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ねこみみすてぃあ



 どうしよう。どうしよう。動けないわ。どうしよう。

 ジークヴァルド様は両手を額にあてて動かない。そして私も動けない。

 一歩でも動いたら捲れる。さっきは思わず抱きついてしまったけど、私にも羞恥心はあるもの。

 ジークヴァルド様は全裸を見慣れているかもしれない。でも、私は全裸を見せ慣れていない。


「……ミスティア」

「は、はい」

「ミアが、ミスティアだったということは、昨日の俺の言動を全て……」

「はい、お聞きしました。でもジークヴァルド様はおかしなことはおっしゃっていませんでした。私、嬉しかったです。私と仲良くなりたいと思ってくださっていたこと」


 私の頭の猫耳とお尻の尻尾はどうやら私の感情にあわせてぴょこぴょこ動くらしい。

 尻尾がぱたぱた揺れるのは、嬉しい気持ちだからだ。


 もちろん私は国のためにジークヴァルド様に気に入られる必要がある。

 でも──そういったことを抜きにしても、仲良くできたらいいなと思う。

 せっかくこうして巡り会えたのだから。


 ジークヴァルド様がユーフィミアに侵攻しないでいてくださったから、ユーフィミアの民は無事だったし、妻をと望んでくださったから人質として私はヴォルフガングに来た。

 人の縁とは不思議なものだ。

 そう思えば、謎の女性に猫にされたから私は今ここにいるわけで。

 ラディオスさんとも話せたし、ジークヴァルド様の本音も聞けた。


 猫にしてもらったおかげといえば、おかげだ。


「私もジークヴァルド様と仲良くなりたいと思っています。これから、よろしくお願いしますね」

「……っ」

「ど、どうされました」

「いや。……ミスティア。……まずは説明をしろ。なぜこのようなことになった」


 ジークヴァルド様が俯いたので、私は心配をした。

 具合でも悪いのかと思ったけれど、大丈夫らしい。

 ジークヴァルド様は不可思議そうに、私に手を伸ばす。頭の白い三角形の耳に触れられる。まるで、昨日愛撫された時みたいに。


「ひゃ、ん……っ」

「……ミスティア?」

「ん……っ、くすぐったい、です……そこ、ちゃんと感覚が、あるみたいで」


 猫ちゃんだった時も、耳を撫でられるとすごく気持ちよかった。

 ジークヴァルド様は猫殺しという異名がつくほどにテクニシャンだわ、と思うほどに。

 それは人間に戻った今も同じみたいで、私は涙目になりながらじっと耐える。

 本当は手を払いたかったけれど、そんな失礼なことはできないもの。


 でも、すごく、いけないことをされている気がする。恥ずかしい。逃げたい。


「………………」

「ジークヴァルド様、その、無言で撫でないでください……っ、あっ、違うの、撫でていいです、いっぱい撫でてください……」

「……まずいな」

「ま、まずくないです。私はジークヴァルド様の妻ですから、お好きなように触っていただいてかまいま……にゃぅ」


 触るなというのはいけない。本当は恥ずかしくてくすぐったくて逃げたいけれど、ここで受け入れるのが妻の器だと、お姉様たちもきっと言う。


 無表情で私の耳を触り続けるジークヴァルド様の指先が耳の付け根をくすぐるように撫でて、私は思わず情けない声をあげていた。


「ぁう……」

「…………………………」


 無言だわ。すごく無言で怖いぐらいに無表情だわ。どういう気持ちなの……?

 撫でてくださっているのだから、嫌っているわけではないと思うけれど。


「ミスティア、どうしてこうなった? これはユーフィミア人の特性なのか?」

「ち、ちがいます……きの、う、私の部屋に……仮面の女性、がきて……魔法をかけられて、猫に……っ、も、もうだめ、です……お願い、もう……っ」

「……あぁ」


 背中がそわそわして、腰が抜けそうになってしまう。

 とても名残惜しそうにジークヴァルド様が手を離してくれたので、私は両手で撫でられ続けた耳を押さえた。

 当然、ぱさりと体を隠していた掛け物が落ちる。

 

「……にゃー!」

「……ふ、ふふ……」


 思わず猫みたいな声をあげてうずくまった私に、ジークヴァルド様が肩を震わせながら掛け物をかけてくれる。

 私は掛け物を引き寄せながら、唖然とジークヴァルド様を見つめた。

 声を出して笑っている姿は初めて見る。

 冷たい無表情がくしゃりと笑みの形に歪むのが、なんだかすごく可愛らしい。


「いや……あまりにも」

「間抜けですよね……」

「違う。……そうではなく──」


 ジークヴァルド様が何かを言いかけた時、部屋の扉が遠慮がちに叩かれた。


「アンリエットです、陛下。ミスティア様が……! ミスティア様がお部屋にいらっしゃいません!」


 扉の向こうから切羽詰まった声がする。

 私の不在に、気づかれたのだ。私はここにいる。大丈夫。

 大丈夫のような、そうでもないような状況だけれど、とりあえず最悪は免れた。


「アンリエット。ミスティアならここにいる。ミスティアの服を持って来てくれ」


 ジークヴァルド様は特に私を隠すようなこともなく、扉を開くとアンリエットさんに命じた。

 アンリエットさんの位置からは私は見えない。

 けれど、私がここにいて、着る服がないと言われて全てを察したらしかった。


「ミスティア様が……? え、あ、わ、私としたことが、とんだお邪魔を……!」

「アンリエット、邪推は無用だ。服を持ってくるように」

「は、はい」


 アンリエットさんが立ち去る音がする。

 私は軽く眉を寄せた。

 ジークヴァルド様は悪い方ではないのに。もう少し言い方があると思うの。



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