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ノストイ叙事詩環 − Nóstoi −  作者: NEXT
第一章『火の戦士』
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第二節『色彩』



その日、お前は羨望に見た。


世界では何かが始まろうとしていて、だが自分は到底及ばない別の物語なのだと羨んでいた。あの"火の柱"の話が瞬く間に中つ国の大陸全土へ広がったのは、それ自体が伝承や神話の上塗りのような、この星の変容の兆しであった。


先の戦に上がった"火の柱"は高原から千里以上離れた西方大陸までも光は届き、昼間の激しい陽光がその一瞬だけは柱に隠れ、影って見えたとまで言う。かつて二度と上がり、そしてその度に大国は歴史の節目を記憶に刻んだ。とりわけ北方の民にとって"火の柱"とは『火の鳥』の伝承に謳われる希望の象徴であり、それが此度に北の軍勢を焼いたとは、その話がガンドルの山国にまで伝わる時、神威の認識の転化となろうか。


…ああ、何れにしてもそれがお前にとって直接的な起点の出来事となる。曖昧な噂と確実な灰が風に流されて広まる度にその道中では神の顕現や神罰、終末の予兆がまことしやかに囁かれ、そうした痕跡を辿ること、実際に大戦の舞台となった中央高原にほど近い地に足を踏み入れていった。


中央大陸の北東、古きフォンスの領を見張る『ウンダ教区』の辺りだ。




─────────

───────



夜。大局の道の上であてどなくウンダの近隣を彷徨っていたお前は、小さな森の傍らで篝火を見つけた。そこに居たのがお前と同じようにあの出来事に魅入られた者かはまだ分からないものの、少なくとも野盗の類いには見えない。甲冑を纏った戦士は、遠目から様子を窺っていたお前に最初から気付いていたのか、落ち着いた様子で篝火の前の倒木に腰を掛けながら言った。



「お前、道の半ばか?」



冬を越してすぐの初春ともなるとまだ凍え死ぬ者がいる程度には夜は冷えるし、近くの山々を見ても疎らに雪は残っている次第、ここから半月経てば残っているかどうか。このところこの近隣で見かけた集落の住人の殆どは南に退いており、旅人の安宿すら堅く閉じられている始末。中央北部の雄大な高原、その自然や夜空の星々は輝いているというのに、人との関わりとなると微かな喪失感を覚える程度には生活の気配が薄かった。


その中で、かの無もなき戦士との出会いがあった。彼は自ら名を名乗ることは無かったが、剣を二振り───一方は皮鞘に収められ、一方は剥き身のなまくら───を側に置いていたことと、その全身に甲冑を着けた様子から傭兵か遍歴騎士のようだった。


声を掛けられた手前、お前も木陰から身を乗り出して火の前に座る。他愛の無い挨拶と世間話を幾つか、そこから件の『最初の異端』の話を問うてみた。



「────"最初の異端"。…成る程な」



そうだとも。何処かでそんな噂を聞いた。天を衝く火など、ダイモーンの如き大山の噴火か、伝説の存在以外にはあり得ない。あの火柱は夕焼けより尚輝き、見事なまでに空は割れた。お前自身、それだけで騒ぎになっていたことを知っている。



「…お前がただ幼い好奇に押され、怖いもの見たさに問うたならば、止めておけ。お前達が思う"まとも"というままに縋りたくば、その話は縁が遠過ぎるものだ」



そう言った戦士は、篝火の薪から爆ぜた火の粉が、ふぅと空を舞う様子を見ながら掌を広げて火の粉を掴む。幼い好奇とは如何なものか。その行動から伺えることはない。


手を広げればじっと、掴んだ火の粉が跡も形も無い様子をこれまた何気なく戦士は見ていたが、少しの間が空いて思い立ったように兜の下で口を開ける。まるでその僅かな合間に、お前の事を見定めて終わったかのように。



