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藤原三兄弟(3)

「兼家様、私にはこの意図が見えませぬ」

「なにが言いたいのだ、晴明」


 伊尹の屋敷を後にする牛車の中で、晴明は重い口を開いた。

 牛車の中は密室である。二人の会話に聞き耳を立てる者はどこにもいない。

 別に怒っているわけではなかった。ただ、兼家が何を思って伊尹の見舞いに自分を同席させたのか、その真相を晴明は知りたかったのだ。


「兄上は、もう長くない」

「はい。それは、あのお姿を見ればわかること」

「そこまでわかっているなら、なぜわしに愚問を投げつけるのだ、晴明」


 少しムッとしたような口調で兼家が言う。

 その兼家の表情を見つめながら、晴明は深い溜め息をついた。

 結局はそういうことか。この男は兄弟よりも、自分の出世のほうが大事なのか。そう思いながら、晴明は口を開いた。


「次の摂政の座を貴方様(あなたさま)は欲しているということですね、兼家様」

「当たり前じゃ。藤原家に生まれたからには、摂政の座に就かなければ意味は無い。して、どうなのじゃ」

「近々、伊尹様は摂政の辞意を帝に申されるでしょう。あとは帝がお決めになることです」

「そうか。兄上は自らの後釜を帝に託すというわけか」

「そうなるでしょう。ただ、帝はまだお若い。左右大臣にご相談されるでしょうね」

兼明(かねあきら)様と頼忠か。兼明様はどうにかなりそうだが、頼忠は厄介じゃのう。あれは兼通と仲が良い」


 そう言いながら、兼家は何か思案するような表情を作っていた。

 兼家が気にしているのは、兄である兼通のことなのだろう。いまは失脚した源高明に連座する形で中央から離れ、地方長官に就いているが、そろそろほとぼりも冷めて中央へと戻ってきてもおかしくない頃であった。兼家はその兼通が自分の出世の邪魔をするのではないかと警戒しているのだ。


「こればかりは、私にもどうすることもできませぬ」

「うむ……」


 胸の前で腕を組んだ兼家は、唸るような声を出した。

 しばらくの間、兼家は黙ったままだった。聞こえるのは牛車の車輪がギシギシと回る音だけだった。


「いっそ、兼通に(しゅ)をかけてしまおうか……」

「御冗談を。私はやりませぬぞ、兼家様」

「冗談ではない。本気だ……と言ったらどうする、晴明」

「やりませぬ。私は中務省陰陽寮に属する朝廷の陰陽師ですぞ。その辺の陰陽法師と一緒にしないでいただきたい」

「怒ったか、晴明。すまぬ、戯言じゃ。忘れてくれ」


 笑いながら兼家はそう言ったが、その目は笑ってはいなかった。

 もし、ここで私が引き受けると言ったら、やってくれと兼家は言っただろう。そんなことを想像し、晴明は背筋に寒気を覚えた。


「しかし、なにか手を打たねばならんのう。晴明、お前も考えよ。兼通は、お前を陰陽師の座から引きずり下ろすやもしれぬぞ」

「まさか」

「いや。あの男は、そういうことをする男じゃ。わしは幼き頃より、あやつのことを見てきたからよく知っておる」


 兼家という男は人の使い方が上手い。晴明はそう思いながら、兼家の話を聞いていた。おのれの策に相手が乗ってこないとなれば、手段を変えて乗せようとしてくる。この男は根っからの策士なのだろう。だが、人生経験が長い分、晴明の方がもう一枚上手だった。


「兼家様は、兼通様のことをよく知っておられるのですから、兼通様の弱点を突けばよろしいのではないでしょうか。正直なところ、私には兼通様という御仁がよくわかっておりませぬ」

「うむ……あいつの弱点か。無くは無いな。よし、わかった。それでやってみよう。晴明、お前も協力をするのじゃぞ」

「もちろんにございます」


 晴明はそう言って深々と頭を下げた。

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