その展開はある意味大歓迎です
私を助けてくれた傷のある狼さんは、仲間をひきつれて悪い人間を追いかけまわしてくれた。
戻ってくると『お前が無事でよかった、子猫』と渋い声で言った。
『きゅーん……っ』
『どうした、子猫。怪我をしたのか』
『わ、私、なんて気の多い子猫なんでしょう……っ、乱暴で怖いのに時折見せる優しさ、まさに雨の中で子猫を助けるちょい悪お兄さんのごとしです……!』
『何を言っているんだ、子猫は』
『私にもわからん。時々こうなるのだ。それから、ミスティアは猫ではない。姫だ』
『……竜の言葉は難解だな』
狼さんはラディオスさんの言葉に首をひねる。
ラディオスさんが『帰るぞ』と言うので、私は狼さんたちに『また来ます』と伝えて、その背中に軽やかに飛び乗ってしがみついた。
ラディオスさんが森から飛び立つ。私は風圧に耐えながらラディオスさんの鱗に爪をたてた。
ぐんぐん空が近づいてくる。月や星に手が届きそうだ。
子猫になったから、なかなかない経験をさせてもらっている。どこかの誰かさんのおかげだ。
それにしても──ジークヴァルド様は、女性から好かれたり、男性から嫌われたりとなかなか大変な立場にいるわね。
ユーフィミアがのどかだったのは、土地が豊かで食べ物が豊富だというぐらいしか長所がなく、大陸の端にあって、誰も欲しがらない田舎だから──ということが、ここにきてよくわかった。
ヴォルフガング皇国は国土が広い。でも、寒くて作物が育たないのだろう。
そうすると、生活は大変だ。狼さんや森の動物さんたちですらお腹をすかせていたのだから、もしかしたら、皇国に住んでいる人たちも、同じかもしれない。
(あの元貴族の男性たち、名前を聞いておきたかったわね)
顔は見たけれど、誰なのかはわからない。名前を聞いておけば、ジークヴァルド様に報告できたかもしれないのに。
あぁでも、今の私は猫ちゃんだ。
報告といったって、どうやって話せばいいのか──。
結局犯人の魔女も、手がかりは見つかったけれど捕まえることはできなかったし。
これからどうしようかと、今後について思いを馳せていると、ラディオスさんが後宮の庭園に向かって下降していく。
飛びだったときと同じ庭園に降り立つラディオスさんの手から、私はぴょん、と降りた。
そして、私の体は大きな手によってつまみあげられた。
首のところの皮を、みよんと持たれている。
痛くない。身動きがとれない。私は四本の足をじたばたさせた。
「みー!」
「ラディオス。何故猫を、背に乗せている」
私をつまみあげている男性の顔が、至近距離に近づく。
まじまじと私を見つめる不機嫌そうであり、冷たそうであり、それでもとてもお綺麗なお顔に、私はぴたっと暴れるのをやめた。
「……別に、とって食いはしない。怯える必要はない、子猫」
ジークヴァルド様は、猫を食べないのね、よかった。
──そう、私をつまんでいるのは、ジークヴァルド様だ。どうしてここにいるのかはわからないけれど、ともかく私を訝しげに眺めている。
「ラディオス、何故森から戻ってきた? ミスティアを見張っていろと伝えたはずだが」
やっぱり、見張られていたのね、私。
逃げないように心配されていたのだわ。逃げないから安心して欲しい。
私はジークヴァルド様に愛されるためにここに来たのだ。全てはユーフィミアの民のため。
これでも王女。
ちょっと申し訳ないけれど、他の奥様方を蹴落とす気満々だった。
──でも、ジークヴァルド様には他に奥様がいないようだから、心置きなくジークヴァルド様を籠絡するために頑張れる。
ところだったのに、残念ながら、私は猫だ。
「みゃーうー」
事情を説明しようにも、みゃうみゃうとしか言えない。
『ミスティアには私の声が届くが、ジークヴァルドには聞えない。話しかけてくれるのはありがたいがな』
『ラディオスさんとはお話しできるのに、ジークヴァルド様とはお話しができません。ちょっと不自由ですね……』
「何を大騒ぎしている、猫。……まぁ、いい。ミスティアに何かあったわけではないのだな」
ラディオスさんはしばらく考えて、頷いた。
はいか、いいえ、は伝わるのだろう。そしてジークヴァルド様はラディオスさんを信頼しているようで、ラディオスさんが頷くと「ならばいい」とすぐに納得した。
部屋を見に行くという話にならなくてよかった。そこには誰もいないのだから。
そして私はここにいるのだから。
「森で猫を拾ったのか? ラディオスが連れてきたのならば、捨て置くこともできんか。子猫など、この寒さで外にいてはすぐに死ぬ。連れていくが、それでいいか、ラディオス」
ラディオスさんは再び頷いた。
私は『え!?』と、声をあげた。連れていくというのは、どこにだろうか。お城の飼い猫になるということかしら。
『ミスティア、ジークヴァルドを骨抜きにするのだろう。まぁ、頑張れ』
『ラディオスさん、私は子猫なんですが』
『そうだな。まぁ、なんとかなるだろう』
なんとかなるものかしら。でもジークヴァルド様とお会いしなくてはと思っていたのも事実だ。
ラディオスさんと離れることに一抹の寂しさを感じた。
でも、寂しがっている場合ではないわね。
ジークヴァルド様に連れていっていただけるのならば、なんとか私がミスティアだということを伝えないといけない。
そして、もしできるのならば。親しくなりたい。
ジークヴァルド様が私を抱えてお城の中に戻っていく。
首をつまむのではなくて、片手で抱いてくれた。
逞しい腕の中は、ぬくぬくあたたかかった。




