8-6:ストロヴェルの帰還
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「気が付いたかしら?」
ベッドの上に寝かされたストロヴェルの顔を覗き込み、ルージュは笑った。
滑らかな亜麻色の髪が良く似合う少女は、うっすらと目を開ける。紅と碧の瞳を二度三度ぱちくりさせて、ゆっくりとルージュの方を向いた。
「ルージュ……?」
未だぼんやりした様な顔で、ベッドの上から上体を起こす。
「ここは、どこ……?」
「六番街のアタシの家だよ。
ヴェルは気を失ってたのよ。昨日の夜からずっと……」
「そっか……わたし、逃げる途中で気絶しちゃったんだ……」
頭を掻きながら、ふと下を見下ろす。
自分が上半身裸なのに気付き「きゃっ!」と声を上げてシーツをたくし上げた!
「何でわたし、裸なの!?」
「昨日、バミューダにローブを引っぺがされたからでしょ。
あの後、みんなで交代交代貴女を抱き抱えて、やっとこせ六番街まで戻って来たんだから。みんなくたくたで、貴女をベッドに寝かせるので精一杯だったのよ!」
まあ、そのお陰か一瞬ちらりと見えたストロヴェルの胸。その胸元の”VERDIGRIS”は、静かに輝きを放っていた。
どうやら、完全に魔力は抜けきった様である。
「みんな……?」
ストロヴェルが周りを見回す。
ルージュの決して広くない部屋の中で、テーブルについて紅茶など飲みながら笑顔で手を振るパプリカ、その対面にアクエリアス。そして――
「カメリア!?」
窓際で腕を組んで難しい顔をしている金髪の少女――カメリアの姿を認めて、ストロヴェルは驚いた様に声を上げた。
「よぉ……!」
微妙な顔で手を上げ、挨拶するカメリア。
金髪を掻いて明後日の方向を見やるが、その後の沈黙に耐え切れなかったか、いそいそとベッドの脇に寄って来る。
「座りなさい」
ルージュが、自分の座っていたイスをカメリアに譲った。
「…………」
目を合わせず、向かい合うストロヴェルとカメリア。
「結局……カメリアは、何もしてなかったんだね……」
先に口を開いたのはストロヴェル。
「ストロヴェルも……大変なものを身体に埋め込まれちまったんだな……」
続いてカメリア。
ため息ついてルージュは、パプリカを見やる。笑って首を横に振るパプリカ。
しばしの沈黙の後――やがてストロヴェルとカメリアは顔を見合わせ――
「大変な目に合わせてごめんね。……そして、助けてくれてありがとう!」
「大変な目に合わせて悪かったな。……そんで、助けてくれてありがとよ!」
まったく同時にはもったセリフに――ふたりは涙を浮かべて笑った!
ルージュの部屋に、穏やかな笑い声が響いた後、パプリカが腰を上げた。
「さてさて、おふたりの和解が済んだところで……」
パプリカは、カメリアの前に佇むと、頭を下げた。
「改めて名乗らせていただきます。
わたしはレッドベリル魔導石製造商会の序列二位、マゼンダ=レッドベリルに仕える魔導師、パプリカ=チリペッパーと申します」
偉い人なんだろうとは思っていたが、そんなに上の人間だったのかと今更驚きながら、ルージュはその様子を黙って見つめていた。
「現在、我がレッドベリル商会を始めとする魔導石製造連盟は、『ラピス・ラズリ』に対する大規模な調査を実行する用意を進めています」
”記録結晶”を起動し、当主マゼンダの署名が成された命令書の写しを投影して、パプリカが続ける。
「『ラピス・ラズリ』所属の魔導師にも、類が及ぶでしょう。ですが、これまでの出来事を鑑み、我がレッドベリル商会は、貴女方三名を特別に保護する手筈を整えています」
パプリカの申し出に、三人は顔を見合わせた。
事態がここまで動いたのも、専ら彼女たちの行動があってこそだ。『ラピス・ラズリ』から、相応の恨みも買っているだろう。『ラピス・ラズリ』に戻れば、厳しい立場に立たされる可能性が高い。
しかし――
「アタイは断るよ」
最初に手を上げたのはカメリアだった。
「どうして? レッドベリルによる保護を望んでいたじゃない」
ルージュの問いに、カメリアは頷いた。
「そうなんだけどさ、この騒ぎの根本ってエルダーメンバーによる『ラピス・ラズリ』の支配だろ?
