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藤原三兄弟(7)

 間近で見る打伏神子は、美しい女性だった。目元などは幼き頃の面影を残しており、この女性が間違いなく巫であるということを示していた。


「兼家様はわたくしの言葉をすべて信じ、行動をされておられます」

「そのようだな。しかし、兼家様の星は当分輝くことはあるまい」

「晴明様もそう思われますか。実は、そのことを兼家様に伝えて良いものかと悩んでおりまして」

「そのことで私のことを呼ばれたのか」

「はい。そのようです」

「まるで他人事のように話すではないか」

「晴明様を呼んだのはわたくしではございません」

「それはどういうことだ?」


 晴明がそう言うと、打伏神子は白目を剥いて突然、床に倒れ込む。

 その様子に晴明は驚き、神子を抱き起こそうとすると、神子は目を見開いた。


「久しいのう、晴明」


 その声は明らかに神子のものでは無くなっていた。人のようで人のものではない声。神子がまだ巫と呼ばれていた頃に晴明が一度だけ出会ったモノの声であった。あの時その声の主は、《《この地の者》》と名乗っていた。

 晴明は神子から離れると、床に頭をつけるようにして頭を下げた。


「お前を呼び出したのは、じゃ」


 この地の者は、何かあれば北西の星を崇めよと晴明に助言をしていた。即ち、この者が北西の星を司りし者であるということなのだろう。北西の星といえば、北斗七星を示す言葉でもあった。


「この者は打伏神子として、藤原兼家を支えているようだが、兼家はなかなか欲深き者でな……。今はまだ時期ではない。いまは耐えて時を待つように兼家に伝えよ」


 それが自分を呼び出した理由か。晴明は額を床につけながら、そう思った。おそらく、このモノは己の眷属である神子だけでは兼家を説得できないと考えたのだろう。だから、晴明も動かして、なんとか兼家を説得させようとしているのだ。兼家がそんなに重要な存在なのか。晴明は心の中でそんなことを思いながら、このモノの言葉に耳を傾けていた。

 しばらくすると気配が変わった。この地の者が去り、神子に戻ったようだ。


「晴明様、頭をお上げください」


 その声は神子のものに戻っていた。


「この後、わたくしは兼家様と共に食事を取る予定となっております。その席に晴明様もご同席なさってください」

「私は兼家様には招かれていないが……」

「問題ありません。晴明様はわたくしの客人でございます。そう兼家様に伝えれば、兼家様もわかってくださいます」

「そうか、それならば良いのだが」


 こうして、晴明は食事の席に足を運ぶこととなった。



 帝は、藤原伊尹の死後、空位となっていた関白の座に藤原兼通を置くことを決めた。それまで中納言であった兼通が、大納言を経ずに関白となったのは異例中の異例のことであり、このことを大納言であった兼家は「あってはならぬことである」と騒ぎ立てた。

 しかし、その兼家の声は帝に届くこともなく、兄である兼通が関白へと昇進したのだった。今回の詔はそれだけだった。兼通が関白になったこと以外は特に詔は無く、左右大臣および大納言はそのまま据え置きとなり、兼家も大納言のままであった。

 兼通は関白の地位を手に入れた後も、弟である兼家のことを警戒し恐れていた。兼家はどこで自分の足元を掬おうかと、虎視眈々とその時を待っている。それは長年共に暮らしてきた兄弟だからこそわかることだった。

 そこで兼通は、左大臣であった源兼明(かねあきら)を再び親王の座に戻し、皇族に復帰させることを帝に進言した。帝はその進言を受け入れ、源兼明を兼明親王へと戻したのだ。これは兼家としては痛手であった。源兼明が左大臣の座にいたからこそ、兼通への抑えとなっていた。その抑えとなる人物がいなくなると、兼通の帝への影響力は強まる一方となる。さらに兼通は自分の地盤を固めるために、空位となった左大臣の座に自分と気心の知れている藤原頼忠を置いた。頼忠は兼通たちとは従兄弟であり、藤原北家小野宮流の当主でもあった。

 また、兼通は下の弟である為光(藤原師輔の第九男。兼通は次男で、兼家は三男)を筆頭大納言に起用した。これは同じく大納言である兼家の影響力を少しでも抑えようと考えられたものだった。

 帝の信頼を得た兼通は徹底的に兼家の力を抑え込み、自分の地位を確固たるものとしていった。

 それに対して兼家は、不気味なほどにだんまりを決め込んでいたのだった。



 第九話 藤原三兄弟 了

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