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SEIMEI ~星を詠みし者~  作者: 大隅スミヲ
第二章/第一話
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花山天皇(2)

「父上、あの星は何でございましょうか」

「どの星だ、吉昌よしまさ


 夜の帳が降り始めた頃、陰陽寮にある天文博士の執務室には安倍晴明とその次男である安倍吉昌の姿があった。吉昌は晴明と同じく陰陽寮の陰陽師であり、天文博士になるべく天文道について学んでいるところであった。


「失礼します」


 吊るされている御簾の向こうから声がかけられた。


「どうかしたのか」

「晴明様に使いが来ております」 

「このような時間に?」


 そう答えたのは、吉昌だった。

 この時吉昌は三〇歳となっており、陰陽寮の中でも優秀な陰陽師として名の知られた人物であった。


「はい。内裏からの使いです」

「内裏……」

「本日は、このくらいにしておこう、吉昌。私は出かけてくる」

「しかし、父上……」


 吉昌は晴明の体を気にするような口調で言った。見た目はまだ年齢よりも若く見えるが、晴明もいい歳である。あまり無理はさせたくはない。吉昌はそう思ったのだ。


「大丈夫だ、きっと帝も眠れないのであろう。安心するような話のひとつでもすれば、すぐに戻ってくるだろうよ」


 笑いながら晴明は言うと、陰陽寮の外で待つ内裏の使いが乗ってきた牛車へと向かった。

 晴明が屋形に乗り込むと牛車はそのまま出発した。向かう先はもちろん、内裏である。

 牛車に揺られながら晴明は屋形の窓を覆っている簾の隙間から夜空を眺めた。漆黒の夜空に星々は瞬いている。星は時に吉凶を知らせてくれる。それがわかるのは、陰陽道の中に伝わる天文道があるお陰だった。


 かつて陰陽道は大陸に伝わる陰陽五行思想というものに基づいたものだった。それをこの国へと持ち帰ったのは吉備きびの真備まきびという男であり、真備は朝廷の右大臣にまで上り詰めた人物でもあった。真備の持ち帰った書の中に金烏玉兎集きんちょうぎょくとしゅうというものがあった。その書の中には陰陽五行思想について、様々な物事が書かれていたそうだ。

 しかし、晴明はそれを目にしたことはなかった。すでに金烏玉兎集は消失してしまっているのだ。いつ、どこで金烏玉兎集が消失したのかは定かではない。金烏玉兎集についての記録はどこにも残されておらず、本当に吉備真備が金烏玉兎集を大陸より持ち帰ったかどうかも怪しかったりもしていた。

 ただ、どこでどう話がねじ曲がってしまったのかは不明ではあるが、その金烏玉兎集を晴明が所持しているという噂話も存在しているということを晴明は知っていた。晴明はその話を否定も肯定もせずに、ただ笑って何も答えないようにしていた。それが妙な信憑性を生み出していたのだ。

 もし、そのような教典があったとしても、何の役にも立たないだろう。晴明はそう考えていた。陰陽道に伝わる知識はすべて師である賀茂忠行と賀茂保憲から伝授されたものである。吉備真備などという二〇〇年も前に没している人物が持ち帰ったという本よりも、最新の研究を重ねて作られた陰陽道の方が勝っているに決まっているのだ。


 そのようなことを考えているうちに牛車が止まる気配がした。どうやら内裏に着いたようである。

 晴明は牛車から降りると、その足で帝の寝所である夜御殿よるのおどへと向かった。


「このような時刻によく来てくれたな、晴明はるあきよ」

「この安倍晴明、陛下のお誘いがあらば、どのようなときであっても参上いたします」


 御簾越しに見える帝の影にそう晴明は言うと頭を下げてみせた。


「よい、頭をあげよ、晴明。ちこう寄れ。このような時刻では大声で話も出来ぬ」

「失礼いたします」


 晴明はそう断りを入れると御簾を潜るようにして、帝のいる部屋の中へと入った。

 部屋の中では香が焚かれていたが、そこには男と女が目合まぐあった後の独特の臭いが立ち込めていた。

 相変わらずか、このお方は。晴明はそう思いながらも、まだ若い帝の顔をじっと見つめた。


「なんじゃ、晴明。朕の顔に何かついておるか」

「いえ、なにも。それで、今宵はどのような……」

「そうであったな。少々眠れぬゆえ、色々なことを考えておったのだ。そうしたら、ふと晴明の話を聞くべきだという考えがおりたった」

「左様でございましたか。それは良きこと。この安倍晴明、陛下にお話をお聞かせいたしましょう」

「晴明は色々なことを知っておるな。羨ましいぞ」

「年を取ると色々な経験をします故、それだけの物語ができあがるのです」

「そうか、そうか」


 帝は穏やかに笑ってみせる。

 このように穏やかな帝の笑顔を見ていると、帝はまだ十七、八歳の若者なのだということを思い出させられる。この若者は、生まれた時から帝となるべく育てられ、大臣たちの出世争いに巻き込まれながらも、帝としての務めを果たそうとしているのだ。少しでも、そんな帝の力になり、安心させてやりたい。晴明はそう思いながら、口を開いた。

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