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SEIMEI ~星を詠みし者~  作者: 大隅スミヲ
第二章/第一話
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花山天皇(6)

 女御となった藤原忯子の体調が思わしくない。

 そんな話が晴明の耳に入ったのは、夏の暑い日のことだった。

 入内した後、忯子は帝の寵愛を受けて懐妊したという話は聞いていた。しかし、その忯子が今度は体調が思わしくないというのだ。

 本来であれば、懐妊した時点で忯子は里下さとさがり(出産のために実家に戻ること)するはずだった。しかし、帝は忯子を手元に置いておきたいという思いからそれを認めずにおり、忯子の父親である為光が上奏しても聞き入れることはなかった。

 帝は臥せってしまった忯子に付きっきりとなっており、政務を行うための紫宸殿にも姿を現さなくなってしまっている。


「帝があのような状態では、朝廷が成り立たんと主人は常に言っておるわ」


 そう晴明に告げたのは、源満仲である。満仲のいう主人というのは、藤原兼家のことであり、兼家は帝を退位へと追い込み、自分の娘である詮子が産んだ子の懐仁やすひと親王が帝となることを望んでいた。


「あのお方が言われていることは確かであるが、御孫を帝に即位させたいという気持ちが全面に出すぎていて、敵対視される可能性もあるでしょうな」

「まあ、そうじゃな。だが、あのお方は人から恨まれることには慣れておる」


 満仲はそう言うと大きな声で笑ってみせた。

 いまの朝廷は帝中心で回っているというわけではなかった。若く、自由奔放な帝のことを諌めながらも上手く操り、帝からの信頼も厚い権中納言の藤原義懐(よしちか)、関白である藤原頼忠、そして右大臣である藤原兼家の三人が朝廷を牛耳ろうと権力闘争を繰り広げながらも朝廷を回しているのだった。

 そんな権力闘争を繰り広げる三人を尻目に、帝はますます忯子に付きっきりとなっていき、それと同時に忯子の病状も悪化していくのだった。

 誰かが邪魔をしているのではないか。帝はそう疑いの念を持ち始めていた。


蠱毒こどく。そう呼ばれる呪術が存在しておるそうじゃな、晴明」

「そのような話をどこでお耳に?」


 ある夜、帝に呼び出された晴明は帝より蠱毒について尋ねられた。

 蠱毒。それは大陸でいにしえの時代に使われてきたとされる呪術のひとつだった。晴明も書物でしか見たことはないが、ひとつの器に虫などの百の生き物を入れ、餌を与えずお互いに争わせる。その中で生き残った一匹より毒素を取り出し、その毒を使って相手を殺害するといったものだった。しかし、この話に尾鰭がつき、虫の代わりに犬で行えば犬神、猫で行えば猫鬼と呼ばれるもののけを生み出すといった、信じがたい伝承までもが残されていたりするのだった。

 もちろん、晴明は蠱毒などというものは信じてはいなかった。そもそも呪術などはいにしえの時代のものであり、現代の知識で考えればありえないことばかりなのだ。

 晴明はそのことをきちんと説明し、蠱毒などは存在しないのだと帝に伝えた。


「そうであったか。朕も不安なことがあると、ついつい聞いた話を鵜呑みにしてしまうところがある。ここは直さなければならんな」


 真剣な表情で晴明の話を聞いた帝はそう言うと、ひとりで云々と頷いてみせた。

 人の話をよく聞く。これは若き帝の良いところであり、悪いところでもあった。帝は俗世のことはあまりよく知らない。それは知る必要もないし、知ったところで何にもならない。しかし、そこにつけこんで、帝の耳にあること無いことを吹き込む者がいるようだ。

 困ったものだ。晴明はそう思いながらも、自分がこの若い帝を支えていかなければならないのだと思っていた。


 それからしばらくして、帝は忯子に里下りの許しを出した。

 しかし、この時の忯子の容態はかなり悪化しており、出迎えた父の為光は忯子の変わりように愕然とした。忯子は自らの力で牛車から降りることは出来ず、女房たちに支えられながら何とか歩けるような状態だったのだ。

 さらに帝は里下りした忯子に対して会いたいからという理由で参内さんだいするように命じ、無理に忯子を側に置いた。

 そういったことの積み重ねが忯子の容態を更に悪化させることとなった。

 もう無理だ。そう思った為光は帝に涙ながらに訴え出て、忯子の参内を辞めさせたのだった。

 しかし、それであっても帝の想いは続いた。毎日のように為光の屋敷には帝からの使いが現れ、忯子へのふみや見舞いの品を置いていった。

 そんな日々が続き、為光も精神的に追い込まれてしまっていた。


「どうにかなりませんか、晴明殿」


 ある日、土御門にある晴明の屋敷に訪ねてきた為光が、涙ながらに晴明へ言ったのだ。

 帝の星に寄り添うようにあった女御の星が見えなくなったのは数日前のことだった。それを見た晴明は、この先に何が起きるのかをわかっていた。そして、その星が見えなくなってからというもの、帝の星も輝きに陰りが見えはじめていた。


「帝に話はしてみますが、どうするか決めるのは帝自身。こればかりは、私にもどうにもできません」

「わかっております。お話していただけるだけでも、私は助かります」


 そんなやり取りを晴明と為光はしたが、その為光の願いは叶うことはなかった。

 忯子が薨去したのだ。懐妊七ヶ月のことだった。

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