2-1:最下級の魔導師
・前回までのあらすじ・
上級魔導師の少女ストロヴェルは、魔力を失い『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』の精鋭部隊”青眼の魔女”の登用からも滑り落ちてしまった。その原因が、彼女の実力を妬む同僚カメリアの陰謀と疑うが証拠もなく追及出来ない。失意のまま任務に就くストロヴェルを、更なる災厄が襲う。テロリストとの遭遇、”魔動炉”の暴走、”魔染獣”の襲撃――。絶望的な状況に、彼女はすべてを諦めてしまう。
一方、下町で魔導師を営むルージュは、”記録結晶”を求めてストロヴェルの行方を追っていた――
***
時間は少し遡り――。
ストロヴェルが、『ラピス・ラズリ』のエントランスでカメリアと言い争っていた頃……
「”記憶結晶”を失くすとは……始末書ものだぞ、ルージュ」
上役の叱責に、肩を竦めるルージュ。
「いや、アタシも気が付いた後、すぐに現場に戻って捜したんだけどさ……」
と言っても”記憶結晶”が荷物の中にない事に気が付いたのは、”魔染獣ニュークフラッシャー”との戦いから数日後の事である。言い訳は出来ない。
そこは、『ファイア・トパーズ魔導師ギルド』。その事務所であった。
魔導師ギルドと言えば『フォス・フォシア』では特権階級と言っても差し支えない職種である。とは言え、六番街くんだりまで来ると、流石にその施設もみすぼらしい。
雑居ビルのワンフロアを間借りして置かれたテナントは狭く、ホコリっぽく、薄暗い……。
本棚やホワイトボード、観葉植物などで飾り付けてはいるが、打ちっぱなしのコンクリートの壁に、その上を無作法に走る配管。建物自体が乱雑な造りである事は、どうにも隠し様がない。
剥き出しのケーブルに繋がれたランプが、薄ぼんやりと照らす真下に、ルージュは立っていた。
彼女と対面するかたちで、四十代半ばの女が、デスクに向かって座っている。
ルージュのそれよりも赤みの強い赤毛を肩辺りまで伸ばした、片メガネの女。赤い紋様の織り込まれたローブをゆったりと纏い、胸元に赤い魔導石をあしらった首飾りを巻いている。
ルージュが属する『ファイア・トパーズ』の女主人で、名をスカーレット=ファイアエンジン。
「失くしたのは”ニュークフラッシャー”討伐作戦の時で間違いないのか?」
「間違いないかって言われると微妙だけど……。落とすとしたらあの時くらいよ」
”記憶結晶”のありかに、実は見当が付いていた。
『ラピス・ラズリ』や『ファイア・トパーズ』を含めた、複数の魔導師ギルドが統合部隊を組んで行った”魔染獣ニュークフラッシャー”討伐作戦。あの時、”青眼の魔女”見習いの少女――ストロヴェルと言ったか? ――にヒップドロップを見舞われたのだが――。
その衝撃で、”記憶結晶”を取り落とした可能性が高い。
もしそうであれば、ストロヴェルが拾っているかも知れないのだ。
「ならば、一刻も早く『ラピス・ラズリ』本部に行って問い合わせて来い。お前が動けないお陰で、何件か依頼をキャンセルせざるを得なくなっているんだぞ」
ため息をついて、スカーレットが促した。
この『フォス・フォシア』では、魔導に関わる仕事は特権が大きい。その為、魔導師として仕事をする場合には、ギルドに所属し、魔導師登録をしていなければならない。
”記録結晶”はその身分証を兼ねている。それを失くしたルージュは現状、魔導師の仕事をする事が出来ないのだ。
「分かった。すぐに行って来るわ」
***
そんなこんなで、一番街にある『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』本部へやって来たルージュ。
焦げ茶色の色彩に覆われた六番街などとは対照的に小綺麗な街並み。白い清潔感のある壁と青い瓦屋根が空の蒼さを反射する整然とした景色が広がる。適度に植林もされ、空気もおいしい。
とても、同じ『フォス・フォシア』の街とは思えない。
官公庁街である一番街の中心街。背の高いビル群が軒を連ねるその一角に、『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』本部がある。
