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7-2:ゴミ棄て場の闘い

 ***


 『ディス・カ・リカ』の(ふもと)に辿り着き、ルージュは両腕を(ひざ)につけて、大きく息を切らした。

 太陽は西に傾き、『フォス・フォシア』の(ふち)に沈みつつあるが、自宅を出た時、(すで)に夕暮れだった事を思えば、我ながらよく走り切ったものである。六番街(ヘクサ・アーク)から、零番街(グラウンド・ゼロ)までの自己新記録ではないだろうか?


 だが、本番はこれからだ――。

 正面入り口の鉄扉をこじ開け、内部に入る。


 地下の”スカイシェイク魔動炉(リアクター)”の火が落ちている為、タワーの中は薄暗い。

 ”魔動炉(リアクター)”を再起動し、大量のエネルギーを集められなければ、復旧作業は再開の目途(めど)が立たないだろう。

 だが、そのエネルギー源たる”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”は、カメリアの腕の中だ。

 そして、その”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”が”スカイシェイク魔動炉(リアクター)”に戻る事はない。

 あれは、ストロヴェルの命を救う為に、絶対必要なものなのだ。


「よぉ、ルージュじゃないか」

 薄暗闇の中で、呼び止められる。

 振り向けば、入口近くに分厚いメガネをかけた禿げ頭の老人がひとり。カウンターに頬杖をついて、暇そうにしている。

「マスター・ワイン」

 この『ディス・カ・リカ』を管理するギルドのマスターだ。

「聞いたぞ。”スカイシェイク魔動炉(リアクター)”から火が消えたのは、お前たちが関わっているんだってな。お陰でこっちは商売上がったりだ」

 ワインが苦笑して、肩を(すく)める。


「ごめんなさいね。けど、アタシは今、友達を助ける事で精一杯なの」

「このあいだ連れて来た、あの”青眼の魔女(ブルーアイズ)”の恋人さんの事かい?」

 頷くルージュ。

「アタシよりちょっと前に、同じ”青眼の魔女(ブルーアイズ)”の金髪(ブロンド)の子が来なかった?」

「あそこだ」


 面倒臭そうにワインの指差した方を見上げる。

 崩壊した外壁の向こうには、復旧作業の為に組まれた鉄骨の足場が見え――その階段を必死に登る少女の姿が見えた。

 高すぎて良く見えないが、間違いなくカメリアだ! まだ、仕事を終えてはいないらしい。

「アタシも上に登るわ!」

 後を追おうと走り出しかけたルージュの腕を、ワインが掴む。


 親指を立てて、奥の昇降機(エレベーター)を指差した。

「あの娘にゃ、電源喪失で動かねぇと伝えたがね。実は蓄電機(バツテリー)で二、三回は動くんじゃ」

「ありがとう……! ひとつお願いがあるんだけど……!」

「何だい?」

「後からここに、ヴェルが来るかも知れない」

「例の恋人さんだな?」

「たぶん、前とはずいぶん姿が変わってしまっていると思うの」

「それで? 足止めすりゃいいのかい?」

 ルージュは強く否定した。


 今のストロヴェルは、自分で自分のちからを制御出来(でき)ていない。下手(へた)に彼女を止めようとすれば、彼女の意に反して、取り返しの付かない事態を招いてしまうかも知れない。

「ただただ……黙って通してあげて欲しいの」

「いいのかい、それで?」

「あの子は必ずアタシが助ける。だから、マスターは何もしないで欲しい。あの子の望まない結果を生んでしまうかも知れないわ」

「解かったよ」


 ワインに礼を言って、昇降機(エレベーター)に近づき、ボタンを押す。ワインの言った通り、昇降機(エレベーター)(うな)りを上げて地上へと降りて来た。


 扉が開き切るのさえ待ちきれず、ルージュはカゴに飛び乗る。

 最上階へ向け、昇降機(エレベーター)はぐんぐん上がって行った。外が丸見えの昇降機(エレベーター)からは、息せき切らして階段を登るカメリアが、追い抜かれて行くのが解かる。


 確実に溶鉱炉前で待ち伏せる事が出来る。これで”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を手に入れ損ねたら、本当に間抜けだ。

 扉が開き、頂上の溶鉱炉へ。


 ”魔染獣カメリア”が破壊したドーム状の天井は、まったく直っておらず、大穴から星が(またた)き始めた大空が見えた。

 まるでちょっとした天体観測所だ。


 足元にはぐつぐつと青い炎が煮え(たぎ)る溶鉱炉。

 炉自体は健在で、周囲を取り囲む”制御棒(コントロールロツド)”も生きている。”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を投棄されたらアウトだ。


 気を引き締めて、外階段の入口を見据えた。

 待つ事しばし――カメリアが、階段下からその姿を現した。過酷な垂直登攀(とうはん)を成し遂げた少女が、いるハズのない赤毛の魔導師の姿を認めて、目を丸くする。


「……ルージュ=エンバーラスト!? なんでアンタがここにいるんだ!?」

「そんな事はどうでもいいわ」

 つかつかと歩み寄るルージュ。警戒の眼差しでカメリアは周囲を探っている様だった。


「ストロヴェルはどこに隠れてる? アタイを奇襲しようってのか?」

 どうやら、背を向けて逃げるのに必死だったカメリアは、ストロヴェルのその後を知らないらしい。

「……そのヴェルが、倒れたのよ」

「何だって……!?」

「あの子の胸に埋め込まれた魔導石は――それと同じ”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”だったのよ!

