8-2:漆黒の決意
「ダメよ、ヴェルッ!」
絶叫の様なルージュの叫び声とともに、ストロヴェルの身体が真横に吹き飛ばされる!
「ぎゃッ!?」
ストロヴェルの身体は空中できりもみし、床に叩きつけられた!
頭を振って顔を上げれば――ルージュが構えを取ってこちらを向いている。魔法で突風を起こし、溶鉱炉に身を投げたストロヴェルを吹き飛ばしたのか?
「何で止めるのよ、ルージュ!? わたし――もういなくなりたいんだ!
こんな身体のまま生きていたくないんだよ!」
涙を流して訴える!
これで、楽になれると思ったのに……!
鉄骨の上で、ルージュが魔法を撃った体制のまま、大きく息をついて震えている。その姿は――泣いている様だった。
その姿に胸が痛み――ストロヴェルは視線を床に落とす……。
「ふ……ふふふ……!」
震える様な声で笑ったのはバミューダだった。転倒した姿勢を立て直し、立ち上がる。
その顔に噴き出した大量の汗粒を手の甲で拭い払う。
「あ……危ないところでした……!
まさか、わたくしとの因縁さえかなぐり捨てて、自らの命を捨て去ろうとするとは……!?」
ちらりと肩越しに、ルージュを見る。
「まさかそこまで思いつめているとは思いもよりませんでしたわ。
あのエンバーラストは、貴女の事を良く理解している様子。彼女に感謝しなくては……」
視線を戻し――カエルを睨むヘビの様な目つきで、ストロヴェルを舐める様に見つめる。
「もう、命を粗末にはさせませんよ、ストロヴェル?」
バミューダの瞳が蒼く光り、”マギ・コード”が展開されて行く!
今度は――何をするつもりだ!?
―― 水流凍て付きて、獲物を捕らえる巣を張り巡らせ! ――
バミューダが編んだ魔法は――広範囲の氷結攻撃!
「発現なさい! 絡み取れ! ”氷蜘蛛網”!」
鋭く突き出された両の腕から、無数の氷の糸が放射状に展開される! バミューダの魔力に支えられた、氷糸の密度は、ストロヴェルから逃げ場を奪うほどだ!
「やばい……ッ!」
慌てて飛び退く! ……が、既に遅く、次々に身体に絡み付く氷糸がストロヴェルの身体を凍り付かせて行く! あっと言う間に巨大な氷の蜘蛛の巣に絡め取られ、身動きを封じられてしまった!
”スカイシェイク魔動炉”でカメリアが”魔染獣”と化した時、バミューダは同じ氷系の魔法で動きを封じて見せた。その氷糸の束の強度は、ストロヴェルの腕力でも破壊出来ない!
空中に貼り付けになったストロヴェルを見上げ、バミューダが一息つく。
「さぁ困りましたね? 貴女は溶鉱炉に身を投げようにも、その氷の蜘蛛の巣を脱出する為には、”魔染獣”としての全力を振るう必要があるでしょう」
「…………っ!?」
見え透いた挑発に、ストロヴェルは歯ぎしりする。あくまでもストロヴェルに魔力をすべて解放させて、”魔染獣”化を促進させるつもりか……!?
もちろん、このまま時間を浪費して、時間切れが訪れるのを待つのもバミューダにとって悪くない戦略だ。
余裕を持って、黒髪を手ですくうバミューダ。その背後から、ルージュが叫ぶ!
「ヴェルを離しなさい!」
鉄骨の上で、腰を屈める!
「よせッ! バミューダ様に敵うハズがないッ!」
慌ててカメリアがルージュを止めようとするが――
一歩早く、ルージュが空中に躍り出た!
”マギ・コード”を組み立てながら、バミューダ目掛けて舞い降りる!
―― 天翔ける星! 空を跳びて地を照らせ、地に墜ちて空に爆ぜよ! ――
「発現せよ! 打ち砕け! 紅蓮……!」
ルージュの脚に紅蓮の炎が撒きかけたその瞬間――!
「”高圧風膜”……」
ルージュに見向きすらせず、バミューダは背後に右腕を振るう!
腕の動きに倣った爆風が吹き荒れ、ルージュの身体が弾き飛ばされる!
「きゃあッ!?」
「……引っ込んでいなさい。中級魔導師風情など、状況に変化を与えるそよ風にすらなりません」
まったく抵抗できず、吹き飛ばされたルージュの身体が――青いマグマに向けて落ちて行く!