地上二十階建てで不規則な形状をしたガラス張りの本部ビル。外から見ると、まるで巨大な水晶を思わせる外観をしている。
エントランスに入れば、大理石の柱にシャンデリア、ステンドグラス、その他高級そうな装飾品の数々。魔導師ギルドの入口とは思えない、神殿の様な空間が広がっている。
そこを行き交う魔導師たちの装いも、見事なものだ。
一応、最低限の礼儀としてジャケットのホコリを入口で払う。何しろホコリと塵で塗れた六番街で活動しているので、年がら年中煤だらけである。
「管理部は、十階ね」
昇降機に乗り込み、目的のフロアへ向かう。
昇降機の背面もガラス張りであり、『フォス・フォシア』の全景が一望出来た。
全体として円形のかたちをしたこの都市は、一言で言えば大きなすり鉢状をしている。
都市をぐるりと囲む青白い外縁部が、貴族や役人など裕福な身分の階層が棲む一番街。そこから内側に向けて二番街、三番街……と続く。
番地が高くなる程、街並みはすり鉢の底に傾斜して行き、薄暗く、焦げ茶色に変化する。ルージュが棲む六番街など、自分で言うのも何だが小汚い街で、空も工場から流れるスモッグに覆われ、鈍色に曇っていた。
そのすり鉢の中央に――巨大なタワーが見える。
凹凸の少ないのっぺりとした表面で、根元から上に向かうにつれて細くなって行く。天辺は平らで、その頂上からはモクモクと白煙が上がっていた。
あれは――――
と、言うところでアナウンスが到着を告げ、ルージュはフロアへ降り立った。
真っ直ぐに伸びる通路を進み、幾つかある扉の前で歩みを止める。木製の扉に誂られた金属製の表札には「管理部」の文字。
扉を開けて中に入ると、そこは如何にも事務所然といた部屋。雑然と書類が積まれた幾つものデスクに向かい、数人の女たちが粛々と事務作業に没頭している。
その手前に受付のカウンター。
姿勢正しく座る女事務員に、早速問い合わせる。
「エンバーラスト様の”記録結晶”は、管理部には届いていない様です」
「そう、残念……」
女事務員の淡々とした回答に、ルージュはため息を吐いた。
気を取り直して問いかけ続ける。
「それなら……『ラピス・ラズリ』に所属してるストロヴェルって言う子がいないかしら?
その子が拾ってるかも知れないんだけれど……」
「少々、お待ち下さい」
女事務員が席を立ち、奥の部屋へと消えて行く。
ストロヴェルの在席を確認しているのだろう。悔しいが、魔導師ギルドの最大手と言うだけあって、この辺りの対応はしっかりしている。
数分ほどで、女事務員が戻って来る。
「申し訳ございません。最下級魔導師ストロヴェル=スィートハートは現在、任務で外出しております」
「は? 最下級? それはちょっと人違いじゃないかしら?」
「間違いではありません。今は……七番街の”タイタンフェイド魔導炉”メンテナンスに赴いている様ですね」
…………。
女事務員の簡潔な答えに、ルージュは言葉を失った。
ストロヴェルは”青眼の魔女”の育成世代――順調に昇格していれば、今ごろはトップユニットのメンバーになっているハズである。そんな彼女が最下級魔導師?
”青眼の魔女”への昇格検査に受からなかったのか?
いや、受からなかったとしても、上級魔導師と言う彼女の格付けがなくなるワケではない。よっぽどの事をやらかして、組織から総スカンでも喰らわない限りは、最下級魔導師への格下げは、あり得ない。
よっぽどの事がなければ――。
あの子、何かやらかしたのかしら……?
任務中だと言うのなら、日を改めて会えばいいし、なんならこの女事務員に言伝をしておけば、充分である。ストロヴェルとはその程度の関係だ。
しかし、討伐作戦の際に出会った時の――少女の柔らかな笑顔が脳裏に浮かぶ。
女事務員から伝え聞いたストロヴェルの状況は――記憶の中の彼女の笑顔を、ボロボロと焼き焦がして行った。
いわゆる――胸騒ぎと言うヤツだ。
「ありがとう、行ってみるわ!」
丁寧にお辞儀する女事務員への挨拶もそこそこに、ルージュは足早に管理部を後にする。
急いで昇降機を呼び寄せ、エントランスへ降りて行く!
エントランスを飛び出すと、運よく乗り合い馬車が出発するところ。
ルージュは、半ば出発しかけた馬車を強引に止め――七番街へと向かって行った。
次回 2-2:特殊能力の片鱗