7-6:カメリアの悔恨
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「……嘘でしょ……!?」
ルージュは、あまりの事に言葉を失った。
対面しているカメリアも、信じられないと言う表情でストロヴェルたちを見下ろしている。
カメリアから”VERDIGRIS”を奪うべく、ルージュは攻撃を仕掛けた。ふたりは激しく競り合い、壁を蹴り、天井にまで登り、今はその天井を支える鉄骨の上で睨み合っている。
予想していた通り、カメリアは強かった。
ルージュの攻撃はほとんど通らず、カメリアの攻撃にはまだまだ余裕がある。カメリアを溶鉱炉に近づけさせない事で精一杯だった。
いや――カメリアにも、どこか”VERDIGRIS”を破棄する任務への、迷いの様なものが感じられた。
その激闘の最中――ストロヴェルと、バミューダが現れた事には気付いていた。パプリカやアクエリアスがついていたハズだが、無理やり抜け出して来たのか?
自ら命を棄てたいと願うストロヴェルの悲痛な叫びは、徐々にルージュとカメリアの戦闘意欲を削いで行き、いつの間にかふたり揃って、ストロヴェルとバミューダの会話に聞き入ってしまっていた。
そこへ来て、バミューダのあの言葉である。
もはや、ルージュにはカメリアとの闘いなど、どうでも良くなっていた。
カメリアの方へ振り向く。金髪の少女は、呆然とストロヴェルたちを凝視していた……。
「どう言う事よ!? ヴェルの魔導石をすり替えて魔力を奪ったのも、”記録結晶”をすり替えて事故に巻き込もうとしたのも……アンタじゃないって言うの!?」
「だから……アタイは自分がやったなんて……一言も言ってないだろッ!」
上ずった声で否定するカメリア。彼女にも動揺が見られた。
「曖昧に濁らせて、ハッキリと否定もしなかったじゃない!」
ルージュは、カメリアに詰め寄った! そのルージュに、カメリアは抵抗する素振りも見せない。
カメリアのローブの襟を掴み、引き寄せる!
「アンタが何もやっていないのなら、何でハッキリ否定しなかったのよ!?
もっと早く分かっていれば、ヴェルがこんな事になる前に対処する事が出来たかも知れないのに!」
強く揺さぶられ、カメリアは視線を落とした。小さく、身体が震えているのが解かる。
「……楽しかったんだ」
ぽつりと呟く。
「何ですって?」
蒼い瞳に、涙を浮かべ――それまでの高飛車な態度はどこへやら、大人に怒られる子どもの様な瞳で、ルージュを見つめて来た。
どうやら、ストロヴェルの変わり果てた姿を目の当たりにして、事態の深刻さに恐ろしくなったのだろう……。
「……ストロヴェルが、苦しんでいるのを見ているのが、面白かったんだ」
「…………」
叫びたいのを我慢して、ルージュは続きを喋らせる。
「アタイだって魔導師の端くれだ。いっぱい訓練して強い魔導師になりたい。
……けれど、アタイがどんなに鍛錬しても、ストロヴェルのヤツは生まれ持った魔力の強さで、大した努力もなくアタイを追い越して行く。それが……つまらなかった」
そんなストロヴェルが不幸な事故で魔力を失ってパニックになり、あまつさえそれをカメリアの悪巧みだと勘違いして因縁を吹っ掛けて来た。才色兼備、品行方正な彼女が見せた醜態は――カメリアの嗜虐心をくすぐったのだ。
だから、カメリアはストロヴェルの勘違いをあえて否定せず、ストロヴェルを煽って、更なる深みにハめようとした。
これはルージュの想像だが――バミューダは、このカメリアの気質を利用し、ストロヴェルの事故死をすべてカメリアの仕業として片づけるつもりだったのではないか?
