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8-6:ストロヴェルの帰還

 ***


「気が付いたかしら?」

 ベッドの上に寝かされたストロヴェルの顔を覗き込み、ルージュは笑った。


 滑らかな亜麻(あま)色の髪が良く似合う少女は、うっすらと目を開ける。紅と碧の瞳(オツドアイ)を二度三度ぱちくりさせて、ゆっくりとルージュの方を向いた。

「ルージュ……?」


 (いま)だぼんやりした様な顔で、ベッドの上から上体を起こす。

「ここは、どこ……?」

六番街(ヘクサ・アーク)のアタシの家だよ。

 ヴェルは気を失ってたのよ。昨日(きのう)の夜からずっと……」

「そっか……わたし、逃げる途中で気絶しちゃったんだ……」


 頭を()きながら、ふと下を見下(みお)ろす。

 自分が上半身裸なのに気付き「きゃっ!」と声を上げてシーツをたくし上げた!

「何でわたし、裸なの!?」

「昨日、バミューダにローブを引っぺがされたからでしょ。

 あの後、みんなで交代交代貴女(あなた)を抱き(かか)えて、やっとこせ六番街(ヘクサ・アーク)まで戻って来たんだから。みんなくたくたで、貴女をベッドに寝かせるので精一杯だったのよ!」


 まあ、そのお陰か一瞬ちらりと見えたストロヴェルの胸。その胸元の”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”は、静かに輝きを放っていた。

 どうやら、完全に魔力は抜けきった様である。


「みんな……?」

 ストロヴェルが周りを見回す。

 ルージュの決して広くない部屋の中で、テーブルについて紅茶など飲みながら笑顔で手を振るパプリカ、その対面にアクエリアス。そして――


「カメリア!?」

 窓際で腕を組んで難しい顔をしている金髪(ブロンド)の少女――カメリアの姿を認めて、ストロヴェルは驚いた様に声を上げた。

「よぉ……!」

 微妙な顔で手を上げ、挨拶するカメリア。


 金髪(ブロンド)を掻いて明後日(あさつて)の方向を見やるが、その後の沈黙に耐え切れなかったか、いそいそとベッドの脇に寄って来る。

「座りなさい」

 ルージュが、自分の座っていたイスをカメリアに譲った。


「…………」

 目を合わせず、向かい合うストロヴェルとカメリア。

「結局……カメリアは、何もしてなかったんだね……」

 先に口を開いたのはストロヴェル。

「ストロヴェルも……大変なものを身体に埋め込まれちまったんだな……」

 続いてカメリア。


 ため息ついてルージュは、パプリカを見やる。笑って首を横に振るパプリカ。

 しばしの沈黙の後――やがてストロヴェルとカメリアは顔を見合わせ――


「大変な目に合わせてごめんね。……そして、助けてくれてありがとう!」

「大変な目に合わせて悪かったな。……そんで、助けてくれてありがとよ!」

 まったく同時にはもったセリフに――ふたりは涙を浮かべて笑った!


 ルージュの部屋に、穏やかな笑い声が響いた後、パプリカが腰を上げた。

「さてさて、おふたりの和解が済んだところで……」

 パプリカは、カメリアの前に(たたず)むと、頭を下げた。

「改めて名乗らせていただきます。

 わたしはレッドベリル魔導石製造商会(ベンダーズ)の序列二位、マゼンダ=レッドベリルに仕える魔導師、パプリカ=チリペッパーと申します」


 偉い人なんだろうとは思っていたが、そんなに上の人間だったのかと今更驚きながら、ルージュはその様子を黙って見つめていた。

「現在、我がレッドベリル商会を始めとする魔導石製造連盟(ベンダーズリーグ)は、『ラピス・ラズリ』に対する大規模な調査を実行する用意を進めています」

 ”記録結晶(フイルグリフ)”を起動し、当主マゼンダの署名が成された命令書の写しを投影して、パプリカが続ける。


「『ラピス・ラズリ』所属の魔導師にも、(るい)が及ぶでしょう。ですが、これまでの出来事を(かんが)み、我がレッドベリル商会は、貴女方三名を特別に保護する手筈(てはず)を整えています」

 パプリカの申し出に、三人は顔を見合わせた。

 事態がここまで動いたのも、(もつぱ)ら彼女たちの行動があってこそだ。『ラピス・ラズリ』から、相応の恨みも買っているだろう。『ラピス・ラズリ』に戻れば、厳しい立場に立たされる可能性が高い。


 しかし――

「アタイは断るよ」

 最初に手を上げたのはカメリアだった。

「どうして? レッドベリルによる保護を望んでいたじゃない」

 ルージュの問いに、カメリアは頷いた。

「そうなんだけどさ、この騒ぎの根本ってエルダーメンバーによる『ラピス・ラズリ』の支配だろ?

