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四季のあれこれ  作者: わたしだ


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桜隠し

 雪の降る頃にはきっと帰ってくるから。


 そう言って出た父は、二年経っても帰ってこなかった。雪は確かに積もった。しかし、その上にあの乱暴な足跡がつくことはなかった。


 出先からの手紙はいつも最後、私へ向けての言葉だった。元気にしてるか、ご飯ちゃんと食べてるか、勉強しているか――、そうやって月に一度、多ければ週に一度手紙が届いていた。


 私はそれに目を通さなかった。いつも母伝いに聞いていた。




 


 桜の咲く上に雪の積もるのを桜隠しというらしい。春、新生活を控えた私の前に現れたのは、まさしくそれだった。


 朝起きて、コンビニにでも行こうかと川辺を歩く時だった。ふと向こう岸を見れば――、ピンクと白。湿りのおかげか、綻ぶ花弁と幹の色が鮮やかでいる桜と――その上を冷たい雪が覆う。


 言葉こそ聞けば矛盾しそうなものだが、景色として美しくいる。


 見惚れはしなかった。芯の冷えたままに、雪のかかれた道をただ私は歩き進んだ。――桜隠しを一つの背景として。


 「いらっしゃっせー」


 バイトだろうか、気怠そうな声で迎えられたコンビニで、並ぶカップ麺を五つカゴに入れた。ついでに飲み物も大きいやつを二本――そしてバイトのレジに並んだ。


 この機械越しにする熱のない会計にも随分と慣れた。ただ五千円札を入れるだけでいい。とはいえ、慣れた内にも最近になって袋にお金のかかることが気になった。今日もそうだった。それでも袋は買ってしまっていた。


 「ありがとうございましたー」


 やはり彼の挨拶は気怠げでいた。それでも、その声は生温い風と共に私の背を押してくれた。


 大きなコンビニ袋を二つ提げて帰路につく。炭酸ジュースの入った方は重く、持ち手が指に食い込んで痛い。とにかく両手交互に持ち替えて歩いた。お陰か寒いのが和らいだ。それどころか、日の照りで汗ばんだ。


 また、桜隠しの川辺を過ぎると少ししてアパートに着いた。――六畳半の私の城。初めての一人暮らし。


 ここで生活をして一週間が過ぎた。自炊など来る前からするつもりもなく、だから、ゴミ箱には総菜やら弁当やらのものが既に溜まっていた。


 渇いた喉をジュースで潤して、朝食代わりにビスケットをひとつまみ。そうしてふとカレンダーを見れば、2日後には赤い丸がついていた。


 ――入学式!!


 そう書かれた文字は母のもの。私はそんなにマメではない。


 母は、私の合格したのを誰よりも喜んでいた。私は当たり前の心積もりでいたのに、母にとってはそうでなかったようで――涙浮かべる瞳にどこか冷たい自分がいたのを覚えている。それでも、合格の知った日の晩に並んだ巻き寿司は嬉しかった。私はどこまでいっても現金な奴なのだと、真に思った。


 引っ越しの日、あれだけ合格を喜んでいたのに、アパートから去る母の背中は夕暮れに居るにしても薄れていた。私はそれを見ても感傷的にならず、次には、皿洗いが面倒だとか、そういうことしか考えなかった。


 逡巡から帰りまた赤の丸を見れば、不意に溜め息が漏れた。全く意図もしないそれは、この四年というモラトリアムへの期待と不安とから来ていた。


 ならばと赤い丸を睨んだが、胸のつかえは取れない。ジュースを流し込もうと、息を吐き出そうと、刺さった魚の骨のようにそこにいる。 


 ‥‥父がまだ、そこにいる。





 家を出てから三度目の冬——ようやく父は帰って来た。庭に積る雪に残す足跡を全く別のものとして、いくつもつけて。


 白い花に埋もれた棺桶に僅か覗く父の顔は、私の知らないものだった。


 穏やかに目を瞑り眠る姿は、綺麗だった。





 入学式に母は来なかった。私が来ないでと伝えていた。


 周りが皆写真を撮る中を、私は歩き家路につく。しばらくすれば、川辺の桜のところまで来ていた。眺めればそこに雪はなく、色落ちしたピンクだけがあった。あの光景も長くは持たないようだった。


 心地よい春風に誘われて、スキップしそうになるのを我慢した。体の疼きを押さえてあと少しのアパートへ戻る。


 懐にいる残高三桁万円の記された通帳が、ようやく軽くなった。

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