ところがストロヴェルは生きていた上に、”魔力消去”と言う有用な術を身に着けて帰って来た。カメリアよりもストロヴェルを生かしたくなったバミューダは、今度はストロヴェルの復讐心を利用し、カメリアを亡き者にしようとしたのだ。
「アタイは適当なところで、本当の事をストロヴェルに伝えるつもりだった。それが……色んな事が重なって……いつの間にかこんな状況になっちまった……!」
心底後悔した様子で、カメリアが俯く。
ルージュは――怒る気になれなかった。自分もまた、ストロヴェルの言葉を信じ切って、すべてカメリアの仕出かした事だと思い込んでいたからだ。
だから、ストロヴェルの復讐心を、口では否定しつつも、心のどこかで容認してしまっていた。その結果、カメリアの”魔染獣”化と言う最悪の事態を招いたのだ。
幸いにもカメリアは助かったが、この出来事がカメリアとストロヴェルの関係を変えてしまった。妬みと恨みの関係から――恨みと恨みの関係へ……。
カメリアの行動原理が、妬みから来るものであれば――本人の言う通り、どこかで真実が明かされ、疑いの目がバミューダに向いていたハズだ。だが、”タイタンフェイド魔動炉”での出来事が、カメリアの”妬み”を”恨み”に変えてしまった。
一度そうなってしまったら、もう真実などふたりにとってはどうでも良くなってしまう。ストロヴェルもカメリアも、相手に暴力をぶつける事だけが目的となってしまい――裏で糸を引くバミューダの企みに気が付くチャンスを逃してしまったのだ……。
「アタイは……悪くないっ! 悪いのはストロヴェルだ!」
顔を上げ、叫ぶカメリア。その頬を大粒の涙が伝う。
「アタイはアイツの魔導石に触った! でもホントに触っただけだ!
なのにアイツは、アタイが魔導石をすり替えたって吹聴して、勝手に恨んできやがった! ……そして、アタイの事を”魔染獣”にしやがったんだ!」
カメリアの言う通り、結局のところカメリアは悪くない。
本当の事を黙ってストロヴェルをからかったり、”タイタンフェイド魔動炉”で、勝手に”第十一世代”を動かして私闘に明け暮れたりと、細かい問題行動はあるが、それだけだ。
むしろ――ストロヴェルの方が悪かった。
ルージュの、カメリアを掴む腕が緩む。そのルージュに、カメリアが逆に抱き付いて来た!
「ルージュさん! アタイはアイツをあんな姿にしたかったワケじゃないんだ!
どうしたらいい!? どうしたら、ストロヴェルを元に戻せる!?」
抱き付いて来たカメリアの頭を撫で――ルージュは優しく身体を離して距離を置いた。
「ヴェルの身体から魔力を抜くためには、貴女の持つ”VERDIGRIS”が必要よ」
カメリアが小脇に抱える緑青色の結晶体を指差して答える。
「貴女が本当にヴェルを助けたいと思うなら――お願い! その”VERDIGRIS”をアタシに渡して!」
黙るカメリア。
「無理だよ……」
小さく頭を横に振る。
「今、アンタに”VERDIGRIS”を渡したら、アタイがエルダーメンバーに制裁される。どんな目に合わされるか、解からない……!」
「大丈夫よ。必ず護ってあげるわ」
「中級魔導師のアンタに……何が出来るのさ?」
カメリアが嘲る様に笑う。しかし、そこに含まれているのは、諦め。目には僅かに涙が溜まっている。
「アタシには何も出来ないわ。
……他力本願な話だけれど、貴女も知っての通り、アタシはレッドベリル魔導石製造商会の魔導師とコンタクトを取り続けている。貴女が望めば、彼女は貴女をレッドベリルの保護下に移してくれるハズよ」
「…………」
迷う様に、カメリアが俯く。その姿は隙だらけで、その気になればちからづくで”VERDIGRIS”をかっさらう事も可能だろう。
でも、ルージュは黙って待つしかなかった。
カメリアは、ただ忠実に任務を実行しているだけで、何の間違いも犯していない。その彼女から、”VERDIGRIS”を強引に取り上げる資格など、ルージュにはないのだ。
「わ……」
カメリアが、何かを言いかけた――その時だった!
周囲に巨大な”マギ・コード”の構成文が展開され、溶鉱炉を覆って行く!
「何!?」
思わず見上げるルージュ!
「わたしは命を棄てる……! ここで溶鉱炉に身を投げ、すべてを終わりにする。そして……」
冷たい、感情をかなぐり捨てた少女の声が響いた。
「ヴェル……!?」
溶鉱炉の傍へ、目を移す。
青白いオーラをその身に纏うストロヴェルが、憎しみを込めてバミューダを睨みつけた。
「アンタも、破滅させてやるッ!」
次回 最終章『紅き光が戻るまで』
8-1:蒼いマグマの中へ




