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8-4:結びつく、ふたりの心

 着地したルージュは、溶鉱炉の反対側でうずくまるストロヴェルの(もと)へと走る!

 その距離は数十メートル。


 だが、この(わず)かな距離を走るあいだにも、ストロヴェルは思い余って溶鉱炉に身を投げてしまうかも知れない。そんな不安を抱くルージュに取って、人生で一番長い数十メートルだった。


「ヴェル!」

 炉の(ふち)で顔を両手で(おお)ってむせび泣く少女の隣に、腰を下ろして抱き締める!

 その岩の様に無機質な皮膚は、氷の様に冷たい。


「ルージュ……!」

 青色の涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。その左目は潰れ、”魔染獣”のそれと同じ真っ黒い(うろ)が空いているのみ。頬もやつれ、髑髏(どくろ)の様に変形したストロヴェルの顔に、ルージュは息を()む!

 汚染が進んでいる。もう時間がない!


 ルージュは、カメリアから受け取った”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を掲げて見せた。

「”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”が手に入ったわ。これで貴女(あなた)の身体を元に戻しましょう!」


 ルージュの顔は笑っているが、内心は大きく動揺していた。

 急がなければ、せっかくの”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”も無駄になる。四の五の言わずに首を縦に振って欲しい!


 しかし――ストロヴェルは、ちからなく首を横に振った。


「もういいよ……ルージュ」

「どうして!?」

 自分の身体を抱き(かか)え、震える声で続ける。

「だってさ、今ここで魔力を棄てて元に戻れても……この魔導石を身体から抜く事は出来(でき)ないんだよ?」

 自分の胸元で妖しく輝く”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”に手を当てる。

「いずれはまた、身体に魔力が溢れて、わたしは”魔染獣”になっちゃうんだ!

 その時、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”が無かったら、どうするのよ!?」

 ルージュに顔を近付けて、その両肩を掴んで訴える。


 それは、事実だ。

 魔力が消えて無くなるワケではない以上、魔力が溜まった”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”は廃棄しなければならない。

 ストロヴェルの魔力を”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”に移す。この荒療治(あらりようじ)は、一回しか出来ないのだ。次がある保証はまったくない。


「わたし……そんな状態で生きていくのが怖いよ……!

 今だって魔力(ちから)(おぼ)れかけて……バミューダ様を危うく、この手で……っ!」


 少女の眼から溢れた粘液がドロドロと床に溜まり、蒼い水たまりを造る。

「それにさわたしは汚れてる。わたしの身体には光る青い液体が流れてるんだ。

 ルージュだって、(そば)にいたら汚染されちゃうよ…………っ!」


 感極まったか、ストロヴェルは吐いた!

 大きく咳き込み、床に青緑色の吐しゃ物を吐き散らす!

「ヴェル!」

 背中をさすってやるが、吐き気が止まらないらしい。ストロヴェルは、(のど)を抑えて(うめ)き声を上げた。喉の奥に絡まる粘液が、吐き出せないのだろう。


「……ストロヴェル」

 少女の名を呼んで、ルージュはその身体を抱き起した。

 床に”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を置き、両手で優しくストロヴェルの顔を(おお)う。

「……ルージュ?」

 吐き気に(もだ)えながら、不思議そうな顔で見つめて来るストロヴェル。


 その唇に――唇を重ねた!


「ん……っ!?」

 瞳を揺らして一瞬藻掻(もが)くが、ルージュはストロヴェルの頭を抑えて離さない!

 抵抗して見せたストロヴェルだったが……すぐにちからが抜け、ルージュの腰に腕を回して、身体を(ゆだ)ねる。

 ストロヴェルの喉の奥に(まと)わりついた粘液を吸い出し、口に溜まったそれを吐き捨てた!


