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全方向にシャイな男



 私はアンリエットさんを追いかけようとした。

 アンリエットさんがジークヴァルド様に叱られたのは、私の責任だからだ。


 私が猫にならなければ、アンリエットさんは今日のお仕事をつつがなく行っていたはずで、今のはいらない叱責だった。


「にゃう!」

「猫……」


 シーツを体に巻き付けてお部屋の入り口に駆け寄ろうとしたところ、途中でジークヴァルド様に腰を正面から掴まれてそのままひょいっと抱えられた。

 両足が床から浮く。シーツが捲れる。多分、尻尾の付け根がむき出しになっている。


「じ、ジークヴァルド様、見ないで、見ない……て、見ていいです、見ていいですけれど、そこは駄目……っ」

「見ていない」

「すごく見ていますよね……!?」


 ジークヴァルド様の視線はどう考えても私の尾てい骨に向いている。片手で小脇に抱えられている私は、まるで親猫に連れ戻される子猫のようだった。

 ぱたぱた尻尾が揺れる。この尻尾、意識的に揺らすことも可能だけれど、無意識にも揺れる。

 感情の昂りにあわせて揺れているみたいだ。


 あまり見ないで欲しい。尻尾は尾てい骨にあるので、つまり剥き出しなのだ。足と、それから、お尻が。私は尻尾である程度隠れていることを祈った。あんまり見せるべきではない場所について。

 せめてショーツを履いていれば──と思ったが、そんな問題でもない。


「あぁ。今、嘘をついた。皮膚から尻尾がはえているのが奇妙で、つい、見た」

「はっきり言われると恥ずかしいです……も、もちろん、もちろん見ていいのですよ、ジークヴァルド様は私の旦那様なのですから……存分に見てください、大丈夫です、うん、大丈夫」

「……触ってもいいのか?」

「そ、それはちょっと、待っていただけると……」


 私は再びベッドに連れ戻された。抱えられていた体を優しく降ろされる。

 シーツにくるまる私をジークヴァルド様は興味深げに観察している。

 新種の昆虫を発見した研究者の視線だ。猫耳に触れた手が、揺れる尻尾を捕まえようとのばされる。


 私はその手を両手でぱしっと掴んだ。

 はだけるシーツ。剥き出しになる両胸。もういい、構っていられない。

 私には言うべきことがあるのだから、全裸を恥ずかしがっている場合ではない。


「ジークヴァルド様!」

「ミスティア、見えているが」

「いいのです、もう、見られたので……これから何度も見ていただく予定ですので……!」

「あ、あぁ」

「そんなことよりも! 先程のアンリエットさんへの叱責、よくありません。咎められるべきは私です。色々あって猫になり、部屋を抜け出して全裸でここにいる私が悪いのです。それなのにアンリエットさんが陛下に叱られるなんて、あんまりではありませんか」


 言った。言ってしまった。

 でも、後悔はしていない。

 ジークヴァルド様に気に入られるのが私の目的ではあるけれど、言いたいことも我慢して傍にいるなんて、それこそ誠実ではない。


 生意気な女だと嫌われる可能性も、もちろんある。

 けれど──アンリエットさんにお世話になっているし、これからもお世話になる予定だ。

 侍女一人庇えない姫など、いる意味がない。


「叱責?」

「叱責です。叱っていました。余計なことを言うな……と、おっしゃっていました」

「叱責ではない。邪推の必要はないと伝えただけだ」

「皇帝陛下に叱られたら怖いのではないでしょうか。もっと言いかたがあります」

「言いかた……」


 ジークヴァルド様は腕を組んで、軽く首を傾げた。

 それから「わかった、落ち着け」と言って、私の体をシーツでぐるぐるに巻いた。

 

「私の猫耳と全裸についてはいまはどうでもいいのです。アンリエットさんが叱責されたのは私のせいということが問題です。ジークヴァルド様が叱るべきは私です」

「何故君を叱る必要がある?」

「部屋を抜け出しました。猫にされた時に、服は脱げてしまって。どうにかしなくてはと考えて」

「部屋から。どうやって」

「窓から出て、バルコニーから飛び降りたのです」

「ミスティア、何故そのような……! 危険だ。大人しく部屋にいればいいものを……」


 論点が少しずれてきた気がするけれど、ジークヴァルド様は私を叱った。

 私は突然の大声に震えて、小さくなった。


「……悪かった」

「い、いえ。大丈夫です。ジークヴァルド様が心配してくださったのはわかりました。アンリエットさんのことも叱ったわけではないのですね。ジークヴァルド様にとっては、つまりあれは……余計な心配をしなくていい、早く服を持ってきてくれ、という意味なのですね、きっと」

「あぁ、まぁ、そうだが」

「わかりました。あなたのことが少し、理解できた気がします」


 ジークヴァルド様は私に対しても、シャイだった。

 おしゃべりな男性ではないのだろう。それに、皆の上に立つ立場だから、無暗に世間話などもできないのかもしれない。堂々たる振る舞いをいつも求められているのだろう。


 つまりは──全方向に、シャイな方なのだ。


「怒ってごめんなさい」

「……君は、俺に怒っていたのか」

「はい」

「とてもそうは見えなかった。耳と尻尾のせいか……」

「そう、耳と尻尾についてです。猫のまま戻れないかと思っていたのですが、こうして人に戻ることができました。何故かはわかりませんが、よかったです。ジークヴァルド様にここにつれてきていただいて、凍えずにすみましたし」


 私はそういえばと思い出して、にっこり笑った。


「ミルク、美味しかったです。撫でていただいて、ありがとうございました。ジークヴァルド様は優しいのですね。もっと怖い人かと思っていました」

「……俺は優しい人間ではない」

「自分でそういう風に言う人は、とても優しい人なのだと、私は知っています」


 私が生意気なことを言っても、怒る様子は少しもない。

 きちんと、私の話を聞いてくれる。

 

 多分だけれど、ただ言葉が少ないだけで優しい人だ。きっと。

 



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