「…けれど───もしも、獣道も承知で"異端"を識らんとするならば、俺の話を聞くがよい」



改めて互いに向き直り、お前は戦士の言葉へ静かに耳を傾ける。戦士のその様子からして、何かしらの訳知りな風体だ。お前は『最初の異端』に対する興味がこの話によって沸々と沸いて出てくるだろう、遂には、お前の旅路の目的ともなり得るだろう。


世界の真実とはそこから始まる。故に、聞き入れよ。



「"異端"とは何か。或いは何者の視点よりの"異端"であるか。それは真の"異端"なるか。 ……ああ、聞きたいのはそういう事ではないな。」



独りで首を振る戦士の言葉を真に理解する暇は無かったが、断りを入れて次に紡いだものはそうではない。" 異端 "は何が為に世界を渡り歩いたのか、そしてその果てに何を知り得たのか。今に至る新たな時代を前にして、如何なる兆しを垣間見たのだろう?



「……その旅路は、探求であった。故郷に至る為のその一頁、もうずっと昔の物語だ」



"故郷"とは何だったか。意味の深い単語に思案を巡らすが、今のお前にそれが分かることは無い。…あるいは、理解しているつもりになっているだけだ。真に識るにはその深層を見定めねばならぬ、その意──込められた真実を。故郷が出立点であれば、伝承の歩みとは伝えられた帰路に他ならなかったのだろうか。



「彼らは自らの運命を見たのだろう。ある者は運命を肯定し…ある者は運命を否定した。最後の一人には、選ぶことは叶わなかったが… …お前ならどうだ?何を選んでいた?」



"お前が今、どう思うか"。それがこの先の行く末を左右する。考えること、感じること、そして選択を決めるのはお前自身。だが、彼の言う" 運命 "とは何だ? ここまでの話はどれも含みがあった。どう答えても的外れにも感じるだろうし、正解の無い問いなのかも知れない。少なくとも今のお前にはまだ選べなかった。 



「選べない……か…そうだな、それが普通だ。全てを決めて進める者など、ごく僅かなものさ……」



返答を聞いた戦士は再び頷き、本題へ乗り移る。ではこの話の要だが、件の"火の柱"、それは尋常の現象に非ず、かつての歌に語られた『天を裂く剣』に酷似していたという。お前は言葉にせずとも前のめりに聞き耳を立てていた。



「先の戦───アルケーの王の御前にて。現れたのは伝承の戦士であると、皆は囃し立てているようだ」



高名たる今のアルケーの主『心臓の王』へと挑んだのは北の大陸から進出する『北方王』…その一騎駆けを誅したのがその者。結果として戦場は殆ど跡形もなく焼き払われ、生き残った者と"火の柱"を目にした者らによって噂は伝播する。人の噂というのは驚異的なもので、この数日の間に中央と北方南部のほぼ全土に知れ渡った。


だが同時にそれだけの噂、人から人へ移る度に事実は曲解される事もままある話か。真に『火の戦士』であったのかは灰の中……間近に見た二人の王だけが真相を知るだろう。



「果たして眉唾ものか、確かめる手は考えるに易い。直に聞き質せばよいのだ、アルケーの王を。」



ぴしゃりと言い切った戦士だったが、何ぞ無作為に語ったものでもなかったようだ。彼は「案ずるな、考えがある」と言い、篝火の傍らに横たわっていた剥き身で荒く溶けた"煤けた直剣"を掴んだ。



「言ったからにはお前には付き合って貰わなければな。その好奇の心が真に貫けるものか…示せるものならば、お前も"逸脱者"なのだろう」



応えるようにお前も立ち、すると戦士は煤けた直剣を刃の部分から持って差し出し、お前はこれを流れのままに受け取り構える。



「打ってこい、遠慮はいらんぞ」



篝火の明かりに照らされる戦士は、構えという構えも取らず堂々立つ。悠然と佇む姿はさながら王道を征くが如し、甲冑に映る彼を彩る星空はこの混沌の世を感じさせぬほどに、何よりも輝いていた。


