爽やかな朝と、猫耳と全裸
ジークヴァルド様の腕の中で、いつの間にか眠っていたらしい。
ぱちっと目を見開いた私は、ジークヴァルド様がまじまじと私を凝視しているのに気づいた。
子猫を起こさないように、先に目覚めたのにじっとしてくれていたのかもしれない。
徐々に頭が覚醒してくると、昨日のことが思い出される。
夜に子猫にされて、ラディオスさんと犯人を捜して、ジークヴァルド様にミルクを飲ませていただいた。
ヴォルフガング帝国初日にしては、驚きの大冒険だ。
今頃、アンリエットさんが私の不在に気づいて大騒ぎになっているだろうか。
──どうしよう。どうにかして、子猫が私だと知らせないといけない。
「……ミスティア」
「み……?」
ジークヴァルド様が私を呼んだ。ミアではなく、ミスティアと。
これも、名前を呼ぶ練習のひとつなのかしら。
私としては、ミスティアでも、ミアでも、ティアでも。なんとでも自由に呼んでいただいてかまわない。
「ミスティア、か……?」
「……!」
今度は、私をはっきりと『ミスティア』と認識しているような尋ねかただった。
もしかして、もしかすると、私の気持ちが通じたのかもしれないわ……!
子猫の中身がミスティアですって、想いが通じたのね!
よかった、これでユーフィミアは無事だわ。私が逃げたわけじゃないということをご理解いただければ、あとはゆっくり呪いをかけた犯人を捜すだけだ。
私はこくこく頷いた。そして尻尾をぱたぱた振った。耳をぴょこぴょこ動かした。
やっぱり猫のままだわ。朝起きたら人間に戻っているなんてこと──。
「ミスティアです、ジークヴァルド様! ミスティアです、逃げたわけではないのです。私、あなたと末永く仲良くした……い……?」
私、声が出ている。
きちんと人語を話せているわ。昨日は、にゃう、にゃお、にゃうにゃう。みたいにしか話せなかったのに。
「は、話ができています……え、え、え……っ!?」
耳はある。尻尾もある。なんせ動かせる。
それなのに声帯だけ、人に戻っている。
私はジークヴァルド様の腕枕から、がばっと起きあがった。
かけものが肌からするりと落ちる。両手を見つめた。私の両手。人間の両手だわ。
自分の体を見おろした。足がある。胸がある。胸が、あるわね。
人間の肌をした、まぎれもなく私のお姉様たちほどに大きくはない、慎ましやかな胸だ。
「あ、あ、あ……っ」
「ミスティア、落ち着け」
ジークヴァルド様も起きあがる。私はジークヴァルド様を振り向いた。ジークヴァルド様の瞳を至近距離で見つめる。そこには、私の顔がうつっている。
人間の顔だわ。ちゃんと、私の顔。私は自分の顔をぺたぺた触った。
髪を触り、頭を触る。頭から三角形の耳が突き出ている。これは、猫の耳だわ。
どうりで動かせるはずだ。猫の耳と尻尾は残っている。
でもそれ以外は──。
「戻った、戻りました! やった、よかったぁ……っ」
私は──喜びのあまりジークヴァルド様に抱きついた。
よかった。これで昨日の猫ちゃんがまぎれもなく私だと証明できる。
ジークヴァルド様にも何があったかお話しできる。昨日の悪い人たちのことも。
ジークヴァルド様は「あ、あぁ……」と、戸惑った声をあげながらも、私を抱きとめてくれる。
シャイだけれど優しい人だと知っているので、私は思う存分、ジークヴァルド様の背中に腕を回してぎゅうっとした。
昨日、さんざん撫で回されたせいか、ジークヴァルド様に少し慣れているのだ、私は。
この喜びを共有する相手がいるのが嬉しい。
「あ……」
ひとしきり喜んだあと──私は、自分が真っ裸であることに気づいた。
「あぁ……! わ、わぁ……っ」
私の脳内の三女神が、『恥ずかしがっている場合ではないわ』『チャンスよ』『時には色気を使うのも大切なのよ』と私を応援している。
あぁでも、無理だわ。突然の全裸。突然の猫耳。そして突然の同衾。
私──非常に、よくない姿を晒してしまった。
そしてそして、ものすごく恥ずかしい。頑張ると決めていたけれど、これは私の想定していた頑張りかたとは違うもの……!
こういったことには、もっと順序があって。
まず手を繋いだり、それからキスをしたり。なんてことはできないかもしれないけれど、初夜でもないのに全裸を晒すなんて。想定外すぎる。
私は真っ赤になって、掛け物をひっぱって自分の体を隠した。
私の隣でジークヴァルド様が、私がいなくなったために空いた両手を眺めたあと、片手を額にあててそれはそれは深い溜息をついた。
「ミスティアだな」
「は、はぃ……みすてぃあ、です……」
「とりあえず、落ち着け。……見ていない」
「見ていませんか?」
「いや、無理があるな。見た。まさかと思い、しっかり見た」
「か、感想はいりません……そ、その、お見苦しいものをすみません……っ」
正直だわ……!
ま、まぁ、でも、大丈夫よね。ジークヴァルド様は見慣れていそうだものね、女性の裸体なんて。
「見苦しくなどはない。……お前は、ミアか」
「にゃ……じゃなくて、はい。ミアです」
ジークヴァルド様は、いよいよ頭を抱えた。
私も頭を抱えたい気持ちになったけれど、両手を離すとかけものが落ちてしまうので、じっとしていた。




