7-3:”魔染獣”の涙
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「ま……ッ、”魔染獣”だッ!」
誰かの叫び声が、町中に木霊する!
ルージュのマンションを後にしたストロヴェルは、重たい身体を引きずりながら、『ディス・カ・リカ』へと向かっていた。
零番街へと続く繁華街は、まだ大勢の人が行き交っていたが、青白い光を放ちながらフラフラと歩く少女の姿を見るや、パニックを起こした。街は蜂の巣を突いた様な騒ぎになり、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う!
まあ、当たり前である。
ストロヴェルは裸にローブ一枚と言うあられもない姿だが、好奇の目を向けられるどころではない。
その身体は、ほとんど青緑色に染まり、腕や脚は細く長く伸びて、関節が異様な方向に曲がっている。骨ばった指の合間に水かきの様な膜が張り、子どもの様に小さかった手のひらもすっかり変形してしまっていた。
紅と碧の瞳も、今や碧一色に染まりきってしまっている……。
”VERDIGRIS”による汚染は、ほぼ全身に行き渡っていた。
これが脳にまで到達してしまったら、もはやそれまでである。自我を失い、滅ぼされるまで破壊の限りを尽くす”魔染獣”となってしまうだろう。
いや――辛うじて人のかたちを保っているが、周囲の人間たちは、ストロヴェルを人だとは思っていない。人々にとって、ストロヴェルは既に”魔染獣”だった。
街の人々が蜘蛛の子を散らす様に逃げて、人っ子ひとりいなくなった無人の通りを、ストロヴェルは歩き続けた。彼女の歩いた道には、点々と青緑色の粘液が散らばっている。
その粘液の”青”を塗り潰す様に――赤い光が夜空を覆い、けたたましいサイレンが鳴り響いた!
「『フォス・フォシア』市民の皆様にお知らせします!
魔導災害警報発令! 魔導災害警報発令!
八番街から零番街を含む地域にて、魔導災害の発生を探知いたしました。付近の住民は屋内に退避して下さい!
繰り返し、市民の皆様にお知らせします――……」
街に、魔導災害の発生を知らせるアナウンスが響き渡る!
前回の放送は、脱柵したストロヴェルとアクエリアスを捕まえる為の嘘だったが、今回は真実を伝える放送である。
今ここに、”魔染獣”に成りかけの女が、実際に蠢いているのだから。
「……まさか、わたしが魔導災害になっちゃうなんてなぁ……」
サイレンの音に耳を傾けながら、ストロヴェルは空を見上げて自嘲した。その彼女の蒼い視線の先に、魔導石廃棄塔『ディス・カ・リカ』がそびえ立つ。
もう数区画も歩けば、ストロヴェルの墓標となる巨大なタワーはすぐそこである。電力が落ちてしまっている『ディス・カ・リカ』の天辺は暗くて見通す事が出来ない。
巨大なタワーの真っ黒なシルエットを見上げるストロヴェルの目に、天上から降り注ぐ幾つもの流れ星が映った。
いや――それは流れ星などではない!
その流星は、『ディス・カ・リカ』の前を横切り、ストロヴェルの行く手を阻む様に着地したのだ!
それは、十人ほどの女たち――。
「……”青眼の魔女”!」
それは、”青眼の魔女”の一部隊だった。揃いの蒼いローブを身に纏った女たちの蒼い双眸が、こちらを見つめている。
ずらりと並び、立ち塞がった彼女たちの顔に見た覚えはあるが、直接の面識はない。ストロヴェルの姉娣子に当たる魔女たちだ。
「……”青眼の魔女”のストロヴェルが”魔染獣”となってうろついていると通報があった時は、にわかには信じられなかったけど……」
ユニットリーダーらしい、髪の長い女が、ストロヴェルを見つめた。その女は、ルージュを思わせる赤い髪をしている。
「……”第十一世代”のストロヴェル。間違いないわね」
「……どうして、”魔染獣”がわたしだと解かったんですか?」
どうでも良い事だが、ふと気になって問う。
「貴女は、六番街の住人のあいだでは、そこそこ名が通っているらしいわよ?
