END:貴女の傍に
空は晴れ渡っていた。
この『フォス・フォシア』で、こんなにも青空が広がったのを見たのは初めてかも知れない。
「事務所が再建中と言う時に、ふたり揃って高みの見物とは、良いご身分だな?」
まあ、見上げていたのは空ではなくて、半壊状態の『ファイア・トパーズ』の事務所なのだが。
未だに塞がれない壁の穴から、顔を覗かせたのはスカーレット。彼女の見下ろす先に、地上から修復作業の様子を眺めていたルージュとストロヴェルがいた。
「どっちかって言うと、低みの見物だと思うわ」
「わたしじゃ、特にお手伝い出来る事もないし……」
ふたりからほぼ同時に返され、スカーレットが大きくため息をつく。彼女の覗いていた壁の穴は、大工たちの手によって、取り合えずシートで塞がれ様としているところだった。
一度姿を消すと、ビルの階段からスカーレットが下りて来る。
「お前たち、レッドベリルへ向かうんだってな?」
「直行するかどうか解からないけど……取り合えずそこを目指そうとは思っているわ。道中で、ストロヴェルの身体をどうにか出来れば、また話は別でしょうけれど……」
「ふむ……」
ルージュの答えに、スカーレットが頷く。
「ルージュをお借りしちゃって、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げるストロヴェルに、スカーレットは笑った。
「何、構わん! ……と言うか、正直なところを言うと暫く姿をくらましてくれた方が、都合が良い」
道端で他愛のない会話をしている三人。ただそれだけなのだが、道行く通行人の内、何人かがジロジロとこちらを見つめる視線を送って来ている事には気が付いていた。
どうも、ここ数日でルージュとストロヴェルはそこそこ有名人になってしまったらしい。
理由は当然で、あの『ディス・カ・リカ』崩壊事故の現場に、直接居合わせたからだ。新聞を読み漁っても、『ディス・カ・リカ』の崩壊については「原因不明」と濁した記事ばかりで、直接真相を知る者は少ない。
だが、あれだけの規模の出来事なので、当然に目撃者は大勢いた。
ルージュとストロヴェルが関わっている事も、下町では周知の事実となってしまっている。しかし、誰もが詳細を知らない為、こうして好奇の目を向けて来る……程度に留まっている、と言うワケだ。
「それに、面倒な連中にもストーカーされている様だしな」
スカーレットがちらりと表通りの店の手前で買い食いしている男や、壁に背をもたれて新聞を読んでいる男たちを睨みつける。
「あの人たちがどうかしたの?」
不思議そうに、スカーレットの視線を追うストロヴェル。
「住人を装っているけれど、治安維持騎士団の変装ね。アタシたちを監視しているんだわ」
それを聞いてストロヴェルが、ルージュにしがみついて来る。
「まあ、そんなワケで今のお前たちに我が『ファイア・トパーズ』を出入りされても、いらん衆目を集めるだけだ。少し姿をくらまして、ほとぼりを冷ましてくれた方が、ありがたい」
笑ってスカーレットが、ストロヴェルの頭を撫でた。
「ルージュを頼むぞ?
