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「申し訳ございません! お席がご用意できました!」
「そちらの言い分では、私は招待されていないはずだが?」
テントから出てきた侍女は可哀想なくらい震えている。
席がない程度の嫌がらせで私が泣き出すとでも思ったのだろうか。誰の発案か知らないが、とんだ茶番だ。
まぁ、侍女に八つ当たりをしても仕方がない。
こんなに震えているということは下っ端で押し付けられたのだろう。
「では、夫、いや公爵にこのことを知らせてから戻ろうか」
「知らせる? でも旦那様は……」
後ろで侍女を軽く睨んでいたエリーに私は微笑みかけた。
「公爵からこういうことがあった時には知らせるよう言われているからな」
公爵に渡したのと同じ淡いグリーンのハンカチを取り出すと、そっと撫でる。
すると雷の魔術で鳥が作り出された。
私の魔術なので、ハンカチの有無は関係ない。
ただ、こういう事態を想定した侍女長メレディスの入れ知恵だ。
公爵から魔力を込められたものを渡されていると分かれば、大切にされていると周囲に示せるのだそうだ。公爵がハンカチに魔力を込めるのが苦手でできなくても、パフォーマンスとしてハンカチを広げて私が魔術を使うので問題ない。
火の魔術に見えるよう色を赤くした鳥に、私の魔力を追跡するように命令して飛ばす。
そういえば、以前こうやって火の魔術で象った鳥から受け取ったのは嫌な知らせだった。
あれは確か──。
詳細は思い出せないが、明らかに「裏切られた」と私は思ったはずだ。
テントに戻ると、私の席は王女の隣に用意されていた。
「招待されていないかもしれないのに、こんな席に座っていいものだろうか」
笑いながら言うと、参加者からは引きつった笑みが返ってきた。
側室と王女は謝らないので、私は席につく。
さて、公爵が狩りを切り上げて戻って来るのかは怪しいがどうやって暇をつぶそうか。
「こちらはどういうことですか」
周囲を見渡していると、後ろでエリーの尖った声がした。
振り返ると、エリーがカップを持って王族の侍女に文句を言っている。
「どうした?」
「虫が入っているカップをわざわざ渡されたのです。ほらご覧ください」
茶は妊婦が飲んでもいいと言われているローズヒップティーの香りだ。
エリーがスプーンで底に沈んでいた小さな虫をすくう。
へぇ、これで少しは暇つぶしができそうである。
「席がなかった腹いせに虫を入れたんじゃない?」
側室は黙っているが、王女はエリーを冷たく一瞥した。
「大体、虫が入っていたくらいで騒ぎ過ぎなのよ」
「よく分からんが、こういう場でそれを渡されたということは、この国の王族は虫入りの茶を飲むのだろう。エリー、私は招待されていたか怪しいのだからそれは彼女たちのものではないか? 招待されたか分からない私の分まで茶の用意があるか分からんぞ」
「大変失礼しました。王族の方の流行りを存じ上げず」
エリーは有無を言わさず、先ほどの侍女にカップを返している。
「先ほど虫くらいで騒ぎ過ぎと聞いたからな。虫を紅茶と一緒に嗜むのが王族の流行とは。これから貴族の間にも流行るのか? では、妊婦の私よりも先に皆さんでどうぞ。私も虫は飲んだことがないから体調を崩しては大変だ」
エリーが突き返しているのに誰も受け取らないカップを私がもらい受け、テーブルの中央に置く。
王女は私が飲まなかったせいかブスッとした表情で、他の貴族たちは引きつった笑み、いや引いた様子だ。
「どうしたのだ? 王族の流行りなのだろう? あぁ、皆は王女殿下に遠慮しているのか。じゃあ、王女殿下どうぞ」
エリーが王女の前にカップを移動させようとすると、王女はキンキン声を出した。
「そんなもの、飲むわけないでしょ!」
「『そんなもの』を客に出したのか?」
「あなたは招待されてないってさっきから自分でも言ってるじゃない」
「あぁ、だからお茶も私の分ではないはずなので遠慮している。そして、夫が迎えに来たら帰るぞ。さっき預かった魔術で知らせたからな」
「まぁ、でも公爵が戻ってくるまでお茶の一杯も出さないのも。新しいものを淹れてお出ししなさい」
側室がそう侍女に命じると、王女は悔しそうに私を睨んでくる。
この王女は離れまで押しかけてきたのに、私の人となりをかけらも分かっていないらしい。あぁ、もしや私が怖がっていた渾身の演技が功を奏したのかもしれない。
新しいお茶に異常はなかったようだ。
エリーはややためらいながらも私の前に置く。口をつける振りだけはしておいた。
「エルフリーデ嬢は、どうやってロシュフォール公爵と知り合ったの? 驚いたのよ、公爵が女性と暮らしていると聞いてね」
王女の母親であるはずの側室は何を考えているのか、私にそう話しかけてきた。
揚げ足でも取るつもりなのか。
「偶然だ。私が公爵領にいた際に偶然出会った」
「あら、旅行か商売で立ち寄ったの? あるいはそこにお住まいだったとか」
平民かどうかチェックされているのか。
このままでは根掘り葉掘り聞かれるのだろうな。
「旅行だ。困ったぞ、公爵が私に一目ぼれして会うたびに求婚してきたのだからな」
隣で王女が拳を握りしめたのが視界に映る。
「断っても断ってもしつこくてな。毎日花束を持って求婚に来たぞ。さすがにそこまでされては私も折れた」
「それは素敵ね」
「公爵は強い男だからな。私は強い男が好きだ」
ははっと笑って全員を見渡す。
側室以外は全員引きつった笑いを浮かべ、王女は奥歯を強く噛み締めている。
手と足を出してはいけない、魔術もダメというのはなかなか大変だ。
ところで、王女が殴りかかってきた時は応戦していいものだろうか。ヴァルターは身分で止められまい。
ぼんやりそんなことを考えていると、外が俄かに騒がしくなった。
公爵が戻って来たか、大物をさっさと仕留めた参加者が勝利を確信してもう戻って来たのか。
ぼんやり騒ぎを聞いていると、より大きくなってきた。
隣の王女も外の音が気になるらしくソワソワしている。本当に王族らしくないが、表情が読み易くて退屈しない。
「魔物が出たぞ! 逃げろ!」
その声で王女は持っていたカップを取り落とした。




