ジークヴァルド様、名付ける
小さな耳を、指で挟むようにしながら撫でられる。
指の腹は耳の付け根を撫でて、それから背中を毛並みを撫でつけるようにして手のひらが降りていく。
尻尾の付け根を優しくとんとんされて、私はくたりと体の力を抜いた。
ジークヴァルド様の指先は、大きくて武骨なのに、驚くほど優しく繊細に動く。
「み、みゃ……」
これは、まずい。とてもまずいわ。
ジークヴァルド様、見かけによらずテクニシャンかもしれない。
猫を蕩けさせる指使いだわ。私はジークヴァルド様をメロメロにする前に骨を抜かれてへろへろになってしまう。
ソファの上に体をくたっと横たえて、私は尻尾をゆるやかにパタパタさせた。
「みゃう~……」
「気持ちがいいか」
「なーぅ」
気持ちがいいです。天国だわ。でも、その、そんなところ急に触られると……!
尻尾はいけないわ。いけない気がする。
あぁでも、どうしよう、体に力が入らない。
「……いつまでも、子猫と呼ぶのもな。ラディオスから預かった猫だ。これから飼うことを考えれば、名付けたほうがいいか」
「にゃぅ」
飼ってくださるのね。ありがたい。外に放り出されなくてよかった。
子猫のまま放りだされたら、この寒さでは確かに一晩で死んでしまいそうだわ。
「そうだな……何がいいか。ヴァルフレイム」
「に゛ゃ」
強そうだわ。私、小さくて可愛い猫ちゃんなのに。
「さすがにな。では、エーゲンシュタウト」
「な゛ぅ」
すごく仰々しいわ。私、子猫なのに。
「……では、ミア」
「なーぅ」
それはすごく可愛いわね。なんとなく私の名前に似ている。
「ミア」
「にゃう」
「……そろそろ冷めたな。猫には熱かったか。飲め、ミア」
ジークヴァルド様は私の前に再びカップをさしだした。程よい温度になっているミルクに、私は顔を突っ込んでみる。
小さい舌でぴちゃぴちゃ舐める。ミルク、美味しいわね。こんなにミルクが美味しいと思ったのははじめてだわ。
ぽかぽかの暖炉と、ジークヴァルド様の私を撫でる優しい手と、美味しいミルク。
ここは天国だわ。ずっとここでぬくぬくしていたい。
「ミア、顔が汚れた。そう焦るな。今度から、猫用の皿を用意しよう」
カップに顔を突っ込んでミルクを飲み終えた私が、カップから顔を離すと、ジークバルド様が綺麗なハンカチで私の顔を拭ってくれる。
珍しく、口元に笑みが浮かんでいる。
それだけでも、威圧的な雰囲気が少し和らぐ。笑うこともあるのねと、私はその顔をまじまじと見つめた。
私の顔を拭ったジークヴァルド様は、私の背を再び撫でた。
「……ミア。……今日、俺は他国から妻を娶った」
「にゃー」
私です。それは、私!
ジークヴァルド様は私の話をしようとしている。私は尻尾を振った。
私です、ミスティアです、という気持ちを込めて。
明日にはきっと、私の不在が皆に気づかれる。
ユーフィミアの姫の逃亡が明るみに出れば、ユーフィミアに何が起こるかわからない。
猫にされたことが明るみに出ないまま犯人を追って解決できればよかったのだけれど、今日明日でどうにかできる問題ではなさそうだ。
できることなら、早々に気づいていただいて、協力をお願いしたい。
ほら、ジークヴァルド様だって、人質の私が猫にされていたら困るだろうし。
──困らないかしら?
そこは微妙なところだ。私は困る。猫の姿ではジークヴァルド様の寵姫になれない。
「ユーフィミアの姫は……どうにも、可憐過ぎてな」
「にゃ!」
可憐過ぎる! 誉め言葉だ。びっくりした。
ジークヴァルド様は私を可愛いと思ってくれたのかしら。
私程度で可憐と思ってくれるのなら、お姉様たちを見たらジークヴァルド様はどうなってしまうのかしら。
「あちらの国から、何人も人を連れてこさせるのは酷だろう。身の回りの物も、人も、全てこちらで用意すると伝えさせた。そうしたら、たった一人で輿入れをしてきた。豪胆だとは思わないか?」
「にゃ……」
にゃんですって……!?
お父様たちは、そうは思っていなかったわね。私は人質。ユーフィミア人を引き連れていくともしかしたら反乱を起こすかもしれない。私を独りぼっちにするために、供を連れてくるなと。
そんな風に、思っていた。私も同じように考えていたけれど、実際は違うのかしら。
「俺を恐れず、話しかけてきた。……ラディオスの名を聞かれたな。竜のことも、恐れていないようだった。ユーフィミア人は、繊細だと聞くが……不思議な女性だった」
「にゃう」
ユーフィミア人は別に、繊細ではないと思う。
お姉様たちは活発で元気溌剌だ。私も、健康だし、どちらかといえば元気だわ。
「ミア。……彼女の名は、ミスティアという。名を呼ぶ練習を、させてくれ。俺の物言いは、威圧的だろう。ユーフィミア人の彼女を恐れさせたくない」
「みーぅ」
「ミア」
「にゃ」
「どうしたら親しくなれるのか。わからんな」
いつでも親しくなる準備はできています。
そして私はここにいます。
私は──すごく、照れていた。
だって、ジークヴァルド様がそんな風に考えているなんて、知らなかったもの。




