悪だくみを聞いてしまったかもしれません
動物の皆さんから情報を聞き出すことができた私は、『とても助かりました。時々森に美味しい果物の木をはやしにきますね』と、動物の皆さんと約束をした。
『ありがとう、不思議な子猫よ。この恩は一生忘れない』
『ありがとう、子猫ちゃん』
『ありがとう、猫ちゃん』
皆がお礼を言ってくれる。子猫生活、結構素敵だわ。だってラディオスさんと会話ができるし、動物の皆さんともお話しができるもの。
もしかしてそんなに不自由しないかも──とは思えど、やっぱりこのままというのはよくない。
私がここにいる理由を思い出すのよ、ミスティア。
お姉様たちも私の脳内で口々に「しっかりなさい」「ミスティア、猫の姿では皇帝陛下の子を産めないわ」「ユーフィミアが支配されてしまうわ」と騒いでいる。
『ラディオスさん、馬車を追いかけましょう。馬よりもラディオスさんのほうが速いですよね?』
『当然だ』
私はラディオスさんの背中に飛び乗ろうとした。
けれどその前に──人の話し声が、風に乗って私の耳に届いた。
どうも、猫ちゃんになったからか、運動神経があがっているし、聴覚もよくなっているみたいだ。
『んん……?』
『ミスティア?』
『ラディオスさん、静かに。ちょっと待っていてください、ラディオスさんは目立ちますから』
『お、おい』
私は草むらに飛び込んだ。ざかざかと草むらをかき分けて、倒木の下をくぐり抜けて、人の声がするほうに向かっていく。
この真夜中に、森の中でする人の声。しかもここは、王城のすぐ傍の森だ。
すごく、気になる。何かしらの嫌な予感がする。
調べておいたほうがいいと、猫ちゃんの本能が告げている。
獣の本能まで手に入れてしまったので、今の私はもしかしたら人間時代よりも強いかもしれない。
「──ユーフィミアから、妻を娶ったそうだが」
「あぁ。あの、花の国からだ」
「幸運をもたらす花の女神という噂だろう。あの冷酷無慈悲な皇帝陛下も、そのような迷信を信じるのだな」
暗闇の中で、何人かの男たちが密談をしている。
私はこっそり近づいて耳をそばだてた。小さな猫ちゃんなので、ちょっとした草むらの中に隠れることができてすごく便利だ。
「──誘拐したら、いい金になるか?」
「それはそうだろう。それに、喜ぶお方も多いかもしれんな。特に皇帝に煮え湯を飲まされている、あの方などは」
誰のことかしら。どうやらジークヴァルド様は誰かに恨まれているらしい。
でも、周辺諸国も武力で平定しているわけだし、恨まれてはいるわよね。
むしろ恨んでいない人のほうが少ないかもしれない。
「あの方は、ジークヴァルドを引きずりおろしたいと思っているだろう。ユーフィミアの姫との結婚式の日に姫が姿を消せば、恥をかかせることができるぞ」
「それはいいかもしれんな」
「ジークヴァルドが皇帝になってから、やりにくいことばかりだ。犯罪者は取り締まれ、と。寒いばかりのこの土地で、他人から金を奪う以外にどうやって生きろというのか」
「清く正しく生きて、土でも食っていろということだろう」
男たちは、三人。
二十代から三十代といった年齢だろうか。
「……俺たちも、家を失った」
「貴族の大粛正のせいでな」
「いつか奴の寝首をかこうと様子をうかがっているが、皇城には入り込む隙がない」
彼らはどうやら元貴族。そしてジークヴァルド様が皇帝になってから、犯罪者の取り締まりがきつくなし、貴族の大粛正が起った。
つまり、なにかしらの悪いことをしていた貴族の方々なのだろう。
その身なりは薄汚れている。家を失って苦労をしているにはしているのだろうけれど。
私の誘拐について密談をしたり、お城の近くでジークヴァルド様を襲う計画をしたり。
どう考えても、いい人たちとは思えないわね。
悪いことをして罰せられたのだから、心を入れ替えて働けばいいのに、それもしないでジークヴァルド様を恨んでいるのだろう。
何があったか詳しいことがわかるわけではないけれど。
「……誰だ!?」
ふと、男性の一人が私に気づいた。きちんと隠れていたはずなのに。
逃げようとした私の体を、男の一人がつまみあげた。
「にゃ」
「猫か」
「ただの猫だな」
「ちょうど腹が減っていたんだ。猫でもいい、焼いて食おう」
──猫、食べるの?
食料事情が、ユーフィミアと違うのね。ユーフィミアでは猫は食べないもの。
私、小さいわ。子猫なのよ。食べるところ、ほとんどないのではないかしら。
「にゃー!」
「暴れるな、猫め!」
じたばたする私の体に、男の指がぎゅっと食い込む。
私は男の指をかぷっと噛んだ。「痛ぇ!」と怒鳴った男が私の体を地面に投げつける。
私の体はぽふっと、柔らかいものの上に落ちた。
『無事か、猫よ』
『狼さん!』
目に傷のある狼さんのリーダーが、私を受け止めていた。
子狼さんや他の狼さんが草むらから飛び出して、男たちに襲いかかる。
その後ろから、ぬっと、ラディオスさんも顔をだした。
「な、なんだ、狼……竜だ!」
「ジークヴァルドの竜がなぜこんなところに!」
「逃げるぞ!」
男たちは転がるように、狼さんやラディオスさんから逃げ出した。
一応剣は持っているみたいだけれど、狼の群れや竜相手に戦うほどの気概はないみたいだ。
『お前は何をしているんだ。一人で勝手にどこかにいなくなるな』
『ごめんなさい、ラディオスさん』
『これ以上お前に何かあったら、ジークヴァルドがどう思うか……帰るぞ、ミスティア。かなりの時間が経っている。馬車ももう、見つからないだろう』
『そうですよね……ごめんなさい』
私はしょんぼりしながら、ラディオスさんに謝った。
ラディオスさんは『別に怒っていない。そう落ち込むな』と励ましてくれた。