 それを何とかしたいってバミューダ様の考えは、確かだと思うんだ」


 確かに……。

 『フォス・フォシア』の杜撰(ずさん)な魔導石管理も、大元を辿れば利益至上主義のエルダーメンバーが原因だ。それに対し、魔導師の権力を高めて、支配構造を変革すると言うバミューダの考えも一理あった。やり方はとても褒められたものではないが……。


 そのバミューダだが、『ディス・カ・リカ』から逃走した後、『ラピス・ラズリ』に戻らず行方(ゆくえ)をくらましてしまったらしい。ストロヴェルにした事が明るみに出れば、例え世の為、魔導師の為と訴えても、極刑は免れまい。

「やっぱ、あの時(たお)しておくべきだったかな……?」

 爪を噛むルージュに、ストロヴェルは首を横に振って否定した。

「そんな事ないよ。ルージュがわたしの為を思って止めてくれたんだから。仕方がないよ」

 微笑(ほほえ)むストロヴェル。


「話が逸れてるけど――」

 カメリアが話題を軌道修正する。

「そのバミューダ様がいなくなっちまった今、”青眼の魔女(ブルーアイズ)”は弱体化する。アタイはバミューダ様の意思を引き継ぎたいと思ってるんだ。もちろん違うやり方でだ。

 アタイにはお爺様と言う強いパイプがある。今度はアタイがお爺様を懐柔(かいじゆう)して、”青眼の魔女(ブルーアイズ)”側に引き込んでやるよ!」


「あたしも、”青眼の魔女(ブルーアイズ)”に戻ります」

 アクエリアスも同調した。

 正直、この少女ふたりがいれば、一騎当千だと思うのだが、それでも権力構造が揺らぎもしない『ラピス・ラズリ』は、正にパンデモニウムである。


「レッドベリルの介入があるのであれば、これ以上にないチャンスだしな」

 カメリアの言葉に、パプリカは納得した様だった。

「解かりました。貴女たちの意志を尊重します。……が、おふたりは()だ未成年者。危険だと判断した場合は、介入させていただくので、ご了承ください」


 パプリカがそう言ってくれるのであれば、安心だろう。

 後は、ストロヴェルだが……。

 全員の視線がストロヴェルに集まった中、本人より先にカメリアが口を開く。

「ストロヴェル、お前は帰って来るな」

「どうして?」

「お前はアタイたちとは事情が違う。その身体そのものが、『ラピス・ラズリ』にとって都合の悪いものだ。どんな手段を用いても、お前だけは消しに来るぞ」

 言われて怯えた表情で下を向くストロヴェル。


「では、スィートハートは、わたしの弟子と一緒にフォス・フォシアを出る準備を――」

 結論を(まと)めかけたパプリカを、ストロヴェルが止めた。

「ちょっと待って!」

「どうしました? まさか、『ラピス・ラズリ』に帰りたいと言うのですか?

 残念ながら、カメリアの話はもっともです。貴女の命の危険を考えれば、帰らせるワケには――」

「そうじゃなくて……!」

「?」

 パプリカが疑問符を上げる。ストロヴェルの言葉を、ルージュが継ぎ足した。


「実は……ヴェルはアタシが連れて行こうと思うのよ」

「レッドベリルへ……ですか?」

 パプリカがルージュに向き直る。肯定とも否定とも取れない微妙な頷き方をするしかなかった。

「まあ、最終的には厄介になるかも……。ただ、その前にこの子の”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”をどうにかする方法を捜さなくちゃならないわ」

 ルージュは立ち上がり、ストロヴェルに近寄ってその頭を撫でた。

「レッドベリルじゃ、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”は禁忌(きんき)の魔導石扱いなんでしょ?

 レッドベリルの魔導師でも、あんまり関わりたがらないんじゃないかしら?」


 ルージュの言葉に、パプリカは顎に手を当てて考え込んだ。

「……否定はしません。正直なところ、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”絡みで我が祖国も色々ありましたので……。ですが、任務とあればしっかりと仕事はこなしますよ?」

 ストロヴェルが髪を揺らして首を振った。

「パプリカさんたちもこれから忙しいだろうし……、自分の身体の事なので、自分で出来(でき)る限り何とかしたいって思います」

 その言葉に、パプリカはルージュとストロヴェルを交互に見据えて、笑って肩を(すく)めた。


「解かりました。おふたりのお邪魔をしてはいけませんね」

「いや……っ! そう言うワケじゃ……っ!」

 慌てて腕をパタパタ振って、否定するストロヴェル。

 声を上げてパプリカが笑う。


「それでは、お三方(さんがた)の保護申請は保留と言う事で、本国に伝えます」

「ごめんなさい。せっかく準備してくれたのに……」

 しゅんとするストロヴェルに、パプリカは手を振った。

「大丈夫です! 実務をするのはわたしの弟子なので!」

 行ったり来たり、この人のお弟子さんも大変だな……と思いながら、ルージュは笑顔を引きつらせた。


 遥か遠くの島国の、レッドベリル商会本部の一室で――紅い髪に黒のメッシュが入った女の魔導師が、くしゃみをして長い耳をぱたつかせた事は――誰も知らない……。


 ストロヴェルは、ベッドに横たわったまま、ルージュを見上げた。

「……と言うワケでルージュ。

 わたし、『ラピス・ラズリ』を辞めちゃった」

「そうね……」

「また……よろしくお願いします」


 妙に丁寧(ていねい)な言葉を使ったストロヴェルに、ルージュはグローブを外し笑顔で手を差し伸べた。

 その手を、ストロヴェルが握り返す。


「お帰りなさい、ストロヴェル」

「ただいま、ルージュ」

次回 エピローグ

   END:貴女の傍に

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