7-4:至高の魔導石
「もう一度、言います。道を開けて下さい」
蒼い双眸で”青眼の魔女”を睨みつける。そのストロヴェルの威圧に、彼女たちは悲鳴を上げて仰け反った。
そんなつもりはなかったが、ストロヴェルの放った気迫は、精鋭部隊”青眼の魔女”に悲鳴を上げさせるのに充分な殺気が宿っていたらしい。
再び――ストロヴェルはゆっくりと歩み始めた。
ストロヴェルを見送るしかない”青眼の魔女”たちに一礼して、彼女たちのあいだをすり抜けて行く。
それでいい。ストロヴェルの命を奪えないのであれば――黙っていて欲しい。
”青眼の魔女”に見送られたストロヴェルが、遂に『ディス・カ・リカ』の麓まで辿り着く。目の前には、業火煮え滾る窯への鉄扉が、待ち構えていた。
開くには専用の”マギ・コード”か、”魔力消去”が必要だ。
しかし、今のストロヴェルにそんなものは必要ない。
腕を伸ばすと――その鉄扉の分厚い鉄板を握り潰した!
まるで薄い紙をぐしゃぐしゃに握り潰すが如く、鉄板をひしゃげさせる。そのまま腕を引いただけで――厚さ数十センチはある鉄扉が、バキバキと音を立てて引きちぎれた。
ゴミクズになり果てた鉄扉を投げ捨て、ストロヴェルがタワーの内部に入る。遥か頭上で、何かがぶつかり合う音が彼女の耳に入って来た。
おそらく、頂上でルージュとカメリアが闘っているのだ。
早く――一刻も早くこの世から消え去ってしまわなけらばならない。
早くしなければ、ルージュが無茶をして、命を落としてしまうかも知れない!
「よぉ、ルージュの恋人さんかな?」
しわがれた声が、ストロヴェルを呼び止める。
振り返ると、受付のカウンターに悠々腰かける老人がひとり。この『ディス・カ・リカ』の管理者だ。名は確か――
「マスター・……ワイン?」
「ははは! これは嬉しいな、覚えていてくれたのかい」
目の前に”魔染獣”がいると言う戦慄すべき状況にも関わらず、彼は軽く笑った。
嬉しいのはストロヴェルの方だった。こんな変わり果てた自分に――ストロヴェルとして接してくれたのだから。
「ルージュは、ここに来てますか?」
「ああ、今ごろは最上階じゃな。金髪の”青眼の魔女”を追って行ったよ。
お前さんが来るかも知れない、とも聞いておる」
「わたしを止めろって?」
ワインは小さく首を振った。
「いいや。お前さんの事は自分で必ず護る、と。ルージュがそう言っておったわ」
「…………」
ワインの言葉に、何も返す事が出来ず、ストロヴェルはゆっくりと昇降機へと向かって行った。上へと昇り始めた昇降機のワイヤーを伝う衝撃が、だんだんと大きくなって行く。
少しずつ離れて行く地上が、鉄骨の隙間から覗く。
あれほど怖かった高いところに、今はまるで恐怖を感じない――。
既に、自分が自分でなくなっている証拠なのだろうか?
上がるにつれて、頂上で響く衝突音や爆発音が大きくなって行く。
やがて――ストロヴェルは頂上の溶鉱炉へと昇り着いた。
ぐつぐつと煮立つ青白いマグマの向こう岸で、ふたつの影が衝突している。間違いなくそれはルージュとカメリアだ。一見、ルージュが攻勢をかけている様に見えるが――やはりカメリアによってことごとく攻撃が裁かれている。
幸い、ふたりは闘いに夢中で、ストロヴェルに気付いていない。
ルージュに気付かれない内に、溶鉱炉に身を投じてしまえば、流石にルージュも諦めざるを得ないだろう。
「ルージュと……最期にちゃんとお別れを言いたかったけどな……」
悲しげに笑って、ストロヴェルはゆっくりと溶鉱炉へ歩み寄って行った。
「!」
その溶鉱炉の淵に――誰かが立っている。
煮え立つ湯気に隠れて見えなかったが、長い髪が上昇気流に流され、はためいている様だった。
まだ”青眼の魔女”の追手がいたか?
