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記憶喪失の妊婦を愛せよ  作者: 頼爾@2/12「尊い5歳児」コミカライズ1巻発売


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いつもお読みいただきありがとうございます!

フィニアス視点です。

 王太子だけを先行させるわけにいかず、彼の前に出る。

 エルフリーデを残すことに後ろ髪は引かれていたが、それと同じくらい混乱もしていた。



 夢で見たあの女性は、やはりエルフリーデだった。そっくりなんかじゃない、本人だ。

 森の中で湖に足を浸していた美しい彼女だ。最初に見た時から彼女は美しかった。私の魔術を下手くそだと笑ったふてぶてしい彼女である。


 隣国に行った際に私は何か盛られて、エルフリーデの記憶を綺麗に失った。

 翌朝目覚めて乱れた服装の金髪の女が隣にいて驚いたものだ。

 何かが自分に欠けている。そう感じながらも責任を取って彼女と結婚したのだ。


 その何かは、穏やかであるはずの結婚生活中もずっとついて回った。

 緊迫状態だったはずの隣国とは、私が王女と結婚したことにより友好関係は結べたはずなのに。

 ずっと欠けたそれが何なのか分からなかった。

 自分が魔術を驚かれるほど使えるのも普通だと思っていた。


 やがて戦争が起きても乗り切り、祝勝会での出来事だった。

 私は妻となった王女と並んで座っていたが、ふと強い視線を感じて広間の入り口を見た。

 踊り子の衣装を着た非常に美しい女性が立っていたが、すぐに彼女は視線を逸らして出て行った。


 誰だろう、あれは。

 とても懐かしい気配のする、美しい人だった。

 なんとなく、追いかけなければいけない気がした。


「あら、宴もたけなわですのにどちらへ?」


 隣にいた妻が聞いてくる。


「懐かしい人を見た。プラチナブロンドに夕陽色の目だったかな。一体誰だったか。挨拶しておかなければいけない気がする」

「……いけません。もしかしたら、敵の残党の間者がまぎれているのかも」

「そんなことはない。向こうもこちらも犠牲は出したが、あちらの将は討ち取ったんだ」


 なぜか顔色を悪くしながら妻は引き留めてくる。

 私の魔術をもってしても辛勝だったから、心配しているのだろうか。


 ふと、彼女と自分の腕に目を留めた。

 そこには揃いの腕輪は嵌まっている。それを見た時、毎日つけていたもののはずなのに奇妙な感じがした。


 なぜ腕輪なんだ? 指輪ではなく?