魔導師ルージュのところに棲み付いたオッドアイの女の子ってね……」
そう言う事か……。
まあ、ルージュのところに住んでいるあいだ、彼女と一緒に買い物やら何やらで、町中をウロウロしていたから、ストロヴェルの顔を知っている者がいても不思議はない。
その誰かが――変わり果てたストロヴェルの姿を見て、治安維持騎士団に通報したのだろう。
そう解かっていて、”青眼の魔女”に討伐命令が下った――と、言う事は……。
「……流石のバミューダ様も、わたしが化け物になっては、斃すしかないとご判断されたんですね」
「残念ながらバミューダ様は、貴女とアクエリアスの反逆行為の責任を取って謹慎中の身。
わたしたちに指示を出したのは、もっと上の上層部のお偉方よ」
ユニットリーダーの女が淡々と語る。その言葉に、ストロヴェルはほっとした。
バミューダが、ストロヴェルを葬る様に指示を出したワケではない。それが解かっただけで充分だった。信頼する師から抹殺命令が出される事ほど、辛いものはない……。
「ストロヴェル、貴女を処分する様に命令を受けています」
こちらの意思を確認する様に、改めて”第七世代”が宣言する。
不幸中の幸いと言うべきか、”第七世代”の姉貴分たちはストロヴェルを葬る事に、躊躇いは無い様子である。
これならば――楽に逝かせてもらえるだろう。
「……好都合かな……?」
薄く笑って、ストロヴェルはローブを翻し、”マギ・コード”を編み上げる!
人間だった時とは比較にならない巨大な”マギ・コード”に強力な魔力が注ぎ込まれて行くのが解かる! その圧倒的な魔力の旋律に、ストロヴェルは心が震えるのを実感した。
快感を感じているのだ。巨大な魔力を存分に振るう事に――!
散開した”青眼の魔女”たちも、それを見て一気に飛び掛かって来た! それぞれが”マギ・コード”を編みながら、突進して来る!
それを見たストロヴェルは――編み上げた”マギ・コード”を霧散させ、無防備に身体を晒す。
攻撃の姿勢を見せたのは、”第七世代”の攻撃を誘う為だ。本気の彼女たちであれば、ストロヴェルを一撃で消し飛ばしてくれるだろう。
”青眼の魔女”の強力な一撃は、”魔染獣”の表皮を撃ち抜くほどだ。
それを喰らったら、どれほど痛いだろうか? どれほど苦しいだろうか?
覚悟を決めて――ぎゅっと目を瞑る!
一斉放射された青白い熱線が、一直線にストロヴェルを穿つ!
鋼鉄をも瞬時に蒸発させるだろうビームが、ストロヴェルの胸を、顔を打ち、腕も脚も打ち付けた!
しかし――!
直撃直前で、ストロヴェルの意志とは関係なく展開された複数の”魔法障壁”が、それらをすべて反射する! 弾かれた熱線は大地を抉り爆炎を巻き上げ、地響きを上げて拡散した!
煙を上げる大地の中心に、何事もなくストロヴェルは立ち尽くしている。
「そんな……ッ!?」
唖然とする”青眼の魔女”!
彼女たちの放った熱線の威力は確かで、それは”魔染獣”の”魔法障壁”を撃ち抜くには充分だったハズだ。
しかし、ストロヴェルの身体には、かすり傷を付ける事さえ叶わなかった……。
何しろ、彼女の胸に埋められた”VERDIGRIS”には、これまで”魔力消去”によって吸収された魔力が凝縮しているのだ。その魔力の大半は、ルージュと再会した時の”タイタンフェイド魔動炉”と、ルージュとともにカメリアを救った”スカイシェイク魔動炉”のエネルギーだ。
ストロヴェルは、”魔動炉”二基分の魔力を得ているのである。
かつてない強大な魔力の塊と化した彼女は――”青眼の魔女”ですら傷つける事の出来ない化け物と化してしまったのだ。
戦慄する”青眼の魔女”たちに囲まれながら――ストロヴェルは蒼い涙を流した。この街に――自分の命を奪ってくれる魔導師は――いないのだ。
やはり、『ディス・カ・リカ』の業火に身を捧げ、焼かれる以外にこの魔導災害を鎮める手段はない。
ゆっくりと瞳を開き、ストロヴェルは冷たく囁いた。
「お願い……どいて下さい。道を開けてくれないのであれば――
わたしは魔導災害として、貴女たちの命を奪う事に、躊躇はありません」
次回 7-4:至高の魔導石




