8-5:『ディス・カ・リカ』の崩壊。そして……
重くのしかかって来る魔力の大きさに――ルージュの身体は悲鳴を上げた!
歯が折れるかと思う程に食いしばり、必死にストロヴェルが支えていた巨大な魔力を抑え込む!
「くぅ……ッ!」
バキンっと音を立てて、メガネのレンズにヒビが走る!
身に着けている”魔導装甲”の魔導石も、その圧力に耐えられず、ことごとく砕け散って行く!
魔力は、どこまで行っても終わりのない道の様にさえ思えた。
”VERDIGRIS”を制御している手が震え、”マギ・コード”が歪み始める!
やはり、ルージュ程度の魔導師が、”VERDIGRIS”をコントロールするのは無理があったのか!?
腕からちからが抜けかけた、その時!
「ルージュ、頑張って!」
ストロヴェルがルージュの手に手を重ねた!
驚いて目を開けば――激しい光の明滅の中に浮かぶ、ストロヴェルの顔。その顔は元の可愛らしい顔立ちに戻っている。肌は白く、髪は亜麻色、そしてトレードマークの紅と碧の瞳!
ストロヴェルの身体から――魔力がすべて抜けたか!?
ならば、後はルージュ次第だ。
未だ上空に大きな渦を巻く魔力が、すべて”VERDIGRIS”に喰い尽くされるまで、この状態を維持しなければならない。
これで抑えきれなければ、解放された魔力は無秩序に街を襲うか、再びストロヴェルの身体に戻って行ってしまう!
「大丈夫、わたしも手伝うよ!」
いつの間にか攻守が逆転し、ルージュはストロヴェルに抱き抱えられながら、必死に”VERDIGRIS”を維持した!
「自分の身体から魔導石に魔力を流すのと同じ様に、周囲から魔力を”VERDIGRIS”に流すイメージを頭に強く描くの!」
「そんな難しい事、簡単に言ってくれるわよ……っ!」
悪態をつきながら、それでもルージュはストロヴェルに教わる通りに、出来る限り意識を集中させた。
やがて――。
ぱっと空が晴れ渡る!
光がすべて消え去り――『フォス・フォシア』の空を覆う分厚いスモッグは、すべて魔力の奔流に弾き飛ばされ、満天の星空が広がっていた。
頭上天高く、大きな満月がふたりを見下ろしている。
「やった……!」
大きく息をついて、ストロヴェルが両手を床に着いた。
ローブをバミューダにひん剥かれた為、素っ裸だが、お陰で彼女の身体が元に戻った事が良く解かる。
だが、ルージュは一息付けない。
「貴女が元に戻って良かったわ。けど……まだ終わっていないわ!」
震える腕で、”VERDIGRIS”を抑えつける!
真っ青に輝く”VERDIGRIS”は、限界を超えた魔力を吐き出さんと、ルージュの腕の中で暴れていた。
「……ったく! 貴女はこんな量の魔力を抱え込んでいたワケ!?
抑えているだけで精一杯よ……っ!」
そう言うが、実際抑え切れていない。ルージュの指のあいだから、魔力が光となって漏れ始めている!
「ルージュ! ”VERDIGRIS”を溶鉱炉の中へ!」
「解かってるわ!」
叫ぶ勢いに任せて――”VERDIGRIS”を放り投げる!
勢いなく放り出された”VERDIGRIS”は、溶鉱炉の淵にガツンっと当たって、肝を冷やすが、やがてそのマグマの中に落ちて行った――。
「……かはっ!」
ようやく重圧から解放されて、ルージュは息を吐いた。
だが、まだ安心は出来ない。
地鳴りの様な音と揺れが、『ディス・カ・リカ』を震わせる!
大量の魔力を含んだ”VERDIGRIS”を投下したのだ。それが溶ければ、圧縮されていた魔力がすべて放出される。”制御棒”によってその軌道はコントロールされるだろうが、至近距離で巻き込まれれば、人間など一瞬で蒸発してしまう!
「逃げるわよ!」
ストロヴェルの手を引いて、走り出すルージュ!
しかし――!
「発現せよ、従え、”精神支配”!」
背後から迫った光の輪が、ストロヴェルを捕えた!
「きゃッ!?」
悲鳴を上げてつんのめるストロヴェル!
「ヴェル!?」
何事かと思って振り返れば――倒れたストロヴェルの背後に佇むバミューダ!
