1-4:無能の魔導師①
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手術から数日。胸の手術痕の痛みも引いて来た頃合い。
だが――肝心かなめの魔力は終ぞ戻らず、ストロヴェルの心の痛みは増すばかりだった。
そんな彼女の心境など気にする事もなく、任務が舞い込んで来る。
最下級魔導師とは言え育成期間を過ぎた以上、甘えは許されない。
もっとも、最下級魔導師にマトモな仕事なんて回って来ないだろうが……。
『ラピス・ラズリ』本部ビルのエントランス。
まるで神殿の様な豪華な造りの広々としたロビーの一角に、数人の少女たちが集まっていた。
みな、蒼い瞳を光らせた”青眼の魔女”の新米たちだ。ストロヴェル以外は……。
「さて、みんな揃ったな?」
意気揚々とメンバーの顔を見渡したのは――晴れてユニットリーダーに抜擢されたカメリアだ。
昨日までの新人然とした制服姿はどこへやら、胸元を大きく広げた独特の着こなしでローブを纏い、移植された魔導石を誇っている。
「さっそく、バミューダ師匠から、アタイたち”第十一世代”に任務が授けられた。アタイの選抜基準で、それぞれに任務を割り振らせてもらう」
彼女たち”青眼の魔女”は、ギルドに入団した時期に応じて一組に纏められ、ユニットを組まされる。ストロヴェルやカメリアが属する”第十一世代”は、その名の通り、初代から数えて十一世代目のユニットだ。
初代はもちろん、創始者であるバミューダが属する”第一世代”である。
入団時期で纏められる為、年齢はバラバラだ。
例えば最年少のアクエリアスなど、ストロヴェルよりふたつ年下だが、しっかりとメンバーの一員として、この場に揃っている。
他のメンバーは身軽な軽装だが、ストロヴェルは背中に大きなバッグを背負っていた。魔法で様々な代用が利く他の仲間たちと違い、魔法が使えないストロヴェルは手荷物が多いのだ。
正直に言って、恥ずかしい。
ひとりひとりに任務命令書を手渡すカメリア。最後に――
「これがアンタのだ。ストロヴェル」
――冷めた口調で、残りの一枚を投げてよこした。
上等な紙に、達筆な文字で書かれた指示。「任務命令書」の厳格な雰囲気とは裏腹に、その内容は極めて低レベルだった。
「……七番街”タイタンフェイド魔動炉”の基盤交換……」
書面に書かれたシンプルな指示を読み上げ、ストロヴェルは嘆息する。
「魔法が使えない……無能なアンタには、お似合いの仕事だろ?」
意地悪い笑みを浮かべ、カメリアの蒼い瞳が蔑む様にストロヴェルを見据えた。
「カメリアッ!」
我慢が出来ず、ストロヴェルはカメリアに掴みかかった!
「魔法が使えなくなったのは、貴女のせいよ!
貴女、わたしの魔導石に何かしたでしょッ!?」
人目も気にせず、ローブを引っ張って胸元を露出させる。
「言いがかりは止してちょうだい! アタイは確かにアンタの魔導石に触ったわ。でも、触っただけなのはアンタも近くで見ていたでしょう? それとも何? アタイが魔導石をすり替えたとでも!?」
反論の余裕も持たせず捲し立てるカメリア。負けじとストロヴェルも吠える!
「だって、それ以外に何があるのよッ!?」
「アンタの保管が杜撰だったんじゃないの!?
改めて言うわ! 言いがかりは止してちょうだい!」
正論を言っているのはカメリアの方。それは、ストロヴェルも解かっていた。
カメリアが、ストロヴェルの魔導石をすり替えた証拠など、どこにもないのだ。
「や……止めて下さい、ヴェルさん!」
慌てて最年少のアクエリアスが、ストロヴェルを止めに入る。他のメンバーは、関わり御免とばかりに素知らぬ顔。
だが、気が動転していたストロヴェルは、自制が利かなかった。
カメリアの頬に、平手を見舞う!
乾いた音が、静かなロビーに響き渡った。
「何するのさッ!」
カメリアの、当然の反撃が返って来た!
ストロヴェルを突き飛ばし、露わにした胸元の魔導石に、右手を添える。
”マギ・コード”が組み上げられ、魔導石に魔力が収束して行く!
魔導石が輝き、結晶構造の中で乱反射した魔力が、魔法へと組み上げられる!
「発現せよ! 爆ぜろ、”光弾”!」
カメリアの放った火球が、ストロヴェルを狙った!
「ま……待って! わたしは魔法が……!」
ストロヴェルの声も虚しく、火球が彼女の腹に直撃し、爆炎を巻き上げる!
「ぎゃあッ!」
衝撃で床に叩き付けられ、荷物のバッグを薙ぎ倒し、中身が散乱する!
下腹部に走る痛みに耐えかねて、ストロヴェルは地面をのたうった!
