8-1:蒼いマグマの中へ
前回までのあらすじ
ストロヴェルの身体に”VERDIGRIS”を埋め込んだのは、他ならぬ師・バミューダだった。
青き業火の淵で、命を棄て去らんとする少女と、拾い上げんとする魔女の魔力が激突する!
***
「喰らえッ!」
左腕に編み上げた魔力を、ストロヴェルは全力でバミューダに投射した!
特に意味や意図を持たない単純なエネルギーの塊が、バミューダに一直線に突っ込んで行く!
”魔染獣”となりかけたこの身体に、魔法の様な技巧は不要だった。意のままに、魔力が許す限りの、単純なエネルギーの集合体をぶつければ、人間だった時のどんな魔法よりも強力だ。
しかし――!
軽く腕を上げたバミューダは、指先に集めた小さな”魔法障壁”で、あっさりそのエネルギー弾を受け止めて見せた!
「嘘でしょッ!?」
思わず飛び退くストロヴェル!
軽いちからで明後日の方向に弾き飛ばされたエネルギーの塊が、ドームの天井に大穴を開けて、夜空へ消えて行く。
バミューダは、涼しい表情で汗ひとつ流さず、目を伏せてクスクスと笑った。
「ダメですよ、ストロヴェル。その程度の魔力では、わたくしは斃せません。これでは、そこらの”魔染獣”の方が、生きが良いくらいです」
青い髪を掻き上げ、ストロヴェルを挑発する。
「何を手加減しているのですか?
そこまで”VERDIGRIS”の汚染が進んでいれば、もっと大きな魔力をいくらでも喰う事が出来るでしょうに……」
バミューダの言う通りだ。
ストロヴェルが”VERDIGRIS”から得る事が出来る魔力は、こんなものではない。もっともっと魔力を上乗せする事も可能である。
だが、それをしてしまえば『ディス・カ・リカ』の釜を破壊してしまいかねないし、ルージュやカメリアすら攻撃に巻き込んでしまうかも知れない。
そして、何より――あまりに強大な魔力を扱うと、今にも失いそうな意識が飛び、理性のタガが外れかねないのだ。そうなれば”魔染獣”となって暴れ狂うのみとなってしまう。
もっとも、そうなれば如何にバミューダど言えど命はないハズだが……。
「余裕だね!? わたしが完全に”魔染獣”になっちゃっても、勝てる自信があるって言うの?」
「いいえ。流石のわたくしでも”魔染獣”相手にひとりで勝てるワケがありません」
クスリと笑って、バミューダは空中にごく簡単な”マギ・コード”を書き上げた。
同時に、ストロヴェルの胸の”VERDIGRIS”が光り輝く!
「これは……!?」
「言ったでしょう? それはわたくしが磨き上げた至高の一品だと。
その”VERDIGRIS”には、”精神支配”が組み込んであるのです」
バミューダが細い指を振って”マギ・コード”を掻き消す。と同時に、”VERDIGRIS”の光も消え去った。
「自我の残っている今の貴女を支配する事は出来ません。しかし、貴女が自我を失えば、貴女の身体のコントロールをわたくしが得る事が出来るのです」
「ちくしょう……ッ!」
再び、バミューダに飛び掛かる!
今度は拳に直接魔力を乗せて、殴りかかった!
だが――その一撃も、直前で”魔法障壁”に当たり、受け止められてしまう!
目も眩む閃光が弾けるが、バミューダは瞬きひとつせずに、ストロヴェルの腹目掛けて腕を伸ばした。
「発現なさい! 爆ぜろ、”光弾”!」
下腹部に強烈な衝撃を受け、ストロヴェルは吹っ飛ばされる!
身体が床をバウンドし、鋼鉄の壁がへこむ程の勢いで叩きつけられた!
「ぎゃッ!」
悲鳴を上げて、床に崩れ落ちる。
「お立ちなさい。貴女の身体は強力な”魔法障壁”で護られています。この程度で傷つくハズはないでしょう」
「くそ……ッ!」
煽るバミューダに、ストロヴェルが怒りに満ちた視線を向ける。
その瞬間、ストロヴェルの意識が大きく揺らいだ!
