不埒な動物愛好家の可能性
アンリエットさんが急いでドレスを届けに来てくれた。
対応しようとするジークヴァルド様に、私はついていった。アンリエットさんは、シーツを巻き付けてずるずる歩いてきた私の姿を見て驚愕していた。
それはそうよね、頭に耳がはえているのだから。
「み、みみ、ミスティア様、み、みみ、みみ……っ」
「み……」
み、とは、耳のことだろう。
私は自分の頭に両手で触れる。落ちそうになるシーツを、ジークヴァルド様が抑えた。
「アンリエット、用が済んだならさがれ」
「は、はい、もうしわけありません」
「アンリエットさん、今のは、ご苦労だったという意味です。あとは俺がなんとかするから大丈夫、君は仕事に戻っていい、という意味です」
「そ、そうなのですか……?」
「……………あぁ」
私がジークヴァルド様の言葉を補足すると、ジークヴァルド様は短く頷いた。
よかった、だいたいあっていた。
「ですが、ジークヴァルド様。ミスティア様の身支度をお一人でなさるのは大変かと思います。私は侍女として、ミスティア様のお支度を手伝う義務がございます」
「ありがとうございます、アンリさん。ドレスを一人できることは難しいので、手伝っていただけると嬉しいです。ジークヴァルド様、いいですか? もしお部屋にアンリさんが入ることが問題なら、私はこのまま後宮に戻りますね」
「駄目だ。そのような姿を晒すな、ミスティア」
「そうですよね、さすがにシーツ一枚でうろうろするのは、私としても少し恥ずかしいです」
「そこも問題だが。その耳と尻尾が……」
「情けないですか?」
「違う。その、とても、可愛い」
「かわ」
可愛い。はっきり、可愛いと言われた。
私は耳をぴこぴこ動かして、尻尾をぱたぱた振った。
思わずジークヴァルド様に抱きついて、その頬に頭をすりすりと擦り付けた。
普段の私はこんなことをしないのだけれど、今日は特別だ。
なんだか無性にそうしたい気分だった。これが野生の本能。もちろん心臓がきゅんとときめいている。
昨日、狼さんやラディオスさんにときめいたのが子猫の本能だとしたら、ジークヴァルド様にきゅんとするこの気持ちは多分、獣と人間の間の本能だ。
どうにも、この体になってから、感情や欲望が素直に出るみたいだ。
元々の私も、もしかしたらこんな感じだったのかもしれないけれど。
「ミスティア、待て。まずは着替えろ」
「私、男性に可愛いと言われたのははじめてです。ジークヴァルド様、ありがとうございます、嬉しい」
「そ、そうか……そんなことがあるのか?」
「私は目立たないほうの姫でしたので」
「ミスティア様が!?」
「ミスティアが、目立たない……?」
アンリエットさんが驚いている。ジークヴァルド様も私の髪をなだめるように撫でながら、密やかな声で言った。
「ともかく、着替えろ。シーツが落ちる」
「そ、そうでした。慣れとは恐ろしいものですね。すっかり全裸に慣れつつありました。お見苦しいものをお見せしてもうしわけありません。アンリさん、手伝っていただけますか?」
「もちろんです、ミスティア様。その耳、その尻尾。アンリエットに見せてください……」
アンリエットさんが両手をわきわきさせている。
興奮に赤らんだ顔が少し怖い。ジークヴァルド様は胡乱なものを見る目で、アンリエットさんをじっとり睨んだ。
「アンリエット。早々に終わらせるように」
「もちろんです」
「着替えてきますね、ジークヴァルド様。色々とご迷惑をおかけしました」
アンリエットさんと私は、前室を通り過ぎて寝室に向かった。
手早くドレスに着替えさせてもらい、髪を整えてもらう。
アンリエットさんは着替えの最中「耳が、尻尾が。あぁ、本当に素肌から尻尾がはえています……」とやや興奮気味に言っていた。私からは尻尾は見えない。でも、触られるとくすぐったさを感じるので、尻尾は確かにそこにあるのだろう。
「ミスティア様、尻尾はドレスのスカートで隠せますが、耳はどうしましょうか。ヘッドドレスをつけて、こういった飾りであると誤魔化せば……ですが、誤魔化す必要が? これほど可愛いのですから、堂々と耳の存在を公に……あぁでもそうすると、陛下が心配を……」
「猫耳がある女を娶るわけにはいきませんものね」
「そういうことではなく。あまりにも可愛いので、不埒な思いを抱く者が出るかもしれないという意味で」
「不埒? 耳に、不埒? 動物愛好家の方という意味でしょうか」
「そういうことではないのですが。ミスティア様、どうしてこんなことに? ユーフィミアの方々は、頭に耳が?」
「違うのです。もう一度きちんと説明しますね。ジークヴァルド様にも話さなくては。私にはおそらく、助けが必要です」
アンリエットさんは神妙な顔で頷いた。
ただ、彼女は可愛らしいドレスに着替えさせてもらった私の耳を、真剣な顔で撫で続けていた。
ものすごく、くすぐったかった。