 私は腕輪など贈らないはずなのに……贈るならもっと、あの踊り子の衣装を着た女性の指に嵌まっていたような……蔦が絡んだ模様のものを贈るはず。


 縋って来る妻の腕を振り払って立ち上がりながら、奇妙な異物のような腕輪を外そうとする。


 チリッと熱くなって外れなかった。魔力を流すと余計に熱くなる。

 ──これは魔術だ。この腕輪には魔術がかけられている。


 妻の腕輪を見遣った。

 自分の腕に嵌まっているのと対になっているものだ。

 つまり、どちらかを外せば両方解除される類の魔術のはず。


 後退る妻の腕を取って、腕輪に魔力を流し込んだ。

 自分の腕についているものとは違い、それは簡単に魔力を流されて床に落ちた。同時に、私の腕についていた腕輪も甲高い音を立てて床に接触する。


 その瞬間唐突に、欠けていたと思っていたはずのものが流れ込んできた。

 なぜ、彼女のことを忘れていたのだろう。忘れられたのだろう。

 勝手に足が動く。


「待って!」


 踵を返してエルフリーデを追おうとすると、妻だった女が縋ってきた。

 彼女の母親に盃を差し出され、飲んでから意識を失った。

 そうして目覚めたら、彼女が同じベッドで眠っていたのだ。

 盛られて既成事実があったように見せかけられ、さらにこの腕輪の魔術で記憶を思い出すのを阻害されていたのだ。


「私から記憶と年月を奪っておいてまだ何か?」

「違うの! 私はあなたが好きだったから、こうでもしないとって……」

「それで、あなたの母親が協力した?」


 妻だった女は目に涙を浮かべながら頷く。

 最初から私は狙われていたわけだ。


 エルフリーデを追ったが、彼女は私が贈った指輪を投げつけてきた。

 夕陽色の目にはこれまで向けられていた親愛の情はもう見当たらない。あるのは悲しみと憎しみだけだ。


「じゃあ、私のために死んでみろ」

「火に飛び込んで愛を証明しろ。そうすれば信じてやる」


 あぁ、終わったばかりの先の戦争では違和感を覚えていた。

 なぜ、あの敵将があんなミスをして私が勝てたのか。

 あれはエルフリーデの介入だ。


 戦場において生きる者と死ぬ者を定め、死んだ者の中から魂を選び取って神のところに連れて行き、きたる神々の戦争に備えさせる。

 それがワルキューレであるエルフリーデの役割だった。


 なぜあれほど愛した彼女を腕輪一つで忘れられたのか、分からない。

 エルフリーデと毎日のように会っていたのに。

 「強い男は好きだ」と私に魔術を教え、馬に乗って笑い、陽が沈みかける彼女の目の色に染まった湖の側で口づけを交わしたのに。


 しかも、エルフリーデは私が追うまでこうして怒りはぶつけてこなかった。

 なぜ、今姿を見せる? 彼女に何かあるのか?

 エルフリーデにとっての私は、こんな感情を見せるほど大切だったとうぬぼれていいのだろうか。


「エルフリーデ! 私は君を愛している!」

「言葉ならどうとでも言える」


 それでも、彼女の背には拒絶しかなかった。

 贈った時は喜んでいたはずの指輪を投げつけられ、拒絶された私は迷わず魔術で起こした火の中に飛び込んだのだ。

 きっと彼女は神に背いたのだ。だから、最後に私に会いにきた。願望かもしれないが、あの戦争での無理やりの介入によりそんな予感がした。


 どれだけ言い訳を塗り重ねても、エルフリーデを失ってしまうことが分かっていたから。

 彼女のいない世界に意味はなかったから。



 魔物を燃やした瞬間のあの焦げた香りが、自分の体が焼けた時の香りと重なった。

 どうして、忘れていたのだろう。

 彼女は再び私のところに戻ってきてくれたのに。

 記憶喪失の妊婦として。



 側室が乗っているらしき馬車が見え、馬で先回りして進行を妨害する。

 御者を捕らえて、王太子の護衛騎士が馬車の中から側室を連れ出した。


「まぁ、乱暴だこと」

「狩猟大会の準備の責任者が危機で真っ先に逃げ出すとはな。王族の風上にも置けん」


 髪を気にしつつ落ち着いた様子の側室は、王太子に向けて文句を言う余裕があるようだ。


 側室は記憶の中のあの王女の母親にそっくりだった。

 私に盃をすすめてきた女だ。


「かよわい女が魔物を倒せるとでも?」

「王族が真っ先に逃げるなどあってはならない。そなたは娘も置き去りにしたようだな」

「あの子は鈍いもの。やっぱり、好きでもない男との子供は出来損ないにしか見えないわね」


 思わぬ毒に、王太子も私も顔をしかめる。

 側室は何かを諦めているのか、とても堂々としていた。


「どういう意味だ」


 王太子が厳しく問いかける。


「そのままの意味よ。私が望んで側室になったとでも?」

「それなら、なぜ今更こんな問題を起こす? お前が魔術師と接触していて今回の事態を引き起こしたのだろう。なぜ?」

「そうねぇ……バカな娘がどうしても公爵と結婚したいと言うのだけれど、公爵には妊娠した愛人がいると。しかもひどく偉そうで美人だとか。それを知って、それなら狩猟大会に招いてお腹の子と一緒に殺してしまえばいいのよと思ったの。ちょうど商人も転移陣で魔物が用意できると言ってくれてね。このくらいやらないと公爵は苦戦しないでさっさと女を助けてしまうでしょう」

「そなたは先ほど娘は出来損ないにしか見えないと……なのに、なぜ娘のために今回のようなことを」

「娘のためじゃないわ。でも産んだ情は少しはあるから、愛する女を亡くした公爵をなぐさめて取り入るか、今日の事態を収めた褒美として公爵に嫁にしてもらえばいいと思っていたわよ……あぁ、そうだ。ねぇ、公爵。壊した転移陣はいくつ?」


 側室の視線が王太子から私にひたと急に向いた。

 落ち着き払った青い目に嫌な予感が背中を這い回る。


「……二つだ」

「ふふ、あははっ」


 わざと一つ少なく答えると側室は笑い出した。


「あなたはいつも、本当に迂闊。盃の時も、腕輪も、今も」


 その言葉で、側室にもあの記憶があるのだと肌が粟立った。他人の空似ではないのだ。


「まさか、あなたは──」

「転移陣は四つあったのよ。あなたの大切な人は魔物を前にどうなるかしら」


 その言葉と同時に、先ほどまでいた場所で大きな雷が落ちた。

 まるで、エルフリーデが私の屋敷の庭に現れた日のような大きな雷だった。


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