とりあえず、会話からはじめてみます(そして、たぶん成功です)
──そもそもの話、私はユーフィミアではほぼ目立たない存在だった。
玉座を継ぐお兄様。そして三女神と呼ばれるお姉様たち。
それから少し間をおいて生まれた私。
お父様とお母様の話では、私は生まれる予定ではなかったらしい。
もう子供はいらないなと思っていた矢先の妊娠で、お姉様たちには花の名前をつけたのだけれど、思いつかなかったという理由で、ミスティアという名前がついた。
意味はないらしいのよね。だから、お姉様たちがそれぞれ、薔薇姫、百合姫、蘭姫と呼ばれる中、私は特に呼び名がない。
そもそも王国民の皆様も、私の存在なんて知らないのではないかというぐらいに目立たなかった。
私は困っていなかったし、気にもしていなかったのだけれど──こんな大役、まわってくると思っていなかったのだもの。
わかっていたらもう少し、お姉様たちから男性を夢中にさせる術を学んでくるべきだった。
お姉様たちは黙っていても男性が夢中になってくれるから、そんな術は知らないかもしれないけれど。
「さがっていい」
「え……?」
「挙式は数日後。それまでは特にお前の役目はない。以上だ」
「あ……は、はい」
鋭い眼光に圧倒されるように、私は頷いた。
予想はしていたのだけれど、いざ冷たい言葉を投げかけられるとどうしても緊張してしまうわよね。
ここでは私は完全に一人だもの。
味方は誰もいない、知り合いも誰もいない。皇帝陛下は冷たい。
おまけに私は地味。
完全に、詰んでいる──けれど。
「ジークヴァルド様……!」
「……何だ?」
名前を呼んでみたものの、何も思いつかない。
まずは相手を褒めるべきだわ。褒められて嬉しくない人なんていないもの。
でも──どう褒めたらいいのかしら。
顔立ちは、整っているわよね。目つきは怖いけれど。
体格もとてもいいわよね。大きくて怖いけれど。
初対面の女がいきなり顔が綺麗ですねなんて言ってきたら、お嫌かもしれないわ。
ここは、それとなく穏便な話題で、それも嘘のない話題で乗り切りたい。
「私、竜ははじめて見たのです。とっても格好いいですね!」
そうなのよね。ユーフィミアには竜はいない。
魔法はあるにはあるけれど、植物の生長を促進したり、傷を治したりという平和なものばかりだ。
聞いた話によれば、ヴォルフガング帝国の魔法とは、炎で敵を燃やしたり、氷漬けにしたりするらしい。
竜に乗ったジークヴァルド様が空から火炎の雨を降らせるなんて、それはそれは恐ろしい。まず、私の国には勝ち目はない。
私は竜を見たことがなくて、どんな姿をしているのかしらと思っていた。
ジークヴァルド様の傍に侍る竜は、私たちが想像していた竜よりもすらっとしていて、なんていうか──とても男前の竜だ。
白く輝く艶々した鱗。切れ長の金の瞳にしゅっとした体。
とても格好いい。
そして、竜を侍らせているということは、ジークヴァルド様は竜が好きに違いないもの。
共通の話題ができるかもしれない。
「ラディオスだ」
「ラディオスさんですね。素敵な名前です」
「話はそれだけか。ではな」
ジークヴァルド様はそれだけ言うと、玉座から奥の間へとさがってしまった。
その後を、ゆっくりとラディオスさんがついて行く。
駄目だったかしら。失敗だったかしら。
でも、本来なら一瞬で終わる会話が少し長引いたのだもの。私にしては頑張ったわよね。
それにラディオスさんという名前も聞けた。
ジークヴァルド様は怖い方だと思い込んでいたけれど、竜の名前を教えてくれた。
もしかしたら噂よりも優しい方なのかもしれない。
取るに足らない小国の姫の言葉に耳を傾けてくれたのだもの。
それに、きちんと対面のための時間を割いてくれたのだし。
上出来かもしれないわ。この調子で頑張っていけば、来年にはジークヴァルド様の子を産めるかもしれない。できれば寵愛を得たいところよね。
ユーフィミアには攻め込まないでくださいってお願いできるぐらいの関係になりたい。
そこそこの成果に心の中で自分を自分で褒めていた私は、従者の方に促されて、謁見の間を後にした。
「ミスティア様には、今日から後宮で暮していただきます」
「はい、ありがとうございます」
私が案内されたのは、城の奥にある城だった。
ユーフィミアのお城は一つしかない。
私たちの居住空間は上層階にあって、一階は使用人たちが住んでいて、二階には謁見の間があって、それから執務室があったり会議室があったり、文官府があったりする。
私は大抵、自分の部屋か図書室か、お庭か調理場にいた。
生まれてからずっとお城にいたけれど、自室とお庭が遠くて、少し広すぎるわねと思っていた。
そんな私の感覚がおかしくなるほどに、ヴォルフガングのお城は広い。
謁見の間から気が遠くなるぐらいに奥に奥に歩いて、門を抜けた先にあるのがもう一つのお城。
私を案内してくれた長い黒髪を一つに縛って眼鏡をかけた男性と、護衛の方々は、後宮の私こと人質用のお城の前で足を止めた。
「申し遅れました。ジークヴァルド様の側近を務めさせていただいております、文官長のフィヨルドと申します」
「はじめまして、フィヨルド様。ミスティアと申します」
「ご丁寧に、感謝いたします。ここからは侍女たちがミスティア様の案内を務めますので」
「わかりました。私などに親切にしていただきまして、ありがとうございます」
「いえ。遠路はるばる我が国に来ていただいたのですから、当然です。挨拶もせずに申し訳ありません。ジークヴァルド様とのご挨拶を前に、私たちがミスティア様と言葉を交わすわけにはいかなかったものですから」
生真面目にそう言って、フィヨルド様はさがっていった。
私は笑顔をうかべて礼をして、フィヨルド様を見送った。
旅の最中誰も私と私語を交わしてくれなかったのだけれど──嫌われているわけではなくて、よかった。
小国の人質相手に丁寧に接してくれるのだから、ヴォルフガングの人々は礼儀正しくて生真面目な方々なのかもしれない。