その手には自らの得物と見られる質素にして漆黒の刃。あれは高等な鋼の類いではない。よくよく見てみれば、戦士がもう一振りと握っていた刃は黒い木炭がそのまま直剣となったものだ。立ち振る舞いといい、妙な得物といい、彼は王道を羽織りながらどこか異物感を報せる存在。


兎にも角にも、打ってこいと言われたのならまずは斬りかかる。死合ではないにしても、この戦士が相手であれば全力をぶつけても足らないと踏んだ。一太刀、一太刀、不格好でも一挙手一投足に力を込めて叩く。



「悪くない、それでこそお前は『色彩』だ」



剣を持つうちは息をつく間は無い。戦士は一呼吸を置いて刹那に間合いを詰め、大上段から縦に一閃、優れた一撃をお前の身に向けて放つ…殺気は無くとも死ねる技よ。動かねば命はない、脳裏に浮かぶ手札を出し惜しむことは許されず即座に防御、そこから反撃にも回る。


だが恐るべき疾さ、その手札を尚も上回る戦士の剣は引かれ、瞬きする間もなく柄頭を活かした殴打からお前の右肩部に重い衝撃を与えられる。反撃の手を取った手前、お前の重心は揺らいでおり、そこを突いた戦士の一撃で体勢を崩したのだ。…これは実戦であれば致命的な隙を晒したろう。



「やるな。だが"敵"というのは己の予想を上回る芸当を繰り出すものだ」



戦士もお前の意気込みを受けてか、更なる教えを繰り出す。今後お前が相対するであろう者もこういった事を行ってくる筈だ────" 強者は時に、己の行いを確たるものにする "のだ。今お前が向かい合っている戦士も例外ではない。



「足下がお留守だぞ」



戦士が行うのは直剣の鍔を使う芸当、お前の手を弾き、素早く身を捩りながらこの足首を掛けて転がす。それだけであればまだ対処は出来たであろうが、戦士の攻勢はこれに留まらない。此度の戦いの終わりを告げるようにして彼は己の得手とする技法を僅かに見せる。


今回の戦士の"それ"は霊術の『 幻霊 』と呼ばれる業、かつて大魔導師が定めた系統樹の技法の一つ…ほんの一瞬自らの霊を顕現させ、対敵への欺きや霊的な攻撃に用いられる。霊術を得手とする戦士は再び大上段から構えるなり、"それ"を露わにし、一瞬のうちに三度の幻霊を重ね、お前の頭上に目掛けて剣を振り下ろさんとする。


…だが戦士の一撃は未遂であった。頭上に紙一重で寸止められた黒光りする剣は、その気であれば真っ向からお前を打ち砕いていた筈であろう、しかしそれは本分には非ず。互いに実力の証明が遂げられたのだからそうまでする必要は当然無かった。仮初の鍛錬はこれにて幕を閉じ、戦士は完全に剣を引いたのであった。



「……と、こんなものだ。悪かったな、お前の腕は十分に分かった」



鞘に得物を納めた戦士は兜越しに顎を擦るような仕草をし、少し物思いに耽たかと思えば横目にお前の姿を捉え頷く。お前はこの光景を訝しむばかりであるが差し出された彼の手を取って立ち直れば、戦士は理力で以てお前から土埃を落とすなり言った。



「これなら…まあ何とかなるだろう。それはそうと出立の前に寄るところがあるんだが、少し良いか?」



ここまで来ると殆どなし崩し的であったろうか、流れるままに事が運ぶこと、戦士のいやに積極的な態度には些かの不信感さえ抱くかも知れぬ。なれど篝火の炎を手繰り寄せ、それを中空に浮かべる彼の背について行かざるを得ない。


雑木林を掻いて進む。その行く先は何処か、まだお前の知る由ではなかった




─────────

───────





月と星が明けに傾くにつれ、夜風が弱まるのを感じる。歩くこと一刻の時間が流れ────辿り着いたのは集落もとい、十字が象られた教会に集う小教区であった。…とは言え夜である事を除いても既に人の気が殆ど無く、幾つかのがらんどうとなった民家が並ぶ。そこには昔に棄てられたとも言い難い、形跡の真新しさを保っていた。


