花山天皇(7)
帝は悲しみに暮れていた。
最愛の女御であった藤原忯子を亡くしたばかりか、そのお腹の中にいた子も同じに失ったのだ。
引きこもったままの帝は政の場に姿を現すこともなくなり、近習の者すらも寄せ付けなくなっていた。
そんな帝の心を動かしたのは、蔵人であった藤原道兼であった。
道兼は藤原兼家の三男であり、兼家の企みと共に帝の蔵人となった人物でもある。その企みというのは、帝を退位させることであった。帝が退位すれば、皇太子である懐仁親王が帝の座に就く。懐仁親王は兼家の娘であり、道兼の妹である詮子が母親であった。そのため、懐仁親王が帝となれば、兼家は帝の祖父となり、道兼は帝の叔父という立場となるのだ。
兼家の指示を受けた道兼は、元慶寺の厳久という僧を参内させて、傷ついた帝の心を癒やすべく、帝に仏の教えを説かせた。そして、道兼は仏の教えをもっと知るために出家すると帝に告げた。その道兼の発言に帝は心を動かされ、自分も出家すると言い出したのである。
これは帝の周りにいる者たちも知らぬところの話であった。道兼は秘密裏にやってのけたのだ。
「朕は出家することに決めたぞ、道兼」
「ご決断、ありがとうございます。きっと忯子様もお喜びでしょう」
「そうであるな。朕の背中を押してくれたこと、感謝するぞ」
「私の心は、いつでもお上と共にあります」
「朕は良き臣を持ったな……」
帝は涙ながらに言うと、出家の支度に取り掛かった。
帝の警護は道兼が用意した武士たちが行うこととなった。その武士たちというのは、源満仲が率いる武士団であり、その中には源頼光の姿もあった。彼らは秘密裏に内裏を抜け出すと、帝を乗せた牛車を警護しながら山科の元慶寺まで向かったのだった。
その知らせが安倍晴明の耳に届いたのは、深夜のことだった。
知らせてきたのは、夜御殿に送り込んでいた美という式人であり、帝が武士の集団とともに内裏を出たと晴明に伝えた。
知らせを聞いた晴明は慌てて屋敷を飛び出すと内裏へと向かったが、その頃にはすでに帝一行は山科にたどり着いていた。
また、藤原道兼が帝を内裏から連れ出すと同時に動いていた者がいた。それは藤原兼家の命を受けた者たちであった。兼家は自らの手で清涼殿に残された三種の神器を懐仁親王の居所である凝華舎へと移すと、内裏の諸門を封鎖するように命じた。
晴明が内裏へとやって来た頃にはすでに内裏の門はすべて封鎖されており、その中へ入ることは出来ない状態となっていた。
「やられた……」
天を仰ぐようにしながら晴明は涙を流した。
純粋で穢れを知らぬ若き帝は、欲と権力にまみれた者たちの道具として使われてしまったのだ。
帝の星は、すでにその姿を消していた。そのすぐ近くには新たに輝く星の姿が見える。あれは新しき帝の星だ。晴明はその星を見上げながら、目を細めた。新しき星の脇にはかつて鋭い輝きを放っていた一つの星があった。それは、藤原兼家の星であった。これから、新しき帝の星とともに輝くと思われていた星だったが、不思議なことにその輝きは失われようとしていた。
「己の欲に飲み込まれてしまったか」
そう呟くように晴明は言うと、屋敷へと戻る支度をはじめた。
帝であった花山天皇が出家したという話は、朝廷を大きく揺るがした。
側近であった藤原義懐と藤原惟成は花山天皇の後を追ったが、時すでに遅しであり、花山天皇は出家して花山院となった後だった。そのため、ふたりは共に元慶寺において出家し、花山院に仕えることにした。また、時の関白であった藤原頼忠は失脚し、名ばかりの太政大臣として朝廷に仕えた。
そして、共に出家すると言い花山天皇を元慶寺まで連れ出した藤原道兼は、何喰わぬ顔をして平安京に戻ってきていた。
あの夜、元慶寺の前まで花山天皇を連れ出した道兼は、寺の境内に入る前に花山天皇に頭を下げた。
「出家前の俗世の最後の姿を父にひと目見せて、出家することを告げてから必ず戻ってきます」
そう告げて、花山天皇のもとを離れた道兼はひとり平安京に戻ると、そのまま元慶寺に戻ることはなかったのだ。
花山天皇が道兼に嵌められたと気づいた時にはもう遅く、すでに宮中では藤原兼家による新帝践祚が行われており、花山天皇は退位して帝の座は皇太子である懐仁親王へと移されていた。
新たなる帝となった懐仁親王は一条天皇となり、その後ろ盾として外祖父である藤原兼家は摂政となりその力を存分に発揮するはずだった――――。
第二部・第一話 花山天皇 了




