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SEIMEI ~星を詠みし者~  作者: 大隅スミヲ
第二章/第二話
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藤原兼家といふ男(1)

 晩秋の月は見事なものだった。

 空気が澄み切っているため、月の明かりもよく届いている。

 新しい帝(一条天皇)が即位した。歳はまだ七歳であり、まつりごとをひとりで行うことはできないという判断から、摂政として外祖父にあたる藤原兼家が就いた。

 その即位の日に、奇妙な出来事があった。

 大極殿にある高御座たかみくら(天皇の玉座)に髪の長い子どもの生首が置かれていると、朝廷の女官から兼家に報告があったのだ。その報告を受けた兼家は渋い顔をしてみせると、五男である道長と家来である武士もののふの源頼光を呼び、ふたりに生首を片付けをさせた。その生首が誰のものであったかは定かではない。ただ、帝の即位を快く思わない者がいるということだけは確かだった。もちろん、この話は出回ることはなく、兼家に報告をした女官もいつの間にか朝廷内から姿を消していた。

「――とのことです」

 このことを晴明に報告してきたのは、朝廷内の女官として潜り込ませていた式人のひとりであり、生首を発見した張本人でもあった。

「そうか。まあ、兼家殿のことだ、秘密裏に処理し、そのまま無かったこととするであろう。ご苦労だった。しばらくは休むと良い」

 晴明がそう呟くように言うと、庭の低木がかすかに揺れた。

 はたから見ると晴明が屋敷の縁側で何やら独り言を呟いているかのように見えるだけだった。式人は晴明の屋敷内であっても滅多にその姿を見せることはない。晴明と式人の関係を知っている人間は、晴明に仕える人間であってもごく僅かであり、その姿は見えないことから晴明には神通力があり、現世うつしよの者ではないモノに使役させているという噂までもあった。

「晴明様、源頼光様がこちらに向かって来ております。供は四人。いずれも武士もののふです」

 先ほどとは別の式人だった。こちらは老年の男であり、晴明が《《目》》と呼んでいる式人である。この《《目》》は普段、一条橋の辺りに影のごとく潜んでいる者たちを仕切っており、晴明の屋敷に向かっている人物があれば、晴明へ報告をするという役割を担っていた。

 報告を受けた晴明は頼光を出迎える用意をした。

 晴明の屋敷の門前に立った頼光一行は、まるで自分たちがやって来ることを知っていたかのように晴明の家人たちが出迎えの準備をしていたことに驚きを隠せずにいた。

「これはこれは、頼光殿。息災ですかな?」

「いつ来ても晴明殿には驚かされます。一体、どのような神通力をお持ちなのか」

「なに、大したことはございませんよ」

 晴明はそう言うと持っていた扇子で口元を隠しながら笑ってみせた。

 真相は明かさず、言葉を濁す。そうすることによって噂が噂を呼び、安倍晴明という人間が得体の知れない神通力を持っているのだと人々は噂をはじめる。晴明はその噂を打ち消すのではなく、広がっていくことを楽しんでいる節があった。

「そういえば、お父上は息災にされておりますかな」

「ええ、日々仏門の教えを説いているようです」

 頼光の実父である源満仲は、この年に郎党十六人と共に出家をし満慶と称するようになっていた。世間の人々は今まで殺生の限りを尽くしていた武士集団の棟梁の出家に、冷ややかな目を送っていたが、本人はそのようなことは一切気にしていないようだ。

「して、本日はどのようなご用件で」

「実は春宮とうぐうごん大進たいしんに任命されまして、そのご挨拶に伺った次第にございます」

「おお、なんとめでたい」

 春宮権大進。それは皇太子である居貞おきさだ親王の側に仕える役職であった。居貞親王は、藤原兼家の長女である超子と冷泉上皇の間に生まれた子であり、花山院の異母弟でもある。兼家は帝のみならず、皇太子の祖父でもあり、当分の間は兼家が朝廷を仕切っていくということが誰の目にも明らかだった。

 兼家は朝廷内の人事を自由に操り、自分の息子や家来、親しい者たちを朝廷の重役に就け、自分の意にそぐわない者を遠ざけるといったことを行っていた。

 おそらく今回、頼光が春宮権大進となったのも、兼家の力が働いたからだろう。兼家は優秀な武家に自分の孫でもある皇太子を守らせようと考えたのだ。

「しかし、出仕の挨拶にしては、どこか物騒でありますな」

「わかりますか、晴明殿」

 頼光は後ろをチラリと振り返るようにして、供として連れてきた四人の方へと目を向けた。

 四人は直垂ひたたれ小袴こばかまという平服ではあったが、その顔つきはとても厳しく、どこか緊張感が漂っていた。

「実はこれから大江山に居を構えた賊共を討ちに行くのです」

「そうでありましたか。では、戦勝の祝詞を挙げさせていただきましょう」

 晴明はそう告げると、屋敷内にある祭壇で頼光の戦勝の祝詞を挙げるのであった。

 大江山には鬼が出る。そんな噂が平安京みやこに流布されているということは晴明も知っていた。いや、知っていただけではない。その噂の元が晴明なのだ。晴明は平安京内に潜ませている式人たちを使い、今回の噂を流していた。この仕事は兼家から依頼されたものであり、世間の目を自分から遠ざけさせたいと考え、晴明に相談してきたものだった。

 兼家が何を考えているのかはわからないが、晴明はその仕事を引き受けることにした。大江山に山賊が出て旅人を襲うという話は間違いなかった。それを今回は利用したに過ぎない。

 話には尾鰭がつき、いつの間にか山賊が鬼へと変化していった。当初、晴明が流させた噂では大江山の山賊の話だったのだ。

 頼光たちが山賊を討ち果たせば、大江山の鬼退治としてその話はさらに噂となるだろう。平安京の人々はそういった噂話には目がないのだ。

「それでは、ご武運をお祈りしておりますぞ、頼光殿」

 晴明はそう言い、大江山へと向かっていく頼光と四人の供たちの背中を見送った。

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