慌てて身体のバランスをとって立ち上がると、頭を抑えて大きく振った!
感情が大きく動けば動くほど、理性のタガが外れそうだ。
それに――
ストロヴェルは、既に人間のかたちをしていない腕を見下ろす。異様に長く細く伸びた指のあいだには、水かきの様な粘膜が広がっている。自分で自分の顔は見えないが、おそらく酷い有様なのだろう。
身体の汚染が広がっているのだ。
舌打ちして、ストロヴェルはバミューダに向き直った。相変わらず、飄々とした表情で、微動だにせず、ストロヴェルの攻撃を待ち構えている。
バミューダにしてみれば、この闘いは防戦に徹し、時計の針を進めれば良いだけである。
時間が経てば経つほど、ストロヴェルの汚染は進行し、ストロヴェルが魔力を使えば使うほど、その深刻度は増して行くのだから。
バミューダを倒す為には、より強い魔力が必要だが、魔力を出し過ぎれば、ストロヴェルは”VERDIGRIS”に完全に取り込まれてしまう。
何とも歯がゆい闘いである。
そんなストロヴェルの気持ちを見透かし、バミューダはかかって来いとばかりに手招きする。もっと魔力を使えと。もっと魔力を解放しろと。
後戻りをする事など許さぬと。後戻りなど、お前にはもう出来ない――と。
その通りだ。
ストロヴェルの身体はもう、元には戻らない。例え生き延びたとしても、一生”VERDIGRIS”に汚染された身体で生きて行くのだ。
ならば――!
ストロヴェルは目を閉じた。大きく息を吸い――吐く。
再び目を開き、遥か上の鉄骨の上にいる、ルージュの姿を見上げる。こちらを見下ろしていたルージュと目があった。
ストロヴェルは――それが嬉しかった。
ルージュに、にこりと笑う。多分、笑われても不気味なだけの顔になり果ててしまっているだろうが。
「……ヴェル……!?」
不安を隠せないルージュの乾いた声が、響いて来る。
それには応える事無く――ストロヴェルはくるりと向き直ってバミューダを見据えた。いや、見据えたものは――その背後で煮え立つ青いマグマだ。
決意を固めて、ストロヴェルは走った! 三度、バミューダに突撃して行く!
胸の前で腕を組み、手のひらのあいだに、魔力を溜める。
「また同じ攻撃ですか? 何でやっても無駄ですよ」
悠々と防御の構えを取るバミューダ。だが、それは大きな見当違いだ!
―― 風よ集まれ密集せよ、放題に膨らみ、放題に吹きすさべ! ――
「終わりよッ!」
大きく叫ぶと、溜めた超高密度の空気の塊を全力で床に叩き付けた!
「膨れろ! ”高圧風膜”!」
ふたりのあいだで、弾けた空気が猛烈な暴風となって吹き荒れる!
「何ですってッ!?」
想定を覆され――バミューダが驚愕の声を上げる!
床が風圧でへこみ、歪んだ足場に脚を取られ、バミューダが大きく転倒した!
だが、ストロヴェルの狙いはバミューダではない!
爆風に乗って大きく跳躍すると、バミューダの頭上を飛び越した!
「しまった!」
叫んで手を命一杯に伸ばすバミューダ。だが、当然届くハズもない。ストロヴェルを捕まえようとするその指は、その遥か手前で虚しく空を掴む……。
跳び上がったストロヴェルの眼下に広がる――ギラギラと青く輝く、煮え滾った溶鉱炉のマグマ!
このまま墜ちれば――すべて終わる……!
「ストロヴェルッ!」
最期に名を呼んだのは――バミューダか、それともルージュか?
解からないまま、ストロヴェルの身体は重力に引かれ、墜ちて行く……。
マグマが噴き出す熱風が――ストロヴェルの身体を真っ青に包み込んだ。
次回 8-2:漆黒の決意




