表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/52

1-4:無能の魔導師①

 ***


 手術から数日。胸の手術痕の痛みも引いて来た頃合い。

 だが――肝心かなめの魔力は(つい)ぞ戻らず、ストロヴェルの心の痛みは増すばかりだった。


 そんな彼女の心境など気にする事もなく、任務が舞い込んで来る。

 最下級(Fランク)魔導師とは言え育成期間を過ぎた以上、甘えは許されない。


 もっとも、最下級(Fランク)魔導師にマトモな仕事なんて回って来ないだろうが……。


 『ラピス・ラズリ』本部ビルのエントランス。

 まるで神殿の様な豪華な造りの広々としたロビーの一角に、数人の少女たちが集まっていた。

 みな、蒼い瞳を光らせた”青眼の魔女(ブルーアイズ)”の新米たちだ。ストロヴェル以外は……。


「さて、みんな揃ったな?」

 意気揚々(ようよう)とメンバーの顔を見渡したのは――晴れてユニットリーダーに抜擢(ばつてき)されたカメリアだ。

 昨日(きのう)までの新人然とした制服姿はどこへやら、胸元を大きく広げた独特の着こなしでローブを(まと)い、移植された魔導石を誇っている。

「さっそく、バミューダ師匠から、アタイたち”第十一世代(イレヴン・シスターズ)”に任務が授けられた。アタイの選抜基準で、それぞれに任務を割り振らせてもらう」


 彼女たち”青眼の魔女(ブルーアイズ)”は、ギルドに入団した時期に応じて一組に纏められ、ユニットを組まされる。ストロヴェルやカメリアが属する”第十一世代(イレヴン・シスターズ)”は、その名の通り、初代から数えて十一世代目のユニットだ。

 初代はもちろん、創始者であるバミューダが属する”第一世代フアースト・シスターズ”である。


 入団時期で纏められる為、年齢はバラバラだ。

 例えば最年少のアクエリアスなど、ストロヴェルよりふたつ年下だが、しっかりとメンバーの一員として、この場に(そろ)っている。


 他のメンバーは身軽な軽装だが、ストロヴェルは背中に大きなバッグを背負っていた。魔法で様々な代用が利く他の仲間たちと違い、魔法が使えないストロヴェルは手荷物が多いのだ。

 正直に言って、恥ずかしい。


 ひとりひとりに任務命令書を手渡すカメリア。最後に――

「これがアンタのだ。ストロヴェル」

 ――冷めた口調で、残りの一枚を投げてよこした。


 上等な紙に、達筆な文字で書かれた指示。「任務命令書」の厳格な雰囲気とは裏腹に、その内容は極めて低レベルだった。

「……七番街(ヘプタ・アーク)”タイタンフェイド魔動炉(リアクター)”の基盤交換……」

 書面に書かれたシンプルな指示を読み上げ、ストロヴェルは嘆息(たんそく)する。


「魔法が使えない……無能(・・)なアンタには、お似合いの仕事だろ?」

 意地悪い笑みを浮かべ、カメリアの蒼い瞳が(さげす)む様にストロヴェルを見据(みす)えた。


「カメリアッ!」

 我慢が出来(でき)ず、ストロヴェルはカメリアに掴みかかった!


「魔法が使えなくなったのは、貴女(あなた)のせいよ!

 貴女、わたしの魔導石に何かしたでしょッ!?」

 人目も気にせず、ローブを引っ張って胸元を露出させる。


「言いがかりは()してちょうだい! アタイは確かにアンタの魔導石に触ったわ。でも、触っただけなのはアンタも近くで見ていたでしょう? それとも何? アタイが魔導石をすり替えたとでも!?」


 反論の余裕も持たせず(まく)し立てるカメリア。負けじとストロヴェルも吠える!

「だって、それ以外に何があるのよッ!?」

「アンタの保管が杜撰(ずさん)だったんじゃないの!?

