表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/52

1-6:”魔染獣”の目覚め

「嘘だッ!」

 突然叫んだストロヴェルの声の大きさに、黒ずくめの魔導師も驚愕する!

 その拍子に緩んだ拘束を跳ね除け、続け様に叫んだ!

「『ラピス・ラズリ』がそんなものを渡すハズがない!」


 いや、待て!?

 この” 記録結晶フイルグリフ”は『ラピス・ラズリ』の備品だが、ストロヴェルに直接手渡したのはカメリアだ。

「まさか……!?」

 嫌な想像に、声が震える。


 黙って見ていた黒ずくめの魔導師が、ため息を付く。

「何やら複雑な事情がありそうですが……今の貴女(あなた)に必要なのは、この場をどうするか、と言う事ではないですか? 一応、テロリストと対峙(たいじ)しているのですよ?」

 こちらの事情も知らずに、勝手な事を言う彼女を(にら)みつけた。


「お前は……何で『ラピス・ラズリ』の”マギ・コード”が読み解けるんだ!?」

「わたしも魔導をそれなりの時間、探求した身……とだけお答えします」

 簡潔(かんけつ)に答える、黒ずくめの魔導師。

「そんな事よりも、どうするのですか?

 自分が自爆させられそうになったと解っても、わたしと闘いますか?」


「…………」

 一瞬黙り込んで……ストロヴェルは胸の前で腕を構えた!

 魔力を魔導石に集中させ、”マギ・コード”を組み上げる! 両手のあいだに、魔法が編み上がって行く確かな手(ごた)え!

「……わたしは、『ラピス・ラズリ』の魔導師だ!

 魔法が使えなくたって、任務は果たさなきゃならない!」


「ほう……!」

 黒ずくめの魔導師が空中を見上げて、感嘆(かんたん)の声を上げる。

 ストロヴェルの周辺に組み上げられた”マギ・コード”の構成は、魔導師である相手にも()えている様だ。

 恐らく最下級(Fランク)魔導師に認定されたストロヴェルが、巨大な”マギ・コード”の構成文を編み出した事が意外だったのだろう。「そんな”マギ・コード”を発現出来(でき)るほどの魔力を持っているのか?」と言う驚きだ。


 ”マギ・コード”は組み上がるのだ。

 だが、その先が続かない……。


「それならば、手加減は無用!」

 黒ずくめの魔導師が高らかに宣言する!


 ―― (いなな)け雷鳴、穿(うが)て雷光! ――


(ほとばし)れ! ”雷衝撃(スタンシヨツク)”!」

 再び穿たれる、紫電のいばら! しかも、その威力は先ほどよりも強力だ!


 この狭い地下空間では――もはや(かわ)せない!

 一か(ばち)か――!


「お願い、発動してっ! 発現せよ(マテリアライズ)! ”連光弾(クラストキヤノン)”!」

 願いを込めて、魔導石の中に組み上げた魔力を、火球の連弾に変換する!

 突き出した腕とともに、確かな手応えを(ともな)って魔力が、前方に放出された!


 しかし――それだけだった……。

 噴き出したストロヴェルの魔力は、”連光弾(クラストキヤノン)”を構成するどころか、小さな光ひとつ発せず、虚空に霧散して行く……。

「……どうしてよ……っ!」


 (かす)れた声を振り絞り、ストロヴェルは(うつむ)いた。

 その彼女の姿を、巨大な(いかづち)(いばら)が絡め取る! ――ハズだった!


 バチンッ! と言う耳を貫く鋭い音とともに、周囲が一気に薄暗くなる!

「え……ッ!?」

 頭を上げる! 周りを見渡せば、ストロヴェルを襲わんとしていた紫電は跡形もなく消え去っていた。

 それだけではない!

 地下空間を薄ぼんやりと照らしていた照明の光も落ちて、数メートル先も見えない闇に包まれている。


「何ですって……!?」

 遅れて、黒ずくめの魔導師が驚愕の声を上げる!

「わたしの”雷衝撃(スタンシヨツク)”を消し去った!? いったい何をしたのです!?」

「し……知らないよっ! わたしは何もしてない!」

 問い詰める黒ずくめの魔導師に、本当に何が起きたのか訳も分からず首を横に振るストロヴェル。

 その黒ずくめの魔導師の方を振り向いて――息を()む!


 消えた魔法。消失した照明――。薄闇の中で輝いているのは、”魔動炉(リアクター)”の高性能魔導石(ハイパージエム)のみ。それと四基(・・)の”制御棒(コントロールロツド)”……


「”制御棒(コントロールロツド)”が……半分止まってる……!」

「何……っ!?」

 慌てて背後を振り向く黒ずくめの魔導師!

 八基あった内の半分、彼女たちに近い方の”制御棒(コントロールロツド)”四基の光が、完全に消え失せてしまっている!


 何故(なぜ)止まった!?

 周囲の照明や、黒ずくめの魔導師の魔法が消失した事と、関係があるのか……!?

 いや、今考えるべきは、そんな事ではない!


 ”制御棒(コントロールロツド)”はその名の通り、”魔動炉(リアクター)”の魔導石を制御する為に機能しているのだ。その内の半分までもが停止したら――!


「マズイッ!」

 危険を悟り、こちらに飛び込んで来る黒ずくめの魔導師!

 静電気が弾ける様な乾いた音をバチバチと立てて――”魔動炉(リアクター)”の高性能魔導石(ハイパージエム)から火花が散り始めた!


