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道摩法師(1)

 帝であった村上天皇が病によりこの世を去ったのは、五月のことだった。

 次の帝となったのは、皇太子の憲平のりひら親王であり、後に冷泉れいぜい天皇と呼ばれる人物である。冷泉天皇の母親は藤原ふじわらの安子やすこであり、安子は藤原兼家の姉でもあった。


 ただ、この帝には奇行が目立った。夜中に大声で歌いだしたり、清涼殿近くの小屋の屋根にのぼって座り込んだり、足を負傷しても蹴鞠を蹴り続けたりと様々な奇行が史書にも残されている。


 そんな帝の先行きを心配し、朝廷では帝の外祖父である藤原ふじわらの実頼さねよりを関白に任命し、帝を支えるようにしつつ、後継の皇太子選びを帝の弟から選定する検討に入っていた。


 安倍晴明の屋敷に藤原兼家からの使いがやってきたのは、そんな後継者選びが朝廷内で進められている時だった。

 どうやら皇太子選びで何かしらの問題が起きているようだ。それを察した晴明はすぐに出かける支度をすると、兼家の迎えの牛車に乗って東三条にある兼家の屋敷へと急いだ。


 晴明が兼家の屋敷に到着すると、屋敷内は物々しい雰囲気に包まれていた。門扉のところには武装した武士もののふたちが立っており、屋敷内にも多くの武士たちの姿が見受けられる。


「待っておったぞ、晴明」


 出迎えた兼家はいつもの変わらぬ様子であったが、その家人たちはどこか張り詰めた空気を醸し出していた。


「これは何事ですかな、兼家様」


 晴明は遠慮なしに兼家に言った。

 すでに兼家と晴明の間には、晴明がズケズケとものを言っても大丈夫な信頼関係が築かれている。

 晴明の言葉に兼家は眉間に皺を寄せると、左側の口角だけを器用に釣り上げて笑みを作った。


元方もとかたの怨霊が出ると家人が騒いでおってな」

「藤原元方様ですか……」


 訝しげな表情を浮かべながら晴明はその名を口にした。


 藤原元方は、藤原南家の正三位で大納言にまでのぼり詰めた人物だった。その娘は村上天皇の更衣であり広平親王を産んだが、藤原実頼、師輔兄弟の力により、師輔の娘である安子が産んだ憲平親王を生後二ヶ月で皇太子としたことで、元方は朝廷内での力を失い、そのまま病に倒れて死亡した。

 元方は病床で実頼、師輔兄弟や憲平親王のことを深く恨んでいた。その恨みは元方を怨霊にし、いまや帝となった憲平親王や師輔の子である兼家などに復讐を企んでいるという噂が流れているそうだ。


「では、この武士たちは元方様の怨霊から兼家様をお守りするためにいるのですか」

「そんなところじゃ。わしは信じておらぬが家人どもが怯えてしまってな」


 吐き捨てるように兼家は言うと、晴明にもっと近くに来るように閉じた扇子で手招きする。


「実は、帝の様子がおかしいのは元方の怨霊のせいであるという噂もあるのじゃ」


 帝の奇行については、内裏を出入りする者たちには有名な話であった。

 先日も犬の鳴き真似をしながら清涼殿の中を走り回る帝の姿を蔵人たちが目撃し、ちょっとした騒ぎになったばかりである。


「そこで、晴明に元方の怨霊から帝をお守りしてもらいたいのだ」

「帝をですか」

「左様。祓いの儀を行ってくれ」

「わかりました。本件に関しましては陰陽寮として動かさせていただきます」

「うむ。それでよい」


 兼家は満足気に頷くと、晴明に用意していた金品を与えた。


 この時、兼家の役職は、蔵人頭くろうどのとう兼、左近衛中将というもので、俗にいうところの頭中将とうのちゅうじょうであった。蔵人頭は、いわば帝の秘書官であり、帝に最も近い存在でもある。また蔵人頭は出世を約束された者の就く職ともされており、蔵人頭となった後に参議や公卿となる者が多かった。


「そうだ、晴明。お主にひとり、見てもらいたい者がいる」

「どなたでしょうか」

「我が娘、超子とおこよ」

「超子様でございますか」


 超子は兼家の長女であった。以前、晴明が兼家の産まれたばかりの赤子を人相を占ったことがあったが、それは超子の妹であり、超子は同じ母親から産まれた兼家の長女である。


「うむ。近々、帝に入内させるつもりなのじゃ」

「誠にございますか。それはおめでとうございます」

「入内する前に、晴明に見てもらおうと思ってな」


 そう言って兼家は笑った。


 これはまた責任重大な仕事を持ってこられたものだ。晴明は内心そう思っていた。帝に入内させるということは、子を望んでいるということである。その子は男の子でなければならず、いずれは帝にすることを考えての入内であろう。もし、男の子を超子が産んだとすれば、兼家は帝の義父となる可能性が出てくるということなのだ。


「これ、超子よ。入って参れ。平安京みやこで有名な陰陽師の安倍晴明殿がお前を占ってくれるそうじゃぞ」

「誠にございますか、父上」


 嬉しそうな声を出しながら、御簾を上げて入って来たのは若い娘であった。年の頃は十四、五歳といったところだろうか。全体的には母親似なのだろうが、目元などは兼家にそっくりであった。


「それでは失礼して、人相を見させていただきましょう」


 そう言って晴明は、まじまじと超子の顔を見た瞬間、雷に打たれたような感覚を味わった。

 占うまでもなかった。その顔には吉相が現れていたのだ。


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