 (あご)に滴った粘液を、手の甲で払い除け、ルージュは微笑(ほほえ)んだ。

「別に汚くないわ。こんなもの、ただの緑色の液体じゃない!」

 視線が外れない様に、両手でストロヴェルの顔を抑えたまま頷いた。

「貴女は、約束したでしょう? わたしの娣子(でし)になってくれるって!

 一緒に捜しましょう。ヴェルの身体から”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を取り除く方法を!」

「本当に……!?」

「本当よ」


 逆に、ストロヴェルがルージュにしがみついて来る!

 その勢いに押され、あわや溶鉱炉に落ちそうになってルージュは青ざめた。

「本当に一緒に捜してくれる!?

 ルージュだって魔導師の仕事があるんだし……いつまで一緒にいてくれる!?」


 ストロヴェルの身体を抱き締めて、ルージュは約束した。

「決まっているでしょう。貴女の瞳に――紅い光が戻るまでよ!」


 少しの間をおいて――ストロヴェルの腕がしっかりとルージュを抱き締める。

「解かった……。 わたし、ルージュと一緒にいる!

 だから……助かりたい……!」

「オッケー!」

 親指を立てて、ルージュが笑うと――ストロヴェルも笑った。


 さあ、勝負はここからだ!


 ルージュは、足元の”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を拾い上げ、その高密度の結晶構造を覗き見た。この複雑な結晶構造は真っ暗で、中身は空っぽだ。

 この合わせ鏡の永久機関の中に、並々とストロヴェルの魔力を注いでやらねばならない。


「いい? 貴女は自分の”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”をもうひとつの”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”に流し込む。アタシは貴女から流れて来る魔力をこの”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”に流し込むわ」

「出来るかな……!? そんな事、やった事もないよ……?」

「この世界の誰もやった事ないって!」

 ふたりで笑い合う。


 ルージュはストロヴェルの胸に手を当て、ストロヴェルはルージュの抱える”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”に手を当てた。もう片方は――お互いの指をしっかりと絡ませる。

 ふたりが瞳を閉じて、額を合わせた。


 ストロヴェルが”マギ・コード”を組み上げる。

 ルージュの”マギ・コード”が広がって行く。それらは絡み合い、委ね合い、やがてひとつのちからとなって重なり合う。

 ルージュが、ストロヴェルが、ちからある言葉を唱える。


発現せよ(マテリアライズ)! 巡り合え、”魔力統合(ルーン・インテグラル)!』


 ふたりの”マギ・コード”が弾け、ストロヴェルの身体から魔力が――(まばゆ)いばかりの光となって噴き出す!

 それは揺蕩(たゆた)い、うねり、やがて大きな渦となって光の奔流(ほんりゆう)を造り出す!

 渦巻く光は、ふたりの頭上に舞い戻り、竜巻の様にルージュの”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”へと吸い込まれて行った!


 その輝きはどんどん大きく、激しくなり――

 ふたりの姿が見えなくなる程の光が――『ディス・カ・リカ』を覆った。


 ***


 ルージュたちを鉄骨の上から見下(みお)ろすカメリアが、その(まぶ)しさに目を隠す。


 崩落した『レッドコーラル』の事務所の壁の穴から、スカーレットが夜空を見上げる。


 『アクア・オーラ』本部の最上階から、エルダーメンバーがフォス・フォシアの街を見下(みお)ろす。


 『ディス・カ・リカ』の麓で、マスター・ワインが真上を見上げる。

「こりゃあ、すげえな……!」


 フォス・フォシアのすべての住人が、夜空を見上げる。


 零番街(グラウンド・ゼロ)の通りを走るパプリカは、大きく空を見上げた!

「これは……!?」

 その瞳に映ったのは、フォス・フォシア全域を覆う程の、魔力の渦!

 その根元は、この街の中心――『ディス・カ・リカ』だった。

「アクエリアス、急ぎますよ!」

「はい!」

 後ろからついて来るアクエリアスに促し、パプリカは光の中心へと走った!

次回 8-5:『ディス・カ・リカ』の崩壊。そして……

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