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四季のあれこれ  作者: わたしだ


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3/4

紅葉の向こう側

 紅の葉がひらひらと落ちてゆく。

 彼と私とを裂くようにして、モミジのカーテンは閉ざされる。不意に吹いた風は私の言葉を攫って、彼の背中は並木続く歩道に小さくなってゆく。

 自然と指が動いていた。

 パシャリ、と一眼レフに収めた情景は、未だ引き出しの奥のSDカードに眠ったまま。

 ずっとそのままで良かった。

 もう二度と見ることなんてないと思っていたのに…。



 「お母さん。これなに?」


 年末に大掃除をしていると、七歳の息子が何やらこちらへ持ってきた。

 白の四角いケースが、息子の手には乗っていた。


 「どこに入ってたの?」


 「僕のね、机の中にあったよ」


 やけに胸騒ぎがした。仕舞ったままでいたのを忘れていた。


 「…お母さん?」


 息子が怪訝そうにこちらを見つめる中、私は彼の手からそっとケースを取り上げると、その隅に記さた文字を見た。 


 ’2019/11月〜’


 「ねぇ、だいじょうぶ?」

 

 遠くで息子の声が聞こえる――、ぼんやり、一つ大気の壁を介して。

 うん、大丈夫だよ。と、それすら言葉にできない。動悸が治まらない。


 「お部屋のお掃除、まだ終わってないでしょ?」


 自分の思ったよりも低い声が出た。

 それを取り繕うように、「ほら、戻って綺麗にしておいで」と、無理矢理笑顔を作って息子に向けた。彼は煮え切らない様子でいたが、コクリと頷いて自分の部屋へ戻っていった。

 

 我ながら大人げない…。

  

 やけにうるさい心臓をそのままに、寝室へ行きそのケースを化粧台に置いた。過去を一旦保留した。




 

 「今年も、もうそろそろ終わるな」


 「…うん」


 「聡太も小学校に入ってから、また随分と成長したもんだよな」


 「…そうだね」


 リビングは、薄いオレンジの色に照らされて――、夜も更けた午前零時に、私と夫の二人きり。


 「今日だって…って、大丈夫か?」


 「ん?」


 顔を上げると、夫の顔が思ったよりも近くにあった。

 風呂上がりの三十五のおじさん。面長の、ただのサラリーマン。優しい人。そして――、

 私の結婚した相手…。


 「うん、大丈夫」


 「それならいいけど…。聡太も心配してたぞ、なんかお母さん様子が変だった、って」

  

 「…そっか」


 夫と話しているはずなのに、その横に別の陰がちらつく。 

 

 「まあ、何かあったら話して」


 私が何か隠しているのを見透かすように、夫は笑いそう言うと、「じゃあ、先に寝てるから」と立ち上がった。

 「おやすみ」とリビングのドアをひねる夫に私は黙って頷いた。

 …言えるはずなんてない。

 手元のココアを一口飲めば、それは甘くねっとりと舌に絡みついて、ぬるいのが余計に胸中を混濁とさせた。


 


 私はまだ彼のことが好きなのだろうか。

 手に入れたはずの幸せが、こんな一つの疑問によって揺らぐ。

 あのケースの中を、SDカードの中を見ればそれが分かる。だからこそ決心がつかない。それで体はなぜか重くなる。

 

 「はあ」

 

 冷えた寝室に、私のため息一つ。鼻を通る空気は、痛く皮膚を刺激する。

 あれさえなければ、朝からこんな憂鬱に――、

 って、無い?

 化粧台の上から、件の爆弾が消えていた。辺りに落ちてもいない。

 どこにいったんだろうと思いつつ、目をこすれば時刻は十時を回っていた。

 一瞬心臓が止まったが、もう年末の休みに入っていたのを思い出して一安心した。とはいえ、寝過ぎてしまった。

 夫はすでに起きているようで、息子の方はまだ寝ているかと、リビングに行ってみれば、二人揃ってパソコンとにらめっこしていた。

 

 「おはよう」

 

 「おはよ」


 欠伸を噛み締めつつ、何をしているのかと画面を覗けば、どうやら年賀状を作っているようだった。


 「聡太の宿題にあるらしくてな。俺もついでに作ろうと思って」


 「そう」


 そう言って私が洗面所へ行こうとしたその時だった。


 「ああ、そういえば。SDカード借りちゃった」


 ゾワゾワゾワッと足元から髪の毛先まで寒気が一気に走り抜けた。


 「ちょっと、それって――」


 「ああ、化粧台の上にあったやつ。そういえば、なんか一枚だけ写真あったよな」


 動くマウスを止めようとしたが、遅かった。

 カチカチッと乾いた音と共に、画面一杯にあの日の風景が、あの写真が映し出された…。


 「おお、いい写真だな。これ、お母さんが撮ったのか?」


 秋晴れの空に、舞うモミジ。その葉と葉の向こうピントが合う一人の背中。


 「…うん。私が撮ったの」


 「お母さんすごい」


 無邪気な息子の声がリビングに響いた。

 

 「ねえ、この人は誰なの? お父さん?」


 続いて純真無垢な質問が飛んできた。

 

 「――元彼だよ。私の」


 「えっ!?」


 声を大きく上げて、夫がこちらに目を向けた。

 私はそれに――、

 おどけて笑ってやった。


 「嫉妬した?」


 あれだけ怖いと思っていたのに、あれだけ感情が呼び起こされてしまうと思っていたのに――、蓋を開けてみれば、案外そうでもないらしい。

 ちゃんと今の幸せに上書き保存できていた様だ。

 

 「ねえ、モトカレってなに?」


 「さあ、何だろうねえ。教えてほしいなー、お、と、う、さ、ん」


 抱きかかえた息子に頬を寄せて、その柔肌と温もりに触れて――、いじわるされた夫の可愛らしさを見て、この全てが愛おしい。

 

 「そ、そんなことより、聡太。年賀状作るぞっ」


 「えー」


 「文句言うなら手伝ってやらないからな」


 「わかったよお」


 窓外には快晴の下に、裸の木が一身に日を浴びていた。

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