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ラディオスさんと会話ができるようになりました



 子猫だ。

 小さくて可愛い猫ちゃんだ。

 

「にー!」


 私はその場をぐるぐる回った。手足が短い。体はふさふさしている。人間の時よりもすごく、体が軽い。

 体は軽いのだけれど、なんせ小さな猫だから、立派なベッドがとても大きくて高くて、落ちたはいいけれど登ることが難しい。


「にぁ」


 言葉も話せなくなっている。

 どうしよう。猫だわ。可愛いのだけど、猫ちゃんだわ。


(これじゃあ、ジークヴァルド様を虜にできない……)


 どころの話じゃない。

 私は一応、ユーフィミアからの人質。今の私は猫の姿だ。ミスティアだと気づかれなければ、ミスティアは逃げたと思われて、ユーフィミア王国に叛意があるとでも思われかねない。


 そうすると、私が猫になってしまったことをまずは誰かに知らせるべきかしら。

 犯人が誰だかわからないけれど、ヴォルフガングにはユーフィミアにはない魔法があるみたいだもの。


 誰かに知らせて、助けてもらわないと──。

 それに、この姿ではジークヴァルド様ともお話しさえできない。せっかく、頑張ってヴォルフガング語を覚えてきたのに、全く役に立たない。


 あぁでも、私はこの姿では事情を説明できないもの。

 王女は実は猫だったなんて思われたり、王女ではなく実は猫を皇国に送り込んできたなんて勘違いをされたら、ジークヴァルド様がお怒りになって、ユーフィミアが大変なことになってしまうかもしれない。


 ともかく、部屋から出ないといけない。

 犯人はどこに行ったのかしら。犯人を探して、呪いを解いてもらわないと。

 ひとしきり混乱した私は、まず部屋から出ることにした。


「みぅ……」


 かりかり扉を引っ掻いてみたけれど、とても開かない。

 この体では、この部屋から出ることすら困難だった。


「……!」


 そうだわ。私は、猫ちゃんだけれど、魔法が使えるはず。 

 部屋の中を見渡すと、窓の側に花瓶がある。花瓶には、薔薇がいけられている。

 アンリさんに感謝だわ。なんとかなるかもしれない。


 私は花瓶に近づくと、いつもの通り魔法を使った。

 いつもは手のひらに魔力を集中させるのだけれど、片足を花に向かって差し出すのが大変だったから、額を薔薇に向ける。


 ぽやっと薔薇が輝いて、一気にぐんと伸びる。

 切花だった赤い薔薇は花瓶からその蔓を伸ばし、次々と赤い花を咲かせた。

 私は薔薇を操って、窓の取手に蔓を引っ掛ける。ぐいっと引っ張ると、窓が開いた。


 窓の先は、バルコニーになっている。夜風が部屋に吹き込んできて、私の白い体毛を揺らした。


『よし!』


 私は、猫語で話した。「にゃ!」という声が出ているが、私の中ではよし! である。


 薔薇の茂みをぴょんぴょん登って、バルコニーに出る。

 ここは、私用のお城の中の二階だ。一階まではかなりの高さがある。


『猫ちゃんだもの、飛べるはずだわ』


 猫とは、どんなに高いところから落ちても平気な動物である。

 二階の高さぐらいは、猫にとってはなんでもないはずだ。

 

『行こう』


 ここでじっとしていても何もはじまらない。目を閉じると、私の麗しの三人のお姉様たちが「行きなさい、ミスティア」「飛ぶのよ」「頑張りなさい」と応援してくれている気がする。

 私は広いバルコニーの柵の間からするりと抜け出して、ぴょんっと体を空に踊らせた。


『うわわ……っ』


 地面が、ぐんぐん近づいてくる。

 外はもう暗いけれど、ところどころに火櫓が置いてあって、見張りがしやすいためにだろう、炎が焚かれている。


 その灯りと、そして猫になったからか夜目がきくおかげで、外の風景がはっきり見えた。

 近づく地面も、空に輝く星も。庭園の花も、草木も。


「にゃああああっ」


 地面に激突するかと思った私は、ぽすりと、何か硬いものに受け止められた。


「……っ、に」


 ぐん、と、体がそのまま空に浮かびあがる。

 私は自分の体の下にある何か硬いものに爪を立てた。風圧で振り落とされそうになる。


 上昇していた黒いものは、すいっと平らになった。

 大きな翼と、大きな鱗。鱗に覆われたつるりとした体。


『……無事か』

『ラディオスさん!』


 低い声が私に話しかけてくる。

 私の体を受け止めて、静かに空を飛んでいるのは、ジークヴァルド様の竜、ラディオスさんだった。

 

『ラディオスさん、ラディオスさん、私はミスティアです。猫にされてしまいましたが、今日ご挨拶をさせていただいた、ミスティアです』

『隣国から来た姫だな』


 ラディオスさんは、低くて深みのある渋い声で話しかけてくれる。

 私は嬉しくなって、ラディオスさんの背中でくるくる回った。


『動くな、落ちる。今、降りる。じっとしていろ』

『はい、じっとしています』


 私を背に乗せて夜空を飛んでいたラディオスさんは、広い庭園の中央へと降り立った。

 着陸の時にまた風圧に弾き飛ばされそうになったので、ラディオスさんの背に爪を立てて耐える。

 背というか、鱗の一つに。ラディオスさんの体は私には大きすぎる。

 

『ありがとうございます、ラディオスさん。助かりました。どうして、私が落ちることがわかったのですか?』

『それは……ジークヴァルドが、お前のことが心配だから見張れというのでな。お前の居室の傍を飛んでいたら、お前が落ちてきた』

『ジークヴァルド様が……! 脱走しないかと心配されていたのですね、きっと』

『いや、そうではないだろうが……』


 私はラディオスさんの背中から、軽々と地面に降りた。




 

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