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人質用のお城は豪華絢爛立派です



 後宮とは、王妃様が何人も住んでいる場所である。

 ユーフィミア王国は基本的には一夫一妻制だ。

 国王や上位貴族は世継ぎを作るために妾を娶ることはあるけれど、それはあくまで妾。


 正妻と同じ場所に住まわせることなどないし、場合によってはきちんとお金を渡して子供だけを残し別れることも多い。

 女性もそれを理解して、妾となるのだ。

 残酷なようだけれど、そういった女性たちは仕事として子供を産むのである。


 そしてそのような女性たちは種次の女神と呼ばれて、尊ばれる。

 これはユーフィミア王国の主神、豊花の女神ディメルテ様に由来している。

 ディメルテ様は豊穣の神。豊穣とは、作物の実る豊かな大地であり、動物たちであり、人である。

 

 ディメルテ様は子宝を尊ぶ。

 ユーフィミアでは子ができない女性の代わりに子を生む女性のことをとても尊び、祝福する。

 もちろん子ができない女性のことも尊重するので、正妻の地位を脅かさないようにするために、妾は仕事と割り切っている。


 ──それが全てではないだろうけれど。

 そこには感情があるから、愛情がわいてしまうこともあるわよね、きっと。

 ありがたいことに私の両親はそういった問題は起らずに、お母様は五人の子を生んでも元気になさっている。

 と、まぁ、そんなわけだから、ユーフィミアのお城には後宮がない。

 

 後宮とは、皇帝陛下の奥様たちがたくさん暮している場所である。


 これぐらいの知識はあるけれど、実際に目にするとその大きさに圧倒されてしまう。

 私の用のお城の他にも、広大な塀に囲まれた敷地内にはいくつかのお城が建っている。


 塀に囲まれている敷地だから窮屈さを感じそうなものだけれど、一つのお城がユーフィミアのお城ぐらいある広大な敷地なので、息苦しさはほとんどなかった。


 奥にあるお城なんて、霧で霞んで見えないぐらいだもの。

 このお城一つ一つに、ジークヴァルド様の麗しの奥方様が住んでいらっしゃる。


「ご挨拶をしてまわるべきかしら……」


 私はひとしきり悩んだ。

 けれど、いきなりお伺いするのも失礼かと思い、眼前にそびえ立つ私用(ひとじちよう)の城に足を踏み入れた。


 門番の方が大きな扉を開いてくださり、中に入った私を出迎えてくれたのは、ずらりと並んだ侍女の方々だった。

 エントランスの天井からは星々を集めたような煌びやかなシャンデリアがつり下がっている。

 質のいい調度品と深い色合いの木製の壁。

 温かみのある絨毯が床には敷かれていて、謁見の間で感じたような寒々しさがない。


 花瓶には綺麗な花が飾られていて、正面階段の踊り場に嵌められたステンドグラスからは、明るい光が差し込んでいる。


「ようこそ、いらっしゃいました、ミスティア様」


 白いブラウスと布のたっぷりとした愛らしい赤いスカート、首には赤いタイをまいている、そろいの侍女服を着た方々の中から、中央にいる女性が一歩踏み出して挨拶をしてくれた。 


 豊かな赤毛と愛らしい桃色の瞳をした、すらりと背の高い大人の女性だ。


「はじめまして。イルゼナ伯爵家の長女、アンリエットと申します。アンリとお呼びください」

「はじめまして、アンリさん、皆さん。ユーフィミアから参りました、ミスティアと申します。お出迎え、とても嬉しいです。私のようなものによくしていただき、感謝します」


 そういえば──侍女の方々は、私の旅に同行してくれた方々だ。

 ご挨拶はできなかったけれど、お顔に見覚えがある。


「ミスティア様、申し訳ありません。皇帝陛下の花嫁であり、ユーフィミアの姫君との私語は慎まなくてはならなかったのです。ご挨拶も陛下より先んじて行うことは禁じられておりまして……大変ご無礼をいたしました」

「そうなのですね、フィヨルド様もさきほどそうおっしゃっていました。こうして言葉を交わすことができて嬉しいです」

「私たちのほうこそ、ミスティア様にお声をかけていただけることを感謝いたします」


 アンリエットさんたちは、私をお城の奥へと案内してくれた。

 お城のつくりはユーフィミアのお城とあまり変わらない。

 調理場や図書室があり、ダイニングやリビングルームがある。舞踏会ができそうな広いホールもあるし、美しい中庭や一人用にしては広すぎる浴室もある。


「ミスティア様はヴォルフガング語がとてもお上手です。私たちはユーフィミア語を少し理解するという理由で侍女に選ばれたのですが、ミスティア様に甘えてしまって……」

「上手ですか? よかったです! ジークヴァルド様に嫁ぐのだからと、嫁ぐまでの数週間でみっちり教え込まれてきたのです。言葉を交わせないと、とても上手くいかないだろうとお姉様たちが心配して」


 私は勉強が不得意なほうではないものの、数週間で多国語を覚えるというのはかなり大変だった。

 泣き言を言おうものなら、お姉様たちがそれはもう激しく、びしばし叱ってくるので、休んでいる暇などなかった。

 

 あれもお姉様たちの真心なのよね。

 それに、お姉様たちも民を思っている。頼りない私の双肩にユーフィミアの命運がかかっているのだから、厳しくもなろうというものだ。


「まぁ……なんて素晴らしいのでしょう……! そのお心遣いに敬服いたします」

「い、いえ、そんな、大げさです」


 皆さんが口々に褒めてくれるので、私は恐縮した。

 人質としてこれぐらいは当然だと思うのだけれど。それに、ジークヴァルド様を籠絡するためだ。

 ちょっと後ろめたい。


「長旅お疲れでしょう、どうぞ、心安らかにお過ごしください」

「ありがとうございます」

「ジークヴァルド様からも、ゆっくり休ませるようにと申し使っております。何かありましたらなんなりとお申し付けください」


 アンリエットさんたちによって私用の部屋に案内された。

 大きなベッドやソファセット、暖炉や本や文机などがある部屋で、品のいい調度品でまとめられている。


 テーブルにはお茶とお茶菓子が用意されて、ソファに座った私は一息ついた。


 今日からここでしばらくゆっくり休むのかしら。

 どうにかして、ジークヴァルド様にお会いしなくてはいけないわね。

 会わないことにはなにもはじまらないもの。


 それにしても──この広すぎるお城が、私の家。


 人質の筈なのに、城主になってしまった。

 きっととても心配しているお姉様たちに、なんだか大切にされていますと、今日の分のお手紙を書こう。



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