それを何とかしたいってバミューダ様の考えは、確かだと思うんだ」
確かに……。
『フォス・フォシア』の杜撰な魔導石管理も、大元を辿れば利益至上主義のエルダーメンバーが原因だ。それに対し、魔導師の権力を高めて、支配構造を変革すると言うバミューダの考えも一理あった。やり方はとても褒められたものではないが……。
そのバミューダだが、『ディス・カ・リカ』から逃走した後、『ラピス・ラズリ』に戻らず行方をくらましてしまったらしい。ストロヴェルにした事が明るみに出れば、例え世の為、魔導師の為と訴えても、極刑は免れまい。
「やっぱ、あの時斃しておくべきだったかな……?」
爪を噛むルージュに、ストロヴェルは首を横に振って否定した。
「そんな事ないよ。ルージュがわたしの為を思って止めてくれたんだから。仕方がないよ」
微笑むストロヴェル。
「話が逸れてるけど――」
カメリアが話題を軌道修正する。
「そのバミューダ様がいなくなっちまった今、”青眼の魔女”は弱体化する。アタイはバミューダ様の意思を引き継ぎたいと思ってるんだ。もちろん違うやり方でだ。
アタイにはお爺様と言う強いパイプがある。今度はアタイがお爺様を懐柔して、”青眼の魔女”側に引き込んでやるよ!」
「あたしも、”青眼の魔女”に戻ります」
アクエリアスも同調した。
正直、この少女ふたりがいれば、一騎当千だと思うのだが、それでも権力構造が揺らぎもしない『ラピス・ラズリ』は、正にパンデモニウムである。
「レッドベリルの介入があるのであれば、これ以上にないチャンスだしな」
カメリアの言葉に、パプリカは納得した様だった。
「解かりました。貴女たちの意志を尊重します。……が、おふたりは未だ未成年者。危険だと判断した場合は、介入させていただくので、ご了承ください」
パプリカがそう言ってくれるのであれば、安心だろう。
後は、ストロヴェルだが……。
全員の視線がストロヴェルに集まった中、本人より先にカメリアが口を開く。
「ストロヴェル、お前は帰って来るな」
「どうして?」
「お前はアタイたちとは事情が違う。その身体そのものが、『ラピス・ラズリ』にとって都合の悪いものだ。どんな手段を用いても、お前だけは消しに来るぞ」
言われて怯えた表情で下を向くストロヴェル。
「では、スィートハートは、わたしの弟子と一緒にフォス・フォシアを出る準備を――」
結論を纏めかけたパプリカを、ストロヴェルが止めた。
「ちょっと待って!」
「どうしました? まさか、『ラピス・ラズリ』に帰りたいと言うのですか?
残念ながら、カメリアの話はもっともです。貴女の命の危険を考えれば、帰らせるワケには――」
「そうじゃなくて……!」
「?」
パプリカが疑問符を上げる。ストロヴェルの言葉を、ルージュが継ぎ足した。
「実は……ヴェルはアタシが連れて行こうと思うのよ」
「レッドベリルへ……ですか?」
パプリカがルージュに向き直る。肯定とも否定とも取れない微妙な頷き方をするしかなかった。
「まあ、最終的には厄介になるかも……。ただ、その前にこの子の”VERDIGRIS”をどうにかする方法を捜さなくちゃならないわ」
ルージュは立ち上がり、ストロヴェルに近寄ってその頭を撫でた。
「レッドベリルじゃ、”VERDIGRIS”は禁忌の魔導石扱いなんでしょ?
レッドベリルの魔導師でも、あんまり関わりたがらないんじゃないかしら?」
ルージュの言葉に、パプリカは顎に手を当てて考え込んだ。
「……否定はしません。正直なところ、”VERDIGRIS”絡みで我が祖国も色々ありましたので……。ですが、任務とあればしっかりと仕事はこなしますよ?」
ストロヴェルが髪を揺らして首を振った。
「パプリカさんたちもこれから忙しいだろうし……、自分の身体の事なので、自分で出来る限り何とかしたいって思います」
その言葉に、パプリカはルージュとストロヴェルを交互に見据えて、笑って肩を竦めた。
「解かりました。おふたりのお邪魔をしてはいけませんね」
「いや……っ! そう言うワケじゃ……っ!」
慌てて腕をパタパタ振って、否定するストロヴェル。
声を上げてパプリカが笑う。
「それでは、お三方の保護申請は保留と言う事で、本国に伝えます」
「ごめんなさい。せっかく準備してくれたのに……」
しゅんとするストロヴェルに、パプリカは手を振った。
「大丈夫です! 実務をするのはわたしの弟子なので!」
行ったり来たり、この人のお弟子さんも大変だな……と思いながら、ルージュは笑顔を引きつらせた。
遥か遠くの島国の、レッドベリル商会本部の一室で――紅い髪に黒のメッシュが入った女の魔導師が、くしゃみをして長い耳をぱたつかせた事は――誰も知らない……。
ストロヴェルは、ベッドに横たわったまま、ルージュを見上げた。
「……と言うワケでルージュ。
わたし、『ラピス・ラズリ』を辞めちゃった」
「そうね……」
「また……よろしくお願いします」
妙に丁寧な言葉を使ったストロヴェルに、ルージュはグローブを外し笑顔で手を差し伸べた。
その手を、ストロヴェルが握り返す。
「お帰りなさい、ストロヴェル」
「ただいま、ルージュ」
次回 エピローグ
END:貴女の傍に




