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7-6:カメリアの悔恨

 ***


「……嘘でしょ……!?」

 ルージュは、あまりの事に言葉を失った。

 対面しているカメリアも、信じられないと言う表情でストロヴェルたちを見下(みお)ろしている。


 カメリアから”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を奪うべく、ルージュは攻撃を仕掛けた。ふたりは激しく競り合い、壁を蹴り、天井にまで登り、今はその天井を支える鉄骨の上で睨み合っている。


 予想していた通り、カメリアは強かった。

 ルージュの攻撃はほとんど通らず、カメリアの攻撃にはまだまだ余裕がある。カメリアを溶鉱炉に近づけさせない事で精一杯だった。

 いや――カメリアにも、どこか”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を破棄する任務への、迷いの様なものが感じられた。


 その激闘の最中(さなか)――ストロヴェルと、バミューダが現れた事には気付いていた。パプリカやアクエリアスがついていたハズだが、無理やり抜け出して来たのか?

 自ら命を棄てたいと願うストロヴェルの悲痛な叫びは、徐々にルージュとカメリアの戦闘意欲を()いで行き、いつの間にかふたり揃って、ストロヴェルとバミューダの会話に聞き入ってしまっていた。


 そこへ来て、バミューダのあの言葉である。

 もはや、ルージュにはカメリアとの闘いなど、どうでも良くなっていた。

 カメリアの方へ振り向く。金髪(ブロンド)の少女は、呆然(ぼうぜん)とストロヴェルたちを凝視していた……。


「どう言う事よ!? ヴェルの魔導石をすり替えて魔力を奪ったのも、”記録結晶(フイルグリフ)”をすり替えて事故に巻き込もうとしたのも……アンタじゃないって言うの!?」

「だから……アタイは自分がやったなんて……一言も言ってないだろッ!」

 上ずった声で否定するカメリア。彼女にも動揺が見られた。


曖昧(あいまい)(にご)らせて、ハッキリと否定もしなかったじゃない!」

 ルージュは、カメリアに詰め寄った! そのルージュに、カメリアは抵抗する素振りも見せない。

 カメリアのローブの(えり)を掴み、引き寄せる!

「アンタが何もやっていないのなら、何でハッキリ否定しなかったのよ!?

 もっと早く分かっていれば、ヴェルがこんな事になる前に対処する事が出来(でき)たかも知れないのに!」


 強く揺さぶられ、カメリアは視線を落とした。小さく、身体が震えているのが解かる。

「……楽しかったんだ」

 ぽつりと(つぶや)く。

「何ですって?」


 蒼い瞳に、涙を浮かべ――それまでの高飛車な態度はどこへやら、大人に怒られる子どもの様な瞳で、ルージュを見つめて来た。

 どうやら、ストロヴェルの変わり果てた姿を()の当たりにして、事態の深刻さに恐ろしくなったのだろう……。


「……ストロヴェルが、苦しんでいるのを見ているのが、面白かったんだ」

「…………」

 叫びたいのを我慢して、ルージュは続きを喋らせる。

「アタイだって魔導師の端くれだ。いっぱい訓練して強い魔導師になりたい。

 ……けれど、アタイがどんなに鍛錬しても、ストロヴェルのヤツは生まれ持った魔力の強さで、大した努力もなくアタイを追い越して行く。それが……つまらなかった」


 そんなストロヴェルが不幸な事故で魔力を失ってパニックになり、あまつさえそれをカメリアの悪巧(わるだく)みだと勘違いして因縁を吹っ掛けて来た。才色兼備(さいしよくけんび)品行方正(ひんこうほうせい)な彼女が見せた醜態(しゆうたい)は――カメリアの嗜虐(しぎやく)心をくすぐったのだ。

 だから、カメリアはストロヴェルの勘違いをあえて否定せず、ストロヴェルを(あお)って、更なる深みにハめようとした。


 これはルージュの想像だが――バミューダは、このカメリアの気質を利用し、ストロヴェルの事故死をすべてカメリアの仕業(しわざ)として片づけるつもりだったのではないか?