「アンタ……まだ動けたの!?」
ルージュの驚愕を他所に、バミューダはケタケタ笑う。
「愚か者ども! わたくしを仕留めておけばこんな事にはならなかったのに!」
これでもかと顔を歪めて引きつった笑いを続ける。
「わたくしを斃さなかったのは、エンバーラストの教えに従ったみたいだし?
本望でしょう!?
ふたりそろって消えてしまうといいわ!」
叫ぶだけ叫ぶと、倒れたストロヴェルを踏みつけて、一足飛びに昇降機へと飛び乗った!
「しまった!」
咄嗟にその後姿を狙って構える! ――が。
「ちくしょう! アタシの魔導石は全部割れちゃってるわ!」
ルージュは”魔導装甲”のひび割れた魔導石を殴った!
昇降機が、バミューダを乗せて降りて行く。
もはや階段で降りる他はないが――
「ヴェル、動ける!?」
「ダメ……っ! 不意打ちだったから……身体が動かないよ! どうしよう……!」
涙を流して必死に藻掻くストロヴェルだが、一歩も身体が動かない様だ。
ストロヴェルの身体にルージュが腕を滑り込ませる。しかし――さっきの”VERDIGRIS”の操作で、未だに痙攣している彼女の腕は、少女の身体を持ち上げられない!
「ちくしょう!」
叫んで溶鉱炉を睨む!
泡立った蒼いマグマが、今まさに、溶鉱炉の淵から溢れ出さんとしているところだった!
流れ出したマグマが、煙を上げてストロヴェルに迫る! 彼女を置いて、逃げる事など出来ない……!
ルージュが俯いた――その時。
「アタイが担ぐわ!」
頭上から響いた声に、ルージュは顔を上げた!
「カメリア!?」
駆け寄って来た金髪の少女に、ルージュは驚いた。
「まだ逃げてなかったの!?」
「逃げられるワケないだろ! ストロヴェルはアタイが連れて行くよ!」
軽々とストロヴェルを抱き上げ、顔を振って「逃げるぞ」と促すカメリア。
「ありがとう!」
ルージュは、カメリアの後を追って走った!
ほぼ同時に――溶鉱炉から爆炎が広がる!
青く輝く太陽の様な火球が、恐ろしい速度で膨れ上がって行く! それはいとも簡単に”制御棒”の結界を蹴散らし、ルージュたちに迫って来た!
「階段じゃ間に合わないぞ!」
「跳ぶわよ!」
ルージュたちは、螺旋階段の吹き抜けに飛び込んだ!
そのすぐ後を、蒼い炎が追う!
間に合うか!?
落ちるルージュのたなびく髪が、一瞬炎と接触し、光を放つ!
恐怖に目を瞑る! ――が、火球はルージュたちを追うのを止め、上空高く舞い上がって行った!
「抜けたわ!」
「そりゃいいが、どうやって着地するんだ!?」
カメリアの言う通り、このスピードで地面に叩きつけられたら命はない!
ルージュは必死に腕を伸ばし、螺旋階段の手すりを求めた。何とか――その指が手すりを掴む!
「受け取れ!」
それを見届けたカメリアが、ストロヴェルをルージュに投げ飛ばした!
ぐったりしたストロヴェルの身体をしっかりと抱き止める!
だが――その僅かな差が命運を分ける!
必死に階段にすがりつこうとするカメリアだが――間に合わない!
「カメリア!」
小柄な少女の身体が、数十メートルの高さから、叩きつけられる!
――そう思った瞬間!
地上に――パプリカとアクエリアスが姿を現す!
「アクエリアス、わたしに合わせて下さい!」
「はい!」
ふたりが、”マギ・コード”を編み上げる!
『”膨れろ! 高圧風膜”!』
放った魔力の風が、螺旋階段の中央に巻いて――空気のクッションが、カメリアの身体を抱き支えた……!
カメリアの無事を見届けて――ルージュは大きく息をついた。
その姿を仰ぎ見て、アクエリアスが手をパタパタと振る。
「ルージュさん、一緒に降りて下さい! 支えますから!」
「しっかり支えてね。この子、けっこう重いから!」
完全に気を失ってしまっているストロヴェルの頭をペシペシと叩き、ルージュも遠慮なく飛び降りた。
***
その夜――フォス・フォシアの夜空をすべて覆うほどの蒼い火球が燃え盛り――その巨大な光は、遥か遠くの国々にまで届いたと言う――。
次回 8-6:ストロヴェルの帰還




