仮面の女性の情報
もぐもぐがつがつと、狼さんたちがバターアップルの果実を食べているのを、私はにこにこながめた。
私は誰かが美味しそうにご飯を食べている姿を見ることが大好きだ。
その量は多ければ多いほどいい。
ちなみに、私の作る料理を豪快に食べてくれる男の人が、私の好みのタイプだったりする。
ラディオスさんなら、体格もいいし、私がいくらたくさんご飯をつくっても全部食べてくれそうね。
あぁ、いいわね、私がご飯をつくって、ラディオスさんが食べてくれる生活。
『お前は料理がうまいのだな。どんどん作ってくれ、ミスティア。いくらでも食える』
『はい、ラディオスさん』
などと、言葉を交わしたりして。
いいわね、とてもいい。とても、新婚生活、という感じ。
『……ミスティア、大丈夫か。何を転がり回っているのだ』
「にゃう」
妄想ではないラディオスさんの声がして、私ははっとした。
草むらを転がり回っている場合じゃなかった。
『旨かった。こんなにまともな飯をくったのは久々だ。この子にも木の実を食べさせてやることができた、感謝する』
リーダーと思しき狼さんが、さきほどとはうってかわって低姿勢で私にお礼を言う。
もう私を噛んだりひっかいたりはしないようだった。
『どういたしまして。もうすこし多めにはやしておきますね。他にもお腹をすかせた動物さんたちがいるでしょうし。ほら、量が少ないと争いがおきますでしょう? 大は小をかねるといいますし、なにごとも多ければ多いほうがいいのです』
『それはそうだな。この狼どもは、少ない木の実を独り占めして、他の動物と争うだろう。動物とはそういうものだ』
『それはいけません。まだ小さな子もいますし』
私はさらに地面をぽんぽん前足でたたいた。
にょきにょきと地面からバターアップルの蔓がはえてきて、ぽんぽんと実をつける。
さすがに森全体にはやすことはできないし、やりすぎもよくないので、ある程度はやしたところで魔力を送るのをやめておいた。
子狼さんが、たくさん実ったバターアップルをみあげて、尻尾をぱたぱた振っている。
『子猫よ、感謝する』
『いえいえ、どういたしまして。私、下心があるのですね』
『下心とは?』
狼さんが尋ねる。これでようやく質問ができるわね。
狼さんたちを満腹にできたので満足しそうになってしまったけれど、私は子猫じゃなくて人間だった。
ラディオスさんと話せるようになったし、ラディオスさんは優しいので、子猫のままでいてもいいかなってちょっと思ってしまったけど。
駄目よね、私の肩にはユーフィミアの命運がかかっているもの。
『お尋ねしたいことがあるのです。このあたりに、仮面をつけた人間の女性はきませんでしたか?』
『知らんな』
『知らないのですね……』
駄目か──と、私は肩を落とした。子猫の小さな肩を。
がっかりする私の前に、ふくろうさんや、野ねずみさんやリスさんや、野うさぎさんたちがやってくる。
『狼に殺されるかもしれないけど、お腹がすいちゃって』
『食べたい』
『美味しそう』
やってきた皆が口をそろえて言う。
『どうぞ、食べてください。たくさんありますからね。狼さんたちは、今は皆さんを食べないって約束してくれますか?』
『それは無理な話だろう。ミスティア、狼とは本来肉食なのだぞ』
ラディオスさんの言葉はもっともである。
確かに狼とは肉食だ。野ウサギなどをつかまえて食べるのが本来の狼さんの生態だと、私も知っている。
『あの、では、皆がバターアップルを食べているときは、獲物を狙わないって約束してくれますか?』
『仕方ない。お前がこの果実をうみだしてくれたのだから、それぐらいの約束はしよう。そもそも獲物も少ない。兎やらもガリガリで痩せているし、食えば数が減るからな。太らせて、数を増やしてから食うと約束しよう』
『あ、ありがとうと、いいにくいですが……生態系に口を出せる立場ではありませんので、私も』
私も、お肉を食べるもの。お料理もするし。
今後一切お肉もお魚も口にしませんなんて、約束できないものね。
『猫ちゃん、仮面の人間なら見たわ』
『黒のドレスを着ていた』
『森から逃げるように、どこかに消えたよ。馬車に乗っていた。森の入り口に馬車がとまっていた』
『馬車には、ツノのある動物の彫刻がついていたよ』
バターアップルを食べながら、ふくろうさんや野ねずみさんなどの、夜目がきく子たちが教えてくれる。
この森から後宮に侵入したのだとわかり、私はラディオスさんの太い足に体当たりをした。
竜の鱗、あまりにも硬い。
私はぼよんと弾んで、地面に転がった。
『何をしている、ミスティア』
『う、嬉しくなってしまって、つい』
『お前を猫にした女はここからお前の元に行った。転移魔法を使って、ということがわかったのだな』
『はい、一歩前進です』
女性がここに馬車をとめていた、そしてその馬車にはツノのある動物の彫刻があった。
私は忘れないように、何度もその事実を心の中で反芻した。