だがもはや、”青眼の魔女”のひとりやふたり、障害でも何でもない。
構わず突き進むストロヴェルに、その影が呼び掛けて来た。
「ここで貴女が命を落とせば――ルージュ=エンバーラストの心に大きな傷を残してしまいますよ」
「え……ッ!?」
聞き覚えのある声に、ストロヴェルが立ち止まる。
逆にその声の主が足音を立てて、水蒸気の中から姿を現した。
青みを帯びた黒髪を滑らか結わえた蒼い瞳の女。この国の最上級魔導師である事を示す紺色のローブを纏っている。
”青眼の魔女”の指揮官、バミューダ=クリアスペース!
「どうして……バミューダ様が、ここに……!?」
場にそぐわぬ柔らかな微笑みを湛えたまま、バミューダがゆっくりと歩み寄って来る。
「貴女とアクエリアスの犯した脱柵の責任を取って謹慎中の身ですが……魔導災害警報を聞き、居ても立っても居られず、駆けつけてしまいました」
ストロヴェルは、咄嗟にローブを引いて露わになっていた裸を隠す!
「見ないで下さい、バミューダ様! わたしは……汚れてしまったんです! ”VERDIGRIS”に、身体を汚染されているんです!」
青い涙を流す少女に、それでもバミューダは近寄り、その傍に膝を下ろした。
「汚れてなどいるものですか」
その細い指先で、ストロヴェルの涙をすくって見せる。
「貴女は可愛らしいままです。確かに姿は大きく変わってしまいましたが、貴女がわたくしにとって、最も大切な娣子である事に、変わりはありませんよ?」
上等なローブが、粘液で汚れる事も意に介さず、バミューダはストロヴェルを抱き締めた。
その温かさに、一瞬――ストロヴェルの心に安堵が灯ったが――
「ごめんなさい、バミューダ様」
そっとバミューダの身体を引き離す。
「わたしは――このまま生きているワケには行きません。わたしの意識がだいぶ微睡んでいるんです。このままわたしは――わたしじゃなくなります。その前に命を棄てなきゃならないんです」
一瞬、驚きに満ちた顔をしたバミューダだったが、すぐにその表情に、満面の笑みを戻した。
「そんな事はありませんよ。貴女がどうなろうと、わたくしにとってストロヴェルはストロヴェルです」
「そんな気休めは止して下さいッ!」
ドーム中に響き渡るストロヴェルの怒声。窯の反対側で闘っていたルージュとカメリアも、こちらに気付いた様だ。
「ヴェル!」
「何だよ……あれは……っ!?」
片や汚染が進んでしまったストロヴェルの姿を見て嘆くルージュ。片や変わり果てたライバルの姿に愕然とするカメリア。
鉄骨の上に降り立ったふたりが手を休め、こちらを凝視する。
「気休めなどではありません。これはわたくしの本心です」
バミューダが、ストロヴェルのローブを剥ぎ取り、彼女の裸を晒す。
「この”VERDIGRIS”に彩られた貴女の肉体も……とても美しい」
こちらの気持ちも知らない軽々なセリフに、流石のストロヴェルも憤った。こんな緑色のウロコだらけの身体が、美しいハズなどない!
「何で……そんな事が、気安く言えるんですか……っ!?」
怒りに震えるストロヴェルに、バミューダがにっこりと笑みを浮かべた。
その指先が、ストロヴェルの骨ばった頬を愛で、細い首筋を愛で、ささやかな胸の膨らみを愛でて――煌々と輝く”VERDIGRIS”を愛でる。
その微笑みに込められた――大量の狂気に、ストロヴェルの身体が戦慄する!
「忘れたのですか? 言ったでしょう……。
貴女の胸に埋め込まれた”VERDIGRIS”。これは正真正銘、わたくしが貴女の為に磨き出した、至高の魔導石だからです」
次回 7-5:”ブルーアイズ”の新たな輝き