 青白い光の粒子が無数に舞い上がり、周囲を旋回し始める。

「身体から……光が……!?」

 気がつけば、光の粒子はストロヴェルの身体からも吹き出し、高性能魔導石(ハイパージエム)へと収束していた。ともに引き寄せられる様なちからを感じ、ストロヴェルの脚が二、三歩前にたたらを踏む。


「ダメです、離れなさい!」

 慌てた様子で黒ずくめの魔導師が、高性能魔導石(ハイパージエム)に引き込まれかけたストロヴェルの腕を引き戻す!


「もっと離れて!」

 黒ずくめの魔導師に引かれ、魔導石から距離を置く。周囲を滞留していた光はさらに激しく輝き、それはもはや光の奔流(ほんりゆう)となっていた!

「”魔動炉(リアクター)”が……魔力を吸収してる!?」

 荒れ狂う光は、タダの光ではなく周囲から流れ出した魔力!


「やはり……予想していた通り……」

 黒ずくめの魔導師がマスクの下で歯を噛み締める音が、聞こえてきた。

「この魔導石は……”VERDIGRS(ヴエルデグリス)”!」


 その叫びとほぼ同時に、一際大きなフラッシュが地下空間を覆う!

 光源が失われた闇の中で、”VERDIGRS(ヴエルデグリス)”と呼ばれた魔導石だけが、目を射抜く様な真っ青(ま さお)な光に包まれていた。


 金属で出来(でき)た”魔動炉(リアクター)”の本体は、真っ赤に焼け上がり、”VERDIGRS(ヴエルデグリス)”が恐ろしい熱量を放っている事が(うかが)える。

 その”VERDIGRS(ヴエルデグリス)”そのものも、自らが放つ熱量に耐えられず、表面が溶け落ち,

粘液をぶちまけていた。


 コポコポと軽い音を立てて泡立ち光る緑青(ろくしよう)色の液体。

 一瞬の静寂を経て――

 ゴボッっと大きな音を立て、液体の中から『腕』が立ち上がった!


 大した深さもない液体から生えた腕は、向こう側が透けて見える半透明で、その表面の至るところに結晶の様な緑色のウロコが密集している。


 これは――!

「”魔染獣”!」

 ストロヴェルが叫ぶと同時に、液体が沸騰したかの様に泡立ち、膨れ上がり、”魔動炉(リアクター)”を包み込んで行く!

 膨れ上がった泡は、やがてしなやかな女の上半身を描き出す!


 僅か十秒ほどで、半透明の身体と結晶のウロコを持つ、上半身だけの女の魔物(モンスター)”魔染獣”が姿を現した! その胸の膨らみの奥には、”魔動炉(リアクター)”の心臓部だった”VERDIGRS(ヴエルデグリス)”が、文字通り光り輝き脈打っている。


「逃げますッ!」

 開口一番、黒ずくめの魔導師が奥の通路に向けて大きく跳躍する!

「ま……待って……!」

 慌てて後を追って駆け出すストロヴェル。(すで)に数メートル先に着地した黒ずくめの魔導師の背中を、必死に走って追いかける。


「何をしているのですかッ!?」

 後れを取ったストロヴェルに、非難の声を上げる。

 ストロヴェルが決してどんくさい訳ではない。黒ずくめの魔導師が、魔法の圧力によって機動力を底上げしているのに対し、魔法が使えないストロヴェルは足で走るしかないのだ!


 開いた距離は数メートルほどでしかないが、その差が命運を分けた。

 奇声とともに、”魔染獣”の大きな(あぎと)の中に青白いプラズマの火球が生み出される! (うな)りを上げて射出されたプラズマ火球が、ふたりのあいだに着弾した!


 地下道を揺るがす爆炎と轟音に巻かれ、ストロヴェルは(もと)来た方向に跳ね飛ばされる!

「きゃあッ!」

 壁に後頭部を強打し、視界が暗転! 床に崩れ落ちる……。


「大丈夫ですか!?」

 黒ずくめの魔導師が、燃え盛る火炎の向こうで叫ぶ!

 脳震盪(のうしんとう)を起こした、ストロヴェルは立ち上がれず、床に溜まっていた油とホコリに(まみ)れて、呻いた。

 その彼女の上に、”魔染獣”の巨体が影を落とす!


 霞んだ紅と碧の瞳(オツドアイ)で、”魔染獣”を見上げる……。

 その(あぎと)の奥の真っ暗な闇に――再び灯る青白い火球!

 この至近距離で喰らえば、ストロヴェルは人のかたちをした炭と化す!


「何でよ……!? 何でわたしばっかり、こんな目に()うのよ……っ!」

 助からない事を悟って――ぎゅっと目を(つむ)る。

 突っ伏したまま、なすすべなくストロヴェルは頭を下げた。


 ”魔染獣”の放ったプラズマ火球が――ストロヴェルの小さな身体を真っ青に飲み込んだ!

 遥か遠くで聞こえる、黒ずくめの魔導師の叫び声……。


 全身を焼き尽くす痛みを覚悟する! ……だが!

 火球は彼女を襲わず、外れた場所に着弾し、轟音と爆風が真横から吹き付けた!


「アンタ、こんなところで何をしてるワケ?」

「!?」

 聞き覚えのある声に――ストロヴェルが顔を上げた!


 目の前には変わらず”魔染獣”の巨体。

 ――その手前に、こちらに背を向けて(たたず)む、赤毛の女の後ろ姿。


 どうしてこの人が、ここにいる!?

 ストロヴェルは、肺の奥から命一杯空気を絞り出して、彼女の名を呼んだ!


「ルージュさん!」

次回 第二章『赤毛の魔導師ルージュ』

   2-1:最下級の魔導師

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