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夜を駆ける猫ちゃん



 仮面の女性が転移魔法で転移をしたのは、私の部屋から見渡せる範囲のどこか。

 私はラディオスさんに乗せてもらって、私の居城を中心にぐるりと周囲を確認した。


 猫ちゃんというのは、夜目がきく。

 暗闇の中でも結構しっかりと確認することができる。居城の周囲には、整然と石畳の敷かれた馬車道がある。

 主城や、他の城に続いている道だ。


 後宮全体を空から見おろすと、五角形の形をしていて、それぞれの城が五角形の角に建っている。

 つまり、居城の背面は高い塀になっており、塀の向こう側には水が溜まる堀がある。


 堀を越えるとその奥は森。深い森だ。さすがの猫ちゃんでも、暗闇の中では森の向こう側は見えない。


『後宮の警備はどれほどのものなのでしょうか』

『見ての通り、全体を外壁に囲まれているだろう。外壁には見張りがいる。堀を越えようとすれば見張りに見つかる。入口は、ジークヴァルドのいる主城の奥からしか入れず、常に門番がいる。つまり、まず侵入することは不可能だ』

『なるほどです。ラディオスさん、先ほどジークヴァルド様には恋人も奥様もいらっしゃらないとおっしゃいましたが』

『お前は姫、我は竜。そう畏まる必要はない』

『……キュン』

『きゅん?』

『ラディオスさん、こんなに逞しくて雄々しいのに、気さくでお話がしやすくて、きっとさぞやおモテになるイケ竜なのでしょうね』

 

 なんだろう、この気持ち。無性に、胸がドキドキする。

 猫の姿になってしまったからか、ラディオスさんがとても輝いて見える。

 元々とても格好いいとは思っていたのだけれど、こんなに気軽に言葉を交わしてくれるなんて。

 ラディオスさんはきっと、数多の女子竜に恋をされてきたに違いない。


『……ミスティア、よく意味がわからん』

『格好よくて、女子から人気がある竜という意味ですね』

『それはよくわからん。我はずっとジークヴァルドの元にいる。他の竜と関わったことはない』

『そうなのですね。寂しくはないですか?』

『特にはないな』

『……これからは、私がいます。猫ちゃんの姿では会話ができますから。仲良くしてくださいね』

『……あぁ。ところで、お前は何か言いかけていなかったか?』

『そうでした。後宮には私のお城の他に、四つのお城があります。そちらには、ジークヴァルド様の奥様が住んでいらっしゃると思っていたのですが』

『誰もいない。後宮とやらにいるのは、お前とお前の使用人だけだ、ミスティア』


 くらりと、めまいがしそうになる。

 私はよろよろとよろけて、ラディオスさんの背中から落ちそうになった。


「にゃ……」

『ミスティア、落ちるな』

『は……っ、ごめんなさい。あまりにも驚いてしまって。ジークヴァルド様は、人質のために少し人件費をさきすぎではないでしょうか? もっと節約しないと……』

『何を言っているんだ、お前は。他国から輿入れさせた姫のために居城を整えるのは当然のことだろう?』

『私、ジークヴァルド様のことがよくわかりません。でも、他に奥様がいないとなると俄然やりやすくなってきましたね。ジークヴァルド様を骨抜きにする大作戦が。でも、この姿ではどうしようもないです』


 ともかく、後宮に侵入するのはとても難しいことだ。

 例えば私の傍にいてくれる侍女の皆様の中に犯人がいるとしたら別だけれど、あんなに優しくしてもらったのに、疑いたくない。

 だとしたら、侵入経路は一つきり。


『ラディオスさん、森に行ってくれませんか? 犯人は多分、森から転移魔法を使って私の元に来たに違いありません』

『あぁ。構わんが、何かわかるとも思えんな』


 ラディオスさんは堀を越えて、森に降り立った。

 翼の風圧で木々が揺れて、鳥や動物たちが逃げ出す気配がする。

 私の居城から一番近い森の手前に降りたラディオスさんの背中から、私は飛び降りる。


『どこに行くつもりだ、ミスティア』

『森の中です』

『狼が出る。子猫など、すぐに食われるぞ』

『でも、必要なことなんです』

『全く、命知らずな』


 ちょこちょこ走っていく私の後ろを、ラディオスさんが追ってくる。

 私は必死に走っているのに、ラディオスさんのほうが歩幅が広いので、ゆったり歩いていても追いつかれてしまう。

 小さいというのは、何かと不自由だ。森の中に入ると、倒木を乗り越えるだけでもかなり疲れる。

 倒木を乗り越えてころころ転がるように走っていると、草むらがざかざか揺れた。


 草むらから顔を出したのは──ラディオスさんの言っていた通りの、狼さんたちだった。


『……俺たちの縄張りに、何をしに来た。喰うぞ、猫め』

『た、食べないでください、お腹が空いているのですか?』

『当たり前だ。この森には何もない。寒いばかりで、食えるものといったら木の皮ぐらいだ』


 狼さんのリーダーが私に言う。

 ざっと見て、狼さんたちは五頭ほどの群れだ。中には小さい狼さんもいる。


『なぜ、猫のくせに俺たちと会話ができる?』

『ミスティアに何かすれば、お前たちを殺す』

『竜を連れているのか? 猫のくせに?』


 リーダーの狼さんは、額に十字の傷がある。なかなかの渋い声をしている。

 子供狼さんのお父さんなのだろうか。木の皮しか食べるものがないなんて、狼さんたちも苦労をしているのね。


『猫ではない。ミスティアは、人だ。散れ、狼どもめ』

『ラディオスさん、待ってください。先にお腹を満たしましょうか。そうしたら質問に答えてくれますか?』

『どういうことだ?』


 ユーフィミアは豊かだから、動物たちも飢えるようなことはなかったのではないかしら。

 寒い土地に住んでいるというのは大変なことだ。

 私は、前足で地面をポンポンと叩いた。


 すぐさま、地面から──食べ応えのあるバターアップルの蔓がはえてくる。

 こちらはユーフィミアではとても一般的な植物だ。

 

 私は、植物の発育を促す魔法がとても得意だ。

 それから、植物自体を生やすこともとても得意だった。

 でもこちらはあまり使用することがなかった。


 時々食べたい果物をこっそりはやして食べることはあったけれど、なんせユーフィミアは豊かだったから、食べることに困った経験がない。

 そんなことをしなくても、果物は食卓に並んでいたのよね。


 でも、狼さんたちには食事が必要だ。特に小さい狼さんには、栄養があるものを食べさせてあげたい。


『これは、バターアップルという果物です。甘くて、バターみたいに栄養価が高いんです。狼さんたちは果物を食べますか? 食べることができればいいのですけれど』


 普通の林檎の実に似ているけれど、バターアップルは蔓性植物で、低い場所にはえる。

 木を登らなくてもいいから、採って食べやすい。


 乳の出が悪い女性が、乳の代わりに絞って赤子に与えることもある、健康的な果物だ。


『おいしい!』


 子狼がすぐさま赤い果実をばくっと食べて、パタパタ尻尾を振った。






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