 改めて言うわ! 言いがかりは()してちょうだい!」

 正論を言っているのはカメリアの方。それは、ストロヴェルも解かっていた。

 カメリアが、ストロヴェルの魔導石をすり替えた証拠など、どこにもないのだ。


「や……()めて下さい、ヴェルさん!」

 慌てて最年少のアクエリアスが、ストロヴェルを()めに入る。他のメンバーは、関わり御免とばかりに素知らぬ顔。


 だが、気が動転していたストロヴェルは、自制が利かなかった。

 カメリアの頬に、平手を見舞う!

 乾いた音が、静かなロビーに響き渡った。

「何するのさッ!」


 カメリアの、当然の反撃が返って来た!

 ストロヴェルを突き飛ばし、(あら)わにした胸元の魔導石に、右手を添える。


 ”マギ・コード”が組み上げられ、魔導石に魔力が収束して行く!

 魔導石が輝き、結晶構造の中で乱反射した魔力が、魔法へと組み上げられる!

発現せよ(マテリアライズ)! ()ぜろ、”光弾(キヤノン)”!」


 カメリアの放った火球が、ストロヴェルを狙った!

「ま……待って! わたしは魔法が……!」

 ストロヴェルの声も虚しく、火球が彼女の腹に直撃し、爆炎を巻き上げる!

「ぎゃあッ!」


 衝撃で床に叩き付けられ、荷物のバッグを()ぎ倒し、中身が散乱する!

 下腹部に走る痛みに耐えかねて、ストロヴェルは地面をのたうった!


 真っ昼間の屋内(おくない)で起きた爆発に、エントランスを行き()う魔導師たちの注目が集まる! ……が、巨大な魔力を持つ”青眼の魔女(ブルーアイズ)”同士のいさかいとあって、誰も近寄ろうとしない。


「ヴェルさんッ!」

 アクエリアスが、悲鳴を上げて歩み寄ろうとするが――その襟首を掴んで、カメリアが制した。


 悠々と近づいて来たカメリアが、上から見下(みお)ろして来る。

「こんな(たわむ)れの一撃も防げなくなっちまったとは、情けないねぇ。

 まあ、魔力をすべて失っちまったら自暴自棄になるのも解かるさ。だから、ここは哀れみを込めて手加減してやったよ」


 カメリアの背後から、アクエリアスが抗議の声を上げる!

「カメリアさん! 魔導師でない人への魔法攻撃は、規則で禁じられて……っ」

 叫ぶだけ叫んで、ハッと口を塞ぐが遅い……。ストロヴェルの前で言ってはいけない言葉のチョイスに、アクエリアスは申し訳なさそうに(うつむ)く。

 あまりの情けなさに、ストロヴェルは唇を嚙み締めた。


 カメリアが、その滑稽(こつけい)に高笑いを上げる。

「ほら、商売道具だよ。持って行くの忘れないでね、元リーダー様?」

 言ってローブの中から取り出したのは――ひとつの”記録結晶(フイルグリフ)”。


 彼女が”マギ・コード”を流し込むと、”記録結晶(フイルグリフ)”から光の粒子が吹き出し、それらが纏まって、空中にいくつかの文字列と画像が投影される。


 文字列は”マギ・コード”の構成文。画像は、どこかの地図らしかった。

「この”記録結晶(フイルグリフ)”には”魔動炉(リアクター)”の制御プログラムが書き込まれてる。この新品の”記録結晶(フイルグリフ)”を地図の場所――”タイタンフェイド魔動炉(リアクター)”に装填して来るのが、アンタの任務さ」

 ケラケラ笑って、投影されていた映像を消し去る。


 これが、魔導師が好んで使う情報記録媒体――”記録結晶(フイルグリフ)”だ。

 文章や画像、映像あるいは”マギ・コード”の構成文などを記録する事が出来(でき)る。ここ『フォス・フォシア』では、魔導師の身分証を兼ねていた。

 ストロヴェルも、自分用にひとつを貸与(たいよ)されている。「最下級(Fランク)魔導師」と言う不名誉な称号が刻まれた、忌々(いまいま)しい”記録結晶(フイルグリフ)”を。


