2-2:特殊能力の片鱗
『フォス・フォシア』には一番街から八番街までの八つの地区と、その中央に巨大なタワーがそびえ立つ零番街がある。
中心区に近づけば近づく程、街は吹き溜まりの様相が強くなり、七番街ともなれば、その住人層は推して知るべしである。
もっとも、魔導師がそんな事を気にしていては、お話にならないが。
馬車から降り立ったルージュは、お構いなしに七番街の寂れた商店街を突き進んで行く。何を売っているのかも良く分からない怪しげな露店に、何を求めてうろついているのかよく分からない男たちがひしめき合う未舗装の通り。
そんなところに、年頃の娘であるルージュが現れれば、男たちの視線がぬらりと光る。
「よぉ、キレイなお嬢ちゃん。ひとりかい?」
早速、人混みの中からルージュよりひと回りもふた回りも体格の大きい男がナンパ目的に近寄って来る。ルージュが冷めた目線を送り、脚にはめた”魔導装甲”を鳴らす。
”魔導装甲”にはめ込まれた魔導石を見た途端、男の顔が引きつり――不甲斐なく視線を逸らしてしまう。
「ま……また、魔導師か……!?」
「また……?」
疑問符上げたルージュを無視して、男がそそくさと逃げ出す。その太い腕を逆に捕まえる!
「アタシに用があるんでしょ?」
「い……いや……特には……っ」
あからさまに動揺する男。
ぱっと見、魔導師らしからぬ格好のルージュには、こう言った手合いが良く近寄って来る。ストロヴェルの様にローブでも纏い、魔導師然としていれば、こんな事も減るのだろうが、あんなヒラヒラした格好は似合いもしない。
「じゃあ、教えなさい。アタシの前にも魔導師の女の子が通ったの?」
「なんだお前、さっきの小娘の知り合いか?」
「やっぱり通ったのね?」
「ああ……。お前と同じ魔導師らしかったんで声をかけるのは止したがな」
「その子が、どこへ向かったか分かる?」
「あっちの区画にある地下道への入口に入って行ったぜ」
もう関わりたくないと言う表情を隠しもせず、男が視線を逸らしたまま、そちらの方向を指差す。
「ありがと!」
教えてくれた男の手の甲に、にっこりと笑って軽くキスをし――ルージュは、通りを駆け出した!
振り返れば、満更でもない様子でこちらに笑顔で手など振ってる男。見た目と違って純朴である。
まあ、そんな事はどうでもいい。
教えられた通り、商店街の雑踏をすり抜け、突き当りの区画へ。
表通りから裏路地へ飛び込み、幾度か右往左往すれば、すぐに地下道への階段が見つかった。
「!」
入口の地面に溜まったヘドロに、真新しい足跡を見つける。それは、地下道の奥へと向かった様だった。足跡は小さい。子どもか……小柄な女のものである。
―― 夜空舞う火垂火よ! 灯成りて我が途照らせ! ――
「発現せよ! 瞬け! ”照明球”!」
ルージュの組み上げた”マギ・コード”に従い、魔力が光球に生まれ変わる。
薄暗い地下道が赤々と照らし出されるが、無数に伸びる通路の先はそれでもなお見通す事が出来ない。
足跡を追って、迷わず地下道に飛び込む!
配管やケーブルが無数に絡み合い、まるで生き物の腸の中を突き進んでいるかの様な地下道。違法増築によって無秩序に枝分かれしたこの迷宮を、ルージュが迷わず進めるのは、先行している足跡が残っているからだ。
奥へ奥へと突き進んで行くと――不意に、ズンッ! と言う地響きが広がる!
同時に、地下道を照らしていた照明の光が一斉に消え失せ、周囲を照らすのはルージュが生み出した”照明球”のみ!
「どうしたのっ!?」
証明が落ちた――と言う事は、電力の供給源である”タイタンフェイド魔導炉”に何かが起きたと言う事である!
真っ暗になった地下道を睨みつけ、全速力で駆けた!
そのまま数十メートル進むと、突如として正面から猛烈な突風と、青白い稲光の様な閃光が迸る!
「きゃっ!?」
後ろに突き飛ばされそうになり、思わず悲鳴を上げた。
それを掻き消すかの様に響き渡る、ピントの外れた女の奇声の様な咆哮!