 ところがストロヴェルは生きていた上に、”魔力消去(ルーン・キヤンセル)”と言う有用な術を身に着けて帰って来た。カメリアよりもストロヴェルを生かしたくなったバミューダは、今度はストロヴェルの復讐心を利用し、カメリアを亡き者にしようとしたのだ。


「アタイは適当なところで、本当の事をストロヴェルに伝えるつもりだった。それが……色んな事が重なって……いつの間にかこんな状況になっちまった……!」

 心底後悔した様子で、カメリアが(うつむ)く。


 ルージュは――怒る気になれなかった。自分もまた、ストロヴェルの言葉を信じ切って、すべてカメリアの仕出かした事だと思い込んでいたからだ。

 だから、ストロヴェルの復讐心を、口では否定しつつも、心のどこかで容認してしまっていた。その結果、カメリアの”魔染獣”化と言う最悪の事態を招いたのだ。


 幸いにもカメリアは助かったが、この出来事がカメリアとストロヴェルの関係を変えてしまった。(ねた)みと恨みの関係から――恨みと恨みの関係へ……。

 カメリアの行動原理が、妬みから来るものであれば――本人の言う通り、どこかで真実が明かされ、疑いの目がバミューダに向いていたハズだ。だが、”タイタンフェイド魔動炉(リアクター)”での出来事が、カメリアの”妬み”を”恨み”に変えてしまった。


 一度そうなってしまったら、もう真実などふたりにとってはどうでも良くなってしまう。ストロヴェルもカメリアも、相手に暴力をぶつける事だけが目的となってしまい――裏で糸を引くバミューダの(たくら)みに気が付くチャンスを逃してしまったのだ……。


「アタイは……悪くないっ! 悪いのはストロヴェルだ!」

 顔を上げ、叫ぶカメリア。その頬を大粒の涙が伝う。

「アタイはアイツの魔導石に触った! でもホントに触っただけだ!

 なのにアイツは、アタイが魔導石をすり替えたって吹聴して、勝手に恨んできやがった! ……そして、アタイの事を”魔染獣”にしやがったんだ!」


 カメリアの言う通り、結局のところカメリアは悪くない。

 本当の事を黙ってストロヴェルをからかったり、”タイタンフェイド魔動炉(リアクター)”で、勝手に”第十一世代(イレヴン・シスターズ)”を動かして私闘に明け暮れたりと、細かい問題行動はあるが、それだけだ。


 むしろ――ストロヴェルの方が悪かった。

 ルージュの、カメリアを掴む腕が緩む。そのルージュに、カメリアが逆に抱き付いて来た!

「ルージュさん! アタイはアイツをあんな姿にしたかったワケじゃないんだ!

 どうしたらいい!? どうしたら、ストロヴェルを元に戻せる!?」


 抱き付いて来たカメリアの頭を撫で――ルージュは優しく身体を離して距離を置いた。

「ヴェルの身体から魔力を抜くためには、貴女の持つ”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”が必要よ」

 カメリアが小脇に抱える緑青(ろくしよう)色の結晶体を指差して答える。

「貴女が本当にヴェルを助けたいと思うなら――お願い! その”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”をアタシに渡して!」


 黙るカメリア。

「無理だよ……」

 小さく頭を横に振る。


「今、アンタに”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を渡したら、アタイがエルダーメンバーに制裁される。どんな目に合わされるか、解からない……!」

「大丈夫よ。必ず護ってあげるわ」

中級(Cランク)魔導師のアンタに……何が出来るのさ?」

 カメリアが(あざけ)る様に笑う。しかし、そこに含まれているのは、(あきら)め。目には僅かに涙が溜まっている。

「アタシには何も出来ないわ。

 ……他力本願な話だけれど、貴女も知っての通り、アタシはレッドベリル魔導石製造商会(ベンダーズ)の魔導師とコンタクトを取り続けている。貴女が望めば、彼女は貴女をレッドベリルの保護下に移してくれるハズよ」

「…………」

 迷う様に、カメリアが(うつむ)く。その姿は(スキ)だらけで、その気になればちからづくで”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”をかっさらう事も可能だろう。


 でも、ルージュは黙って待つしかなかった。

 カメリアは、ただ忠実に任務を実行しているだけで、何の間違いも犯していない。その彼女から、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を強引に取り上げる資格など、ルージュにはないのだ。


「わ……」

 カメリアが、何かを言いかけた――その時だった!

 周囲に巨大な”マギ・コード”の構成文が展開され、溶鉱炉を(おお)って行く!

「何!?」

 思わず見上げるルージュ!


「わたしは命を棄てる……! ここで溶鉱炉に身を投げ、すべてを終わりにする。そして……」

 冷たい、感情をかなぐり捨てた少女の声が響いた。

「ヴェル……!?」

 溶鉱炉の(そば)へ、目を移す。


 青白いオーラをその身に(まと)うストロヴェルが、憎しみを込めてバミューダを(にら)みつけた。

「アンタも、破滅させてやるッ!」

次回 最終章『紅き光が戻るまで』

   8-1:蒼いマグマの中へ

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