仕方がないでしょ……私は一人で何もできない出来損ないなんだから!」
王女は涙を拭いながら悲痛な声を出す。
頭に流れた記憶の中のこの女は、もう少し儚げだったはずだが時代によるのだろうか。こんなにキャンキャンうるさく騒ぐ女だったか?
それに先ほどからこの王女は自分にはできなるわけないだの、出来損ないだのうるさい。まるでそうだと信じ込んでいるかのようだ。
「今日のことは置いておいて……一人で離れまで乗り込んできたではないか。それは出来損ないにはできぬことだ」
フィニアスが結婚したと聞いた時、私は嘘だと思ったし怒ったが、こっそり眺めに行っただけで女の元に乗り込みはしなかった。無論、フィニアスのところにも。
そんなことはワルキューレのプライドが許さなかった。
あんな男に私は本気ではなかったと言い聞かせるしかない。あんな男に「私を愛していたのではないのか。そんな女を捨てて戻ってきてくれ」と縋るなど絶対にできなかったのだ。
私の大いなるプライドが邪魔してできなかったことを、この王女はしていた。
「そのお母さまの狙いもよく分からんが……私を殺したかったのか?」
「この規模ならそうでしょ……単なる嫌がらせにしては魔物だなんて」
王女はよほど魔物が怖かったのだろう。どうやったらそこまでか弱く震えられるのかというくらいに震えている。たかが魔物がそれほど怖いのか。
「ふぅん、で、あなたは私を魔物に殺させて、フィニアスを奪うつもりだったと?」
「そこまで考えてなかったわよ! 妊娠した愛人が離れにいたって言ったらお母さまが任せておけって。何とかしてあげるって! だから任せたらこれよ! こんなことになるなんて知ってたら止めたわよ!」
「ふぅん。で、王女はどのくらいフィニアスが好きなんだ?」
私はフィニアスに死ねとは言ったが、憎しむのと同じくらいに愛していた。神に背いてもいいと、そして実際に背くほどに。
フィニアスだってそうだ。私のために死んでくれた。
この王女はどうなのだろう。私は命を懸ける愛しか知らない。
「エルフリーデ様! お逃げください!」
せっかくの王女との会話を邪魔したのはヴァルターだった。
会話に集中していて気づかなかったが、鈍い動きのアホそうな顔の魔物がのそのそと森から出てきたところだった。
あれならヴァルターだけで難なく倒せるだろう。
「ヴァルター、フィニアスに命令されただろう。きちんと私を守れ」
「守るために逃げてくれと頼んでるんですが⁉」
「私は動かんぞ」
「そんな、酷いです!」
王女の護衛は助太刀しないのかと見渡すが、側室や王太子が連れて行ったせいかどこにもいない。
「で、どのくらい好きなんだ?」
「あ、あなた、逃げなくていいの?」
「これは重要な問いだからな。それに王女もまだ逃げられん様だ。か弱い女を置いて私が逃げてはいかんだろう」
腹を撫でながら、私はいまだに立ち上がれない王女を見下ろす。
重要な部分の記憶が戻っていないが、私がフィニアスを裏切ったなら、私も前回のフィニアスのように死を選ぼう。そうするしかない。
なにせ、前回の私はフィニアスにそう強要したのだ。フィニアスだって私にそう強いる権利がある。
そしてこの王女は、前回フィニアスの妻におさまっていた女だ。
前回のイメージと著しく違うのは気になるが、どのくらいフィニアスのことが好きなのかは分かっておきたい。
「最初は夜会で見てカッコいいなって思ってて……なんだか無性に惹かれたの。それでお母さまに言ったら婚約打診をしてくれて。でも断られて……私、どうしても納得できなかったの。魔力低下だとか血が近いとかもっともらしい理由を並べられたけど、それでもどうしても公爵と結婚したいって思ったの」
フィニアスを見て懐かしく思った。懐かしい香りがした。
最初から嫌悪感など覚えずに惹かれていた。
「離れにいたあなたを見て、普通に悔しかったわよ。だって、綺麗だしなんだか地位も高そうだし、公爵に愛されているって自信満々で。公爵に庇われて……」
私が自信満々なのはいつものことだ。なぜ、男に愛されなければ自信に満ち溢れることができないのか。自信というのは内面から出てくるものだ。
さすがの私も記憶もないのに妊娠していたら驚いたが。
「あなたを見たらショックで、お母さまに言ったのよ。公爵は結婚してないけど妊娠した愛人を離れに住まわせてるって。そうしたらお母さまが『ロシュフォール公爵だけ毎回好きな人と結婚できるのはおかしいわよね』って。そこからお母さまの様子がおかしくなったの。いつの間にか変な商人と頻繁に会ってたわ。今思い出したけど、おかしな髪の色がフードから見えたわね。深い緑色の髪だったかしら」
深い緑色の髪? 私はそんな人物を一人知っている。
そして側室の言葉も気になる。もし側室が前回の私たちに関わっているのなら、彼女も記憶に振り回されているのかもしれない。
「もう一体来ました!」
ヴァルターの叫び声で思考が中断させられる。
フィニアスも王太子もそこまで戦闘下手ではないはずだ。ということは魔物を見逃したというよりも、陣を破壊し損ねたのだろう。
振り返ると、ヴァルターは肩で息をしながら鈍そうな魔物をきちんと倒していた。
「よくやったじゃないか、ヴァルター。お前はまた誰かを守れるぞ」
のそのそ出てくる魔物に手をかざす。
大きな雷が空から落ちてくる最中、複数に分岐して魔物と地面に当たる。
大きな音が奥からしたから、残っていた陣も破壊できただろう。
魔物は当然、黒焦げになって倒れた。
「……ねぇ、なんでそんな魔術が使えるのよ……そんな凄い魔術、城の魔術師でも使えないわよ」
「私に文字が与えられているからだ」
そういえば、私は追放されたはずなのになぜこの力がまだ使えるのだろう。
神は私から文字を取り上げなかったのか?
考え始めると止まらない。
おかしい、おかしい、おかしい。
神の怒りを買ったのなら取り上げられているはずのものが、いまだ私に残っている。
森の方からガサガサとまた音がした。
私は思考に忙しいので腕を振ってまた魔術を使った。雷が落ちたが、何かに途中で弾かれた雷が四方八方に飛び散る。
ヴァルターが慌てて私を守るように前に出た。
森から出てきたのは、フードを被った人物だった。深い緑色の髪がフードからのぞいている。