真っ昼間の屋内で起きた爆発に、エントランスを行き交う魔導師たちの注目が集まる! ……が、巨大な魔力を持つ”青眼の魔女”同士のいさかいとあって、誰も近寄ろうとしない。
「ヴェルさんッ!」
アクエリアスが、悲鳴を上げて歩み寄ろうとするが――その襟首を掴んで、カメリアが制した。
悠々と近づいて来たカメリアが、上から見下ろして来る。
「こんな戯れの一撃も防げなくなっちまったとは、情けないねぇ。
まあ、魔力をすべて失っちまったら自暴自棄になるのも解かるさ。だから、ここは哀れみを込めて手加減してやったよ」
カメリアの背後から、アクエリアスが抗議の声を上げる!
「カメリアさん! 魔導師でない人への魔法攻撃は、規則で禁じられて……っ」
叫ぶだけ叫んで、ハッと口を塞ぐが遅い……。ストロヴェルの前で言ってはいけない言葉のチョイスに、アクエリアスは申し訳なさそうに俯く。
あまりの情けなさに、ストロヴェルは唇を嚙み締めた。
カメリアが、その滑稽に高笑いを上げる。
「ほら、商売道具だよ。持って行くの忘れないでね、元リーダー様?」
言ってローブの中から取り出したのは――ひとつの”記録結晶”。
彼女が”マギ・コード”を流し込むと、”記録結晶”から光の粒子が吹き出し、それらが纏まって、空中にいくつかの文字列と画像が投影される。
文字列は”マギ・コード”の構成文。画像は、どこかの地図らしかった。
「この”記録結晶”には”魔動炉”の制御プログラムが書き込まれてる。この新品の”記録結晶”を地図の場所――”タイタンフェイド魔動炉”に装填して来るのが、アンタの任務さ」
ケラケラ笑って、投影されていた映像を消し去る。
これが、魔導師が好んで使う情報記録媒体――”記録結晶”だ。
文章や画像、映像あるいは”マギ・コード”の構成文などを記録する事が出来る。ここ『フォス・フォシア』では、魔導師の身分証を兼ねていた。
ストロヴェルも、自分用にひとつを貸与されている。「最下級魔導師」と言う不名誉な称号が刻まれた、忌々しい”記録結晶”を。
「この新品と”魔動炉”の中古品を交換して来るだけの簡単なお仕事さ!」
”記録結晶”をぞんざいに投げてよこすカメリア。
「まあ、簡単だけど重大な任務だよ。”魔動炉”が暴走したら、あの緑色の化け物が出て来ちまうんだ。失敗したら、アンタは今度こそクビだからね、元リーダー?」
手で首を切る動作でストロヴェルをからかう。
「さぁ、みんな行くよ! 仕事に遅れるからね!」
高笑いを上げながら、カメリアが立ち去る。他の仲間も興味がないとばかりに、それぞれの仕事場へと散って行った。
唯一、ストロヴェルを心配そうに見つめていたアクエリアスも、カメリアに促され止む無く立ち去って行く……。
痛む下腹部を抑えながら、起き上がるストロヴェル。
嗚咽を上げながら、床に散らばった荷物をバッグの中に戻して行く。
ふと――雑貨の中に混じってキラキラ光る何かを見つける。
「何これ……?」
疑問に思いながら、雑貨の山を掻き分けると、出て来たものは――
「”記録結晶”?」
結晶のプレートを手に取る。
「あれ……?」
カメリアから預かった”タイタンフェイド魔動炉”用の”記録結晶”は、すぐそこに転がっている。
「じゃあ、これは何……?」
きょとんとした表情で、手の中のふたつ目の”記録結晶”を見つめた。
もしかして自分のものか?
ローブの胸元に手を当てる。裏側のポケットに自分の”記録結晶”が収まっている硬い感触が返って来た。
「あれ? 何で三個あるの……?」
小首を傾げながら、表面のホコリを払う。そして見えた文字に、ストロヴェルは背筋が凍った!
「ルージュ=エンバーラスト……!」
そう。これは”魔染獣ニュークフラッシャー”討伐作戦のあの日に拾った、ルージュの”記録結晶”だ。
「返すの忘れてた……!」
ルージュについては『ファイア・トパーズ魔導師ギルド』に所属しているくらいしか情報がなかったので、落ち着いてから返しに行こうと思っていたのだが――
――色々あって忘れてしまっていたのだ!
”記録結晶”は身分証を兼ねている。これがないと魔導師は魔導師の仕事が受けられない。
ストロヴェルの顔から、血の気が退いて行く。
その”記録結晶”が自分の手元にあると言う事は――今、ルージュは仕事が何ひとつ出来ていないと言う事だ。
「やばい……! 絶対に怒られるヤツだ……ッ!」
忘れていた自分の責任とは言え、何故こうも良くない事が続くのか……?
荷物を手早く纏め、大急ぎでエントランスを駆け出す!
――つもりだったが、出足が鈍る……。
今の自分は任務中だ。
その最中に、私用で目的地とまったく関係ないところへ向かったら、それこそカメリアからどんな小言を言われるか、解かったものではない。
ふたつの用事にストロヴェルは困ってしまった。
もちろん、自分の身体の事で頭がいっぱいで、忘れていた自分の責任である。
後でルージュから、怒られても仕方がない。
「……ごめんなさい、ルージュさん。任務から帰ったら、必ず返します!」
ローブの胸元に三個目の”記録結晶”を納め、ストロヴェルは七番街へと急いだ。
次回 1-5:”魔動炉”のテロリスト