一件───教会の近くに明かりの灯る住居が見える。夜明けを前にして身支度を整える者の兆しか、戦士はその家へ一直線に歩き続け、お前はその後に続く。彼がゆっくりと戸を開けるものの、家主に遠慮をしているというよりは周辺の民家に気を使っている様子で、木机に向かっていた家主の後ろ姿はお前から微かに見える程度、それでも長い赤髪が印象的に見えたものだった。



「……♪」


家主は歌を口ずさんでいた。詩の内容は聴き取れないが教会の側にはあまり似つかわしくない世俗的な伝承歌の雰囲気、声からしてようやく分かったが、彼女は女性だった。お前は何かその音色に親近感を抱き、ともすれば力が湧くような感覚さえ覚えたが…開けた戸の軋む音に、歌は止んでしまった。は───と振り向いた彼女の表情は驚きのもの、それもすぐに緩んだ暖かなものに変わる。



「…あ…もう、てっきり行ってしまったものだと」


「…いや、もうここを発つ。顔を見せに来た」



入った時と同様にゆっくりと扉を閉め直すお前が彼女に向き直った時には、物悲しげな風だった。戦士と彼女は親しい仲なのだろう。傍から見てもそれだけは分かった。



「そんな顔するな、また会えるさ。…帰って来る、必ず」


「貴方のその言葉はあまり信じられませんから」


「これは手厳しい」



戦士と赤髪の女性が別れ際の会話を話す一方で、お前は戦士の背の方でずっと立ち尽くすが、しばらくして彼女は今しがたその存在に気付いたように視線を向けた。まるで蚊帳の外だったお前は、ここでようやく彼女と最初の言葉を交わしたのだった。



「…そちらの方は…」


「"色彩"───少し前に会ってな。この者とアルケーに向かう」


「アルケーに?今から向かうとしたら、着く頃には王都も慌ただしくなっていそうですね」



彼女が言う通り、巷は決着つかずの大戦に物議を醸しているのだ。特にそれを目の当たりにした中央軍は大きな混乱が予見されるだろうし、かの" 異端 "が…存在するとして、果たして北方と中央の何れに肩入れするものかも分かってはいないだろう。事実としてこの大一番でけりを付ける手筈だった中央の防衛戦は再び戦火をぶり返す────



「私はカミラ。この教区で司祭位を預からせていただいています。……もっとも、北方軍の影響でここの住民は殆ど別の集落へ去ってしまわれたのですが…」



赤髪の女性は『 カミラ 』と言った。若々しく華奢な見た目は源人(最も多い人間種)であれば二十歳過ぎ程度か、それにしては聖教の司祭だといい、そもそも女性が高位の聖職に就くこと自体が稀。お前がそういう仔細を承知しているしていないに関わらずとも、稀有な存在であることは彼女の少し気恥ずかしげな様子から分かった。



「北の者の動向を見てはいたが…あれだけの事があったんだ、当面は大規模な派兵はなかろう」


「…でもここに皆を呼び戻すのは確かに危険です。"あの火"から逃れた兵が野盗に来ないとも限りませんし……それに、最近は山脈の竜が荒ぶっているようにも思えます」


「竜か、ふむ……」



閉じた窓の方を戦士が向いても何か見える訳でもないが、そんな話もある。" 竜 "が好んで人里を襲撃することは決して多くはない、しかし一国の軍にも匹敵する怪物が危険である事に変わりはないのだ。山伏は" 源 "に憎悪を抱く。戦士は再びカミラの方を向き、助言の句を押した。