「この新品と”魔動炉(リアクター)”の中古品を交換して来るだけの簡単なお仕事さ!」

 ”記録結晶(フイルグリフ)”をぞんざいに投げてよこすカメリア。

「まあ、簡単だけど重大な任務だよ。”魔動炉(リアクター)”が暴走したら、あの緑色の化け物が出て来ちまうんだ。失敗したら、アンタは今度こそクビだからね、元リーダー?」

 手で首を切る動作でストロヴェルをからかう。


「さぁ、みんな行くよ! 仕事に遅れるからね!」

 高笑いを上げながら、カメリアが立ち去る。他の仲間も興味がないとばかりに、それぞれの仕事場へと散って行った。

 唯一、ストロヴェルを心配そうに見つめていたアクエリアスも、カメリアに促され()む無く立ち去って行く……。


 痛む下腹部を抑えながら、起き上がるストロヴェル。

 嗚咽(おえつ)を上げながら、床に散らばった荷物をバッグの中に戻して行く。

 ふと――雑貨の中に混じってキラキラ光る何かを見つける。


「何これ……?」

 疑問に思いながら、雑貨の山を()き分けると、出て来たものは――

「”記録結晶(フイルグリフ)”?」

 結晶のプレートを手に取る。


「あれ……?」

 カメリアから預かった”タイタンフェイド魔動炉(リアクター)”用の”記録結晶(フイルグリフ)”は、すぐそこに転がっている。

「じゃあ、これは何……?」


 きょとんとした表情で、手の中のふたつ目の”記録結晶(フイルグリフ)”を見つめた。

 もしかして自分のものか?


 ローブの胸元に手を当てる。裏側のポケットに自分の”記録結晶(フイルグリフ)”が収まっている硬い感触が返って来た。


「あれ? 何で三個あるの……?」

 小首を(かし)げながら、表面のホコリを払う。そして見えた文字に、ストロヴェルは背筋が凍った!


「ルージュ=エンバーラスト……!」

 そう。これは”魔染獣ニュークフラッシャー”討伐作戦(ハンテイング)のあの日に拾った、ルージュの”記録結晶(フイルグリフ)”だ。

「返すの忘れてた……!」


 ルージュについては『ファイア・トパーズ魔導師ギルド』に所属しているくらいしか情報がなかったので、落ち着いてから返しに行こうと思っていたのだが――

 ――色々あって忘れてしまっていたのだ!


 ”記録結晶(フイルグリフ)”は身分証を兼ねている。これがないと魔導師は魔導師の仕事が受けられない。

 ストロヴェルの顔から、血の気が退いて行く。

 その”記録結晶(フイルグリフ)”が自分の手元にあると言う事は――今、ルージュは仕事が何ひとつ出来ていないと言う事だ。


「やばい……! 絶対に怒られるヤツだ……ッ!」

 忘れていた自分の責任とは言え、何故(なぜ)こうも良くない事が続くのか……?


 荷物を手早く(まと)め、大急ぎでエントランスを駆け出す!

 ――つもりだったが、出足が(にぶ)る……。


 今の自分は任務中だ。

 その最中に、私用で目的地とまったく関係ないところへ向かったら、それこそカメリアからどんな小言を言われるか、解かったものではない。


 ふたつの用事にストロヴェルは困ってしまった。

 もちろん、自分の身体の事で頭がいっぱいで、忘れていた自分の責任である。

 後でルージュから、怒られても仕方がない。


「……ごめんなさい、ルージュさん。任務から帰ったら、必ず返します!」

 ローブの胸元に三個目の”記録結晶(フイルグリフ)”を納め、ストロヴェルは七番街(ヘプタ・アーク)へと急いだ。

次回 1-5:”魔動炉”のテロリスト

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