お前は上級魔導師でルージュは中級魔導師。お前の方が上位職なんだからな」
「はぁ……」
微妙な笑顔で曖昧な返事をするストロヴェル。
スカーレットに別れを告げ、ルージュはストロヴェルの手を引いて、一番街へと向かった。目指すは国境門だ。
「国境門、無事に抜けられるかな?」
不安そうな表情を送るストロヴェルに、ルージュは気楽に答えた。
「今の状況なら大丈夫よ。このあいだみたく変な偽装をしなくても、堂々と通り抜けられるわ」
ルージュは、空を見上げた。
青空の下、『フォス・フォシア』の中心部にそびえる魔導石破壊塔『ディス・カ・リカ』。その巨大なタワーは、真ん中辺りから上が完全に消失していた。
この非常事態とあって街には大勢の治安維持騎士団が詰めかけ、治安の統制に奔走しているが……。
今の彼らは主役ではない。
『フォス・フォシア』の街の至るところに立ち上がっている大きな旗。紅の生地に白抜きの紋章が鮮やかに描かれた旗が、あちこちにはためいている。
これは、レッドベリル魔導石製造商会の紋章だ。
『ディス・カ・リカ』の崩壊によって、滞っていた魔導石廃棄作業は完全に停滞し、事故頻発の危険性が高まっていた。何とか事実を隠蔽したい『ラピス・ラズリ』』だったが、あれだけ派手な花火が打ち上がってしまっては、隠し様がなかったのだろう。
ここぞとばかりに集まった、レッドベリルを始めとした魔導石製造連盟や、諸外国からの「国際支援」と言う名の干渉を、受け入れざるを得ず、『フォス・フォシア』の街には他国の魔導師が大挙として押し寄せていた。
「アクアやカメリアも、これなら大丈夫そうだね」
「そうね、これだけ魔導石製造商会連盟の魔導師か眼を光らせていれば、『ラピス・ラズリ』も無茶は出来ないわね」
パプリカの目指していたかたちとは、だいぶ違う方向に話が進んでしまったが、結果的には彼女の思惑通りになったのではないだろうか?
そのパプリカは、ストロヴェルやカメリアの身辺整理が片付くと「色々やる事がありますので」と言って、早々に姿を消してしまった。おそらく今ごろは、『フォス・フォシア』のどこかで弟子たちの指揮に腕を振るっているのだろう。
「パプリカさんにちゃんとお礼を言いたかったなぁ……」
レッドベリル商会の旗を見上げてストロヴェルが呟く。
「アタシも同じ気持ちだけど、残念ながら貴女はあまり悠長にウロウロしてはいられない身よ」
「解かってるよ。早く『フォス・フォシア』を出なくちゃだよね。
それに、レッドベリル商会に向かえば向こうで会えるかも知れないし」
そんな会話をしながら歩き、いつの間にかふたりの前には、国境門の大きなガラスドームが見えて来ていた。
「街を出たら、どこへ向かうの?」
「差し当たり、ヴェルの故郷に向かいましょ。パプリカさんの弟子が貴女の無事を伝えているハズだけど、顔をみせてあげれば、安心するわ」
国境門が近づく。
ここを潜れば、ストロヴェルは『フォス・フォシア』の支配から、解放されるだろう。
「ルージュさ、このあいだ言ったよね?
わたしの身体が戻るまで、一緒にいてくれるって」
「言ったわね」
「それなら……ずっとこのままも悪くないかなぁ?」
半眼で呻いて、ルージュはストロヴェルの顔を見下ろす。
「また、そんな事言って。
あんまりワガママ言うと、前言撤回するわよ?」
「ご……ごめんさいっ!」
慌てて取り繕うストロヴェル。
ルージュは指を顎にあて、イタズラっぽい視線で空を見上げた。
「でも、ヴェルの身体が戻るまでってのは……ホントに撤回しようかな?」
「え……っ!?」
瞳を不安げに揺らしたストロヴェルに、ルージュは苦笑して頭を撫でた。
「ごめんなさい! 今のはアタシが悪い!」
ほっとした表情を見せたストロヴェルの手を強く握って、ルージュは微笑む。
「貴女の身体が元に戻るまで何て言わない。いつまでも貴女の傍にいさせてもらうわよ?」
「うん!」
紅と碧の瞳を潤ませて――大きく頷くストロヴェル。
国境門抜け、結晶構造の様なガラスのドームを――今、抜ける。
その先から差し込む、眩い光の中に――
――ふたりの姿は溶けていった。
ストロヴェルのその小さな手を、強く握る。
二度と離れぬ様に――
――そして見届けよう。
この少女の瞳に、紅い光が灯る、その瞬間を――。
――おわり――