「カミラ、竜どもは夜目は効かんが奴らは熱に敏感だ。もしここから逃げるとなったら羊革を羽織って────」


「私は去りませんよ。でないと、皆が帰ってこれる場所を守れる人がいません…それにここは、私の故郷です」



教区の管理者故と貴き志の故、また故郷が故に断固として見捨てぬという意思を、彼の言葉を遮って示す。彼女は強い心を持っていた。戦士は知っていたのだろう、無理に迫ることもなく静かに笑う様子が彼女の選択を肯定する。



「…そうだったな」




しばらくして、戦士が家屋の中で何か探し物をしている間、お前とカミラはそれを教区の外れで待っていた。黎明がもうすぐ地平線から覗くくらいの時間、平時ならもう百姓は早朝の仕事の準備に取り掛かる頃合い、今の教区には住民があまり残っていないという話によるなら…まだ人気が見当たらないのも納得のゆく話だったか。


教区を覆う石垣が切れる出入り口の場、戦士を待っている間、お前は好奇心だか空いた暇を費やす為に隣で遠くの山々を見つめている彼女に話しかけてみるのであった。



「彼が何者なのか…それは私ですら測りかねています。ただ一つ言えるのは私の命の恩人で、とても大切な人だという事です」



何れの問いにも立てられるのは憶測くらいだったが、事実だけを言っているその姿に偽りは無い。三つ四つと話を進める中でも、カミラは年齢に似つかわしくないほど自律のある人物だということや、その中にもあるあどけなさから、彼女の隣にいる間は穏やかで暖かい気持ちになってゆく。


そうして軽い談義を交わし、土を蹴る音に振り向けば、用を済ませた戦士が荷袋を手に現れる。ふと、戦士が何か小さな物をお前に投げ渡し、それは見る限り古い紋の刻まれた徽章である。特に説明もなく困惑するお前を差し置いて戦士はカミラと堅い抱擁を交わしていた。


その様は単に異性愛というよりも寧ろ親子のような親愛に包まれた空気で、何方共に名残惜しむ様子が見て取れる。甲冑越しであっても戦士の暖かさは彼女にしかと伝わり、彼女の熱も戦士には伝わるのだろう────長いようでいて短い抱擁の最後に戦士はカミラの背をトントン、と励ますように叩いて、彼女の手から離れてゆく。彼女は微かに微笑みを浮かべこれに応じるように頷いた戦士、そうして今、出立にお前を呼びかけるのだ。



「待たせたな、行くぞ」



お前と戦士は教区に背を向け、歩みだした。一歩、一歩と確かに歩む大地は霜の張り付きからやや滑りやすくなっていて、気持ちこの歩みを否定されるような不安を感じる。ただそこで山々から陽が初めて覗いたと同時に、少し歩いただけで随分と遠のいたカミラが最後の言葉を洩らす…



「お体に気をつけて」


「────カミラ」



戦士だけに限らず、それはお前にも贈られた言の葉。英雄の歌には大抵、置き去りにされた庇護者が影にあるものだ。巨悪を滅ぼす英雄の背には、いつも誰かを待つ人がいる────そんな理、知っているからこそ戦士はいつもの様に誓いの言葉を投げかける。足を止めて、もう破るまいとして。



「また、会おう」



これが最後の振り返りだった。お前と戦士はやがてまた前に向き直り、視線に写らぬともお前たちの姿が見えなくなるまで見届ける彼女に背を向けた。彼女は愛しさ故に確かに戦士の背を暗に押し、郷愁の念を与えたのであった。


後押しするのは彼女だけではない。今に昇り立つは明けの日輪、歩き辛い地面の霜をゆっくりと日差しで溶かして朝を告げる。南にゆくお前達から見て、右手の空からは山から発った飛竜が舞う。あの陽目掛けて、翼を羽ばたかし、大きな大きな咆哮を轟かせて旅路の合図を報せる。見るも巨大な飛影を戦士と揃って見上げ、ともすれば芸術的にも思える光景に、きっとお前は感嘆の情を浮かべたのだ。