「”魔染獣”!」
どうやら、十数メートルも走った先で、事が起きてる様子である。
通路を走り切ると、開けた円柱形の空間に出た。
ここが、”タイタンフェイド魔導炉”である。
目に飛び込んで来た光景に――ルージュは嘆息した。
「ああ……やっぱり、何かやらかしてたわねぇ……」
部屋の中央にそびえる”タイタンフェイド魔導炉”は、強力な熱を浴びた様に中央部分で大きく捻じれている。その周囲を取り囲む八基の”制御棒”も大きく歪みひしゃげていた。
そして――”タイタンフェイド魔導炉”の代わりに、広場の中央を席巻する緑色の女の魔物”魔染獣”!
相変わらず、歌声とも唸り声ともつかない奇声を上げながら、のたうっている。
あまり意味はないが、魔導師ギルドの命名基準に従い、”魔染獣タイタンフェイダー”とでも呼ぼうか?
崩壊した”タイタンフェイド魔導炉”は、至るところで蒼い火炎が噴き上がっており、広い空間を青々と照らしていた。そして――その炎に巻かれる様に、ふたりの人間が”タイタンフェイダー”と対峙している。
炎の向こう――反対側の通路に退避しているのは、遠くて良く見えないが黒いローブに黒いフードを被った怪しげな人物。
炎の手前には――床に倒れたひとりの少女。
その亜麻色の髪は――見た覚えがあった。
「ストロヴェル!」
既にダメージを負っているらしい。起き上がる事が出来ず、泥まみれになって藻掻いている!
そのストロヴェルに対し――頭上で”タイタンフェイダー”ががばりと顎を開く!
その口腔に青い光が収束する!
あの至近距離から浴びたら、ストロヴェルは内臓の一片まで余さず炭に変わる!
迷う事無く――ルージュは、”照明球”を掻き消し、新たな”マギ・コード”を紡ぎ上げる!
足首の魔導石が、それに従い魔力を炎に変換! その炎がルージュの脚に纏わりついて行く!
「発現せよ! 撃ち砕け、”紅蓮蹴撃!」
ルージュが走る!
ジャンプのタイミングと合わせて炎の一部を炸裂させ、大きく宙を舞い――
「喰らえッ!」
――”タイタンフェイダー”の顎を横から蹴り飛ばした!
衝撃で大きく姿勢を崩した”タイタンフェイダー”の顎から、プラズマ火球が放たれる!
間一髪、それはストロヴェルから外れた位置に着弾し、爆炎を噴き上げた!
爆風に乗って空中で姿勢を取り戻し、倒れたストロヴェルの前に着地する。
”タイタンフェイダー”に牽制を向けたまま、首だけ後ろを振り向く。
なんとか顔を上げたストロヴェル。元々大きな瞳を精一杯見開き、ルージュの顔を見つめて来る。
「アンタ、こんなところで何をやってるワケ?」
軽くウィンクを送って、ルージュは微笑んだ。
「ルージュさん!」
「立てる、ストロヴェル?」
俯せに倒れた少女に、声をかける。
「その娘は脳震盪を起こしています! 動かしてはなりません!」
唐突に、燃え盛る炎の向こうから声がした。声をかけて来たのは、例の黒ずくめの怪しげな人間。
「無茶を言ってくれるわね! アンタは何者なの?」
「わたしは……」
答えようとした黒ずくめの声を遮って、頭上の天井が崩れ落ちる!
先ほどの”タイタンフェイダー”のプラズマ火球で、崩落が起きた様だ!
「危ない!」
ルージュの声に突き動かされた様に、黒ずくめが大きく後ろに飛び退く!
間一髪で、崩落から逃れた様に見えたが、通路は土砂で埋まり、両者のあいだは遮られてしまった。
何者かは知らないが、生きている事を祈ろう。
それよりも――!
響き渡る”タイタンフェイダー”の咆哮!
ターゲットがふたりに減った事で、ルージュたちの立場はより難しくなった!
女の姿をした怪物が、目の前のルージュたちに迫る! ストロヴェルを抱えて逃げ出したいが、本当に頭を打っているのなら激しく動かすのは危険だ。
「やるしかないわね!」
迫り来る”タイタンフェイダー”の懐に飛び込む!
半透明の胸の奥に光り輝く高性能魔導石。走り込んだ勢いに乗せて、ルージュは炎を纏った蹴足をその胸元に叩き込んだ!
一見脆いガラス状にも見える”魔染獣”の身体だが、ルージュの蹴りはめり込む事すらしない。叩き込んだ蹴り足に纏わせた炎が、弾かれる様に舞い散る!
