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SEIMEI ~星を詠みし者~  作者: 大隅スミヲ
第二章/第二話
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藤原兼家といふ男(2)

 東三条殿ひがしさんじょうどの。それは藤原兼家の異名であった。

 その異名は、兼家の屋敷である東三条殿から来ているものであり、この屋敷は藤原良房から続く藤原北家の権力者たちが住む屋敷でもある。その敷地の広大さは目を見張る物があり、中庭には小舟を浮かべられるほど池があり、寝殿造の屋敷にはいくつもの部屋が存在していた。

 そんな東三条殿の改築工事がはじまったのは初夏のことだった。大勢の大工たちが東三条殿に入り、なにやら工事をはじめたのである。元々広大で他の追従を許さない豪華絢爛な造りであった屋敷を更に改築する。そこには兼家の大きな陰謀が隠されていた。

 そんな東三条殿に兼家が晴明を呼び出したのは、強い日差しの照りつける午後のことだった。突然、晴明の屋敷に現れた迎えの牛車は晴明の都合など関係なく、東三条殿へと晴明を連れて行った。

「相変わらず、強引な御仁だ」

 牛車の屋形で揺られながら晴明は呟く。

 晴明は兼家の家来というわけではなかった。朝廷の陰陽寮に仕える陰陽師であり、天文博士なのだ。しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりに兼家は自分の都合で晴明のことを呼び出したりするのだ。

 東三条殿に牛車が着くと、晴明は日の眩しさに目を細めながら御簾をあげて牛車を降りた。

 晴明のすぐ脇を上半身裸で材木を担いだ職人たちが通り抜けていく。

 今回の工事はかなり大規模なもののようだ。

 屋敷の奥へと通された晴明は、そこで数分待たされた。

「よく来たな、晴明。いやー、暑くてかなわん」

 御簾の向こう側に現れた兼家は扇子で自分のことを扇ぎながら、そう言った。以前までの兼家であれば御簾の向こう側などでは無く同じに着いていたが、摂政になってからはそれをやめて必ず御簾の向こう側に座るようになっていた。

 晴明はあまりそういったことを気にはしなかったが、人によっては「あの男は何様のつもりだ。摂政ごときが帝にでもなったつもりか」と腹を立てる者もいたが、そういった者たちはいつの間にか朝廷の職を失っていっていた。

「かなり大勢の職人が入っているようですな」

「ああ。今回の工事は大きいのだ」

此度こたびは、どの部分の改築をなさるのですか」

「聞いて驚くなよ、晴明」

 兼家はそう言うと、扇子を使って晴明のことを手招きして近くに呼び寄せた。

 近づくと兼家からは香の匂いがした。その香は、帝のところで焚かれているものと同じ匂いだった。

「実はな――」

 声を潜めるようにして兼家が晴明に打ち明けた改築の内容は、さすがの晴明も驚かざる得ないものであった。

 兼家は自分の屋敷内に内裏にある清涼殿を模した殿舎を建てようというのである。

 これは暴挙に近かった。自分が帝にでもなったつもりか。過去にそう兼家を怒鳴りつけた者たちがいたが、まさに此度のことはその通りであった。

「驚いたか、晴明」

 あまりの暴挙に何も言えなくなった晴明に対して、勘違いをした兼家は笑いながら言う。

 この男は摂政として帝を支えるのではなく、帝を手中に収めるつもりなのか。たとえ、帝の外祖父であり、摂政であったとしても、それは許されないことだった。

 しかし、いまの兼家に苦言を呈することができる者は朝廷内には存在しない。苦言を呈するようなことをすれば、朝廷での立場を失うからだ。兼家は朝廷内の人事権も握っており、長男の道隆を権大納言、三男の道兼を権中納言に就かせるなど自分の周りを身内で固めていき、太政官の監査職である左右大弁に、藤原有国(ありくに)、平惟仲(これなか)といった腹心の部下を置くなどして、朝廷を意のままに動かせる状態を作っていっていた。

「驚きました」

 正直な感想を晴明は述べた。もちろん、色々な意味で驚いたという意味であるが、それは口にしない。晴明も自分が可愛いのだ。やっと掴んだ陰陽寮での立場を失いたくはない。その思いが強かった。

「そうであろう。わしは誰にも思いつかぬことをやってみせる摂政なのだ。人々はわしの真似をするかもしれないが、最初にやったのはわしじゃ」

 そう言って兼家は高笑いをしてみせた。

「して、私にさせたいことはどのようなこのなのでしょうか」

 ただ自慢話を聞かせたいがために、兼家が自分のことを呼び出したのではないということは晴明もわかっていた。なにかやらせたいことがあるから呼び出したのだ。

「そうであったな。晴明、この工事の祈祷をいたせ。先日、工事中に事故があって職人がひとり命を落とした。不吉がって職人たちが工事をやりたがらなくなる前に、手を打っておきたいのじゃ。あの安倍晴明が祈祷したとなれば、職人たちも安心して工事を進められるだろう」

「わかりました。では、吉日を選び、祈祷をあげることといたします」

「ただ祈祷するだけでは駄目だぞ」

「と、言われますと?」

「巨大な祭壇を儲けよ。そして、世間に噂を広めよ。藤原兼家が屋敷内に清涼殿を建てるのだと」

 恐ろしい男よ。晴明は話を聞きながら、とんでもない化物が生み出されてしまったものだと、まざまざと実感していた。

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