「ああ───良いものだ」



お前の物語はここから始まる。これは"異端"に臨む異譚だ。その歌を紡ぐのは他でもない合唱団(アンサンブル)、謳いて進み……故郷を見よ。その末に真実を知り得るだろう。


『最初の異端』あるいは、彼らが何を見たかを。あまねく生命が空に還る、その因果こそを……





◤ 中央大陸 ◢

中央大陸。源人類が繁栄する大地であり、東西南北で全く異なる光景が窺える。生命の始まりの地とされ、かつては南部海域もこの一つであった。大国アルケー、またその諸外国は温暖な中央大陸南部に築かれてある通りに、南部は比較的平穏なる地だ。北方には高原地帯が広がっている、この先は特に竜の秘境が多く、北に進むほどに大型の野獣等にも接敵する可能性が高いだろう。


東部は湿地帯に変じてゆく。沼地の存在もあって東方は蜥蜴型の竜人が好む環境になっている様子で、辺境には彼らの種族の一族が点々と在る。反対に西部は乾燥した立地で運河に近付くほど、陽の照る荒地が広がってくる。


中央人、特にアルケーを中心とした都心部の民はやや恣意的な傾向にある。彼らは各々が信ずるままに行動し、その独りよがりが真に善であれ、悪であれ、自己を愛する術を弁えていると言えるのだろう。それ自体は人の精神が持つ原始的な部分であり、決して否定出来るものではない。



◤ ウンダ教区 ◢

中央北東部、フォンス領近くの高原地帯に築かれた小教区。ウンダは20余年前のアントス王の初陣における、反乱侯国が滅びた後に築かれた無辜の民の拠り所であった。そして同時に、教区はフォンスに向かう侵犯者を見張る監視所でもあり、アルケー王が特別目を置いていた。


フォンスは禁域。何人も侵してはならず、これを許されるのは『来たるべき約束』の時のみだ。



◤ フォンス領 ◢

中央大陸北東、トイコス山脈付近に存在する。数百年前、名高き『ジョージァ王』が総ていたとされる荒れ地。領地の北部に存在する街はとうに住人は住まわず、野盗や獣に荒らされた痕跡が多い。永い間放られ、しかし新たな君主が彼の地を拓かぬ理由は、山間に築かれた為の立地の悪さと不穏な噂が故だという。現在はアルケー王が禁域として定めおり、許可無く立ち入った者には重罰が下るだろう。


曰く「フォンスの廃城には"鬼"が住まう」




《 源人類 》

古より現在に至るまで、生存圏を拡大して繁栄を続けてきた人類種。肉体性質が三種族のうち半ばにある『源ありし人』…一般に『源人』と呼ばれる種族を中心に取りまとめ『源人類』として命名されている。またその点については『小人』と『鋭人』共に否定的な意見も多いようだ。


◤源人◢

最も母数の多いとされる人類種。身体能力も他人類と比較して、平均的である種平凡な立ち位置。しかし特徴が細い訳ではなく、彼らは"個"でなく"群"になる性質を持ち、また意志の強さ故に内向的な生命属性への適正が高いという。


なお地域によって多少の体格差や肌色、気温への適応能力も異なるが、あくまで一人種の域を出ない。


◤小人◢

小柄ながら屈強な人類種。比重としては源人類に近いが、彼らに無い特徴として強靭な筋力、また熱に対する先天的な耐性が備わっている為、そういう意味では火属性に適正があるとも言えるだろう。頑固な職人気質な者が多い。


鍛冶の職や戦士の職に向いているせいか、他人種のその手の者より、小人族は重宝される。短命でこそあるが…


◤鋭人◢

人類種の中でも『祖(源)』に近い種。耳が長く聴力に優れているのが特徴的で、同時に精密動作に長ける。前述の『祖』に近い事、そして精密動作に長けるという事から理力属性の操作が卓越しており、魔術全般への適正が高い。


細く精錬された身体を持つ彼らは他人種を下に見る傾向があるが、実際のところは少々ひ弱な部類になる様だ。



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