やはり、”魔染獣”の身体は”魔法障壁”に似た防御壁を纏っている! ルージュ程度の魔導師の魔力で撃ち抜く事は難しい!
ルージュを、”タイタンフェイダー”の眼球のない眼が睨みつける!
半透明の身体の奥に脈打つ高性能魔導石が輝き、その周囲に”マギ・コード”が紡がれて行く!
「くそ……ッ!」
慌てて大きく飛び退く!
ほぼ同時に、”タイタンフェイダー”の身体が眩いフラッシュを放ち、その口腔から人間の目では追えない超高速のビームが放射された!
熱線を浴びせられた床が一瞬で泡立ち、膨張し、飛び散る!
嫌な予感がして、ルージュは咄嗟に伏せた!
”タイタンフェイダー”が首を大きく振る動作とともに、ルージュの背後の壁が鋭く切り裂かれる!
目には見えないが、口からビームを放ったまま、頭を振ったのだ。
今はうまく動きを読めたが、何度もそうは行かない。
さっさとこの場から逃げなければならない! ”魔染獣”は魔導師がひとりやふたりで戦える相手ではないのだ!
だが――首を振った事により、せっかくルージュの方へ誘導した”タイタンフェイダー”の視線が、再びストロヴェルの方へと向かってしまう。
そのストロヴェルはと言えば、ようやくよろよろと立ち上がったばかりだ。
とても”タイタンフェイダー”の攻撃を躱せる様子ではない。
「ストロヴェル、逃げなさい!」
「……無理、身体が動かないよ……!」
弱々しく頭を振るストロヴェル。
その少女に向け、雄叫びを上げながら”タイタンフェイダー”が再び”マギ・コード”を組み立て始めた!
もう――助けようがない!
「ストロヴェル! ”魔法障壁”を張りなさい!」
”魔染獣”の攻撃が”魔法障壁”で防げるとは思えないが、それしか手段がない。”青眼の魔女”の彼女なら、命は助かるかも知れない!
ストロヴェルが、胸の前で腕を組み、”マギ・コード”を展開させ始める!
胸元に魔導石を埋め込んだ”青眼の魔女”独特の構えだ。
同時にルージュも”タイタンフェイダー”目掛けて駆ける!
選択肢はふたつだ。
ひとつはストロヴェルが攻撃を防ぎきれず消し炭にされた場合――残念だが、ルージュだけでもそのまま奥の通路へ逃げ込むしかない。
もうひとつは、ストロヴェルが何とか持ち堪えた場合――”タイタンフェイダー”に不意打ちを決め、怯んだところで、ストロヴェルを抱えてやはり逃げ延びる!
”タイタンフェイダー”が、渾身の青白い火球を放つ!
一歩遅れて、ストロヴェルが”マギ・コード”を解き放った!
ルージュの選択肢は――まさかの三つめだった!
ばちんッ! と言う聞いた事のない破裂音が響き渡り、”タイタンフェイダー”の放ったプラズマ火球も、ストロヴェルが展開した”魔法障壁”も、完全に消え失せてしまった!
「消えた……!?」
思わぬ展開に、ルージュが脚を止める!
相対した両者は、対照的だった。
両腕を突き出した姿勢のまま、全身から青白いオーラを放出させるストロヴェル。片や”タイタンフェイダー”は、纏っていたオーラが消失し、肉体も濁った様にどんよりとくすんでいる。
何が起きたのか!?
ルージュの頭の中を駆け巡る疑問符。
だが――それを振り払い、ルージュは再び駆けた!
攻撃のチャンスだ! そう本能が告げたのだ。
組みかけだった”マギ・コード”を中断し、そのまま”タイタンフェイダー”の懐に飛び込む!
これも本能的だった。口から火球を放とうと悪戦苦闘する”タイタンフェイダー”の姿を見て、感じたのだ。
魔法は――使えない、と。
四つん這いの”タイタンフェイダー”の胸元に潜り込み、頭上で鈍く鼓動するその心臓部――高性能魔導石目掛けて跳び蹴りを喰らわせる!
ルージュのしなやかな脚が、”タイタンフェイダー”の体表を突き破り、高性能魔導石にまで到達する!
決して大柄でないルージュの蹴足は、辛うじて高性能魔導石につま先が届き――大きな亀裂を生じさせた!
次回 2-3:闇の中でせせら笑う者