「ルージュッ!」
その瞬間――!
ストロヴェルは、蒼い両目を輝かせ、歯を食いしばり、左腕を振り抜いた!
その腕に、ただただ己の身体が許す、すべての魔力を放出させて!
ストロヴェルの身体を縛り付けていた氷の巣が、その強大な魔力の圧迫に耐えられず、粉々に砕け散る!
自由を取り戻した身体で、一足飛びにバミューダへ斬りかかる!
「遂に全力を使いましたね!」
真っ向からの攻撃に、バミューダもフル出力の”魔法障壁”で迎え撃つ!
だが、ストロヴェルが狙ったのはバミューダではない。溶鉱炉の中へと落ちて行く――ルージュの姿だ!
「”高圧風膜”!」
ストロヴェルの放った空気砲が、ルージュを再び空中へと打ち上げる! もちろん、そのままの勢いで壁にでも叩き付けられれば、ルージュの命を奪ってしまう!
「カメリアッ! ルージュをお願いッ!」
鉄骨の上で呆けていたカメリアが――弾かれる様に跳んでルージュの身体を抱き止める! 衝撃で自身もろとも弾き飛ばされつつ、器用に別の鉄骨の上に降り立つカメリア!
金髪の魔導師は――自分は何をやっているんだ? と言う表情で腕の中のルージュを見下ろしていた。
その様子を見て――ストロヴェルはほっと息をついた。
人間の域を超えた魔力に先程まで昂っていた心臓の鼓動が、自分でも感じ取れない程に――落ちて行く……。
揺らぐ意識の奥で聞こえる――”マギ・コード”の旋律。
―― 我が声を聴け、我が瞳を視よ、我が意のままに! ――
ルージュに意識を集中し、怨敵の眼前で完全に無防備になっていた少女の額に――極彩色の光を灯したバミューダの指先が触れる。
「この期に及んで、あの様な程度の低い輩を気遣うとは……愚かですね」
パキン! と、小さな音を立てて――光が弾ける!
「跪きなさい、”精神支配”!」
ストロヴェルの瞳から――光が消え失せ、闇が彩る……。
「決まりました! さぁ、最強の魔導師の誕生です!
これで巨大な魔力が我がものに!
もはやエルダーメンバーとて恐れるに足らず!
如何なる言葉も、権力も! この”ストロヴェル”の前には無力です!」
「ヴェルっ!」
勝利を確信したバミューダと、ルージュの悲痛な叫び声が同時に木霊する。
一瞬の静寂のあと――
ストロヴェルは、伸びたバミューダの腕を取り――それを握り潰した!
「ぎゃあああ…………ッ!?」
バキンッ! と言う骨の砕ける音が響き、バミューダの聞いた事もない様な絶叫がドーム内に反響する!
慌てて飛び退くバミューダ! その右腕は完全に砕け、ぶらりとちからなく垂れ下がっている。
脂汗を振り乱し、驚愕と苦痛を交えた表情でストロヴェルを睨みつけた!
「ば……バカな! 何故、わたくしの”精神支配”が効かないのです!?」
「当然だよ」
その双眸に暗い光を灯し、ストロヴェルは応えた。
「わたしはまだ……わたしだよ!」
唖然とするバミューダ。
「そんな……!? 己を失う事なく、”VERDIGRIS”の魔力を最大にまで引き出した、と言うのですか……!?」
信じられないと言う表情で、ふらふらと後ろに後ずさる。
「そんなハズはありません! 人としての意志を失い”魔染獣”にならない限り、”VERDIGRIS”を完全に操る事など出来るワケがありません!」
自問自答するバミューダに――ストロヴェルは小さく首を横に振る。
そうではない。
”魔染獣”に成る事なく、”VERDIGRIS”を完全に我がものとする方法はあるのだ。
それは、とても簡単なこと……。
”魔染獣”は、破壊以外の意志を持たない存在。
暴風や嵐の様に、兵器の様に――破壊の限りを尽くすだけの存在。
ストロヴェル自身が――そうなれば良いだけの事だったのである。
もう、”VERDIGRIS”も『ラピス・ラズリ』も”青眼の魔女”も『フォス・フォシア』も……カメリアもアクエリアスも、パプリカも――ルージュも、もうどうでもいい!
心の中に遺した、たったひとつの気持ちを胸に――ストロヴェルが吠えた!
「バミューダ! アンタを殺してやるッ!」
次回 8-3:業火の淵