 ……後はもう、言わなくても解かるでしょ?」


 (しばら)呆然(ぼうぜん)としていたカメリアだが――――

「はっ……ははは……ッ!」

 高々と笑い声を上げて、天を(あお)いだ。

「なるほどね。それが”魔法消去(ルーン・キヤンセル)”とか言う術の正体だったワケだ。って事は、あれかい? アイツはその内”魔染獣”になっちまうって事かい?」

 ルージュの渋い表情で、察したらしいカメリアがニヤリと笑みを歪める。

「ああ……そうかい。もうなっちまったワケだ」


 痺れを切らしたルージュが怒鳴った!

「解かっているなら、アンタの”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を渡しなさいッ!

 それがなければ、ヴェルは本当に”魔染獣”になってしまうわッ!」

「良いじゃないか! アイツだってアタイを”魔染獣”にしたんだ! 因果応報ってヤツじゃないかしら!? 存分に苦しんでもらわなくちゃ!」

「確かにあの子は、アンタに酷い事をしたわ。けど、それだって元を(ただ)せば……」


 いや、今はそんな事を言い合っている時ではない。

 ルージュは、”マギ・コード”を展開して構えた!

「……渡すつもりがないなら、ちからづくで奪わせてもらうわ!」

「大きく出たねぇ、低級魔導師風情が……。”青眼の魔女(ブルーアイズ)”のアタイに、勝てるとでも思っているのかい?」

 不敵な笑みを浮かべて、カメリアも”マギ・コード”を編み出した。胸の前に構えた彼女の腕に、周囲の空気が流れ込み、圧縮されて行く!


「やってみなきゃ解からないわ!」

 魔導石から噴き出した炎を脚に纏わせ、ルージュがカメリアに斬りかかった!

発現せよ(マテリアライズ)! 撃ち砕け、”紅蓮蹴撃(メテオ・シュート)!」


 纏った炎を渦巻かせ、ルージュの回し蹴りがカメリアを襲う!

 だが――

「叩き付けろ! ”暴風圧(エアロ・プツシユ)”!」

 カメリアは風を纏った腕を振り下ろし、床に叩き付けた!

 巻き起こった烈風が、彼女の身体を空中高く打ち上げる!

「!?」


 目標を失ったルージュの蹴りは虚しく空を切り、纏っていた炎は風圧によって消し飛ばされてしまった。

 空中に逃げたカメリアの姿を追えば、風に乗って天井を支える鉄骨の梁に飛び乗っている。チラリとルージュを見下ろすと、一目散に鉄骨の上を駆け出した!

 カメリアが向かった先は――溶鉱炉の真上!


 本来の任務である”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”の処分を優先する腹か!?

 ことストロヴェルとの絡みでは感情的になるカメリアだが、それ以外の場面では精鋭部隊の一員らしく、実に合理的な判断を下す。

 感心している場合ではない。このまま溶鉱炉の真上から、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を棄てられたら勝負ありである。

「させないわッ!」


 再度、”マギ・コード”を編み上げるルージュ。今度は、炎を手のひらに集中して行く!

「斬り裂け、”紅刃光斬(クリム・ストライカー)”!」

 ルージュの腕から放たれた深紅の光刃が、横一文字にカメリアに斬りかかる!

「効かないね!」

 その光刃を、手のひらに生んだ”魔法障壁(シールド)”で、ピンポイントに防御するカメリア! アクエリアスも見せた技だが、相変わらず”青眼の魔女(ブルーアイズ)”の動体視力には恐れ入る!

 しかし、ルージュの狙いは、カメリアではない!


 紅い刃はそのまま伸びて、天井から鉄骨を支えていた柱をことごとく切断した!

「何ッ!?」

 カメリアが驚いた時にはもう遅い。自重を支えきれなくなった鉄骨が斜めに傾き、そこに乗っていたカメリアは大きくバランスを崩す!

 慌てて、崩落する鉄骨から別の鉄骨に飛び移るカメリア!


 何とか安定した鉄骨に移り渡り、一息つくカメリアだったが――

 彼女がドタバタしている隙に、ルージュも同じ鉄骨に飛び乗っていた。もちろん、溶鉱炉への道を塞ぐかたちで。


「ちくしょうッ!」

 悪態をついて、ルージュを睨む!

 鉄骨の上で睨み合うかたちとなったふたり。その頭上――吹き抜けた天井から見える夜空が、赤く染まる! 同時に響く、けたたましいサイレン!


「『フォス・フォシア』市民の皆様にお知らせします!

 魔導災害警報(レツド・アラート)発令! 魔導災害警報(レツド・アラート)発令!

 八番街(オクタ・アーク)から零番街(グラウンド・ゼロ)を含む地域にて、魔導災害の発生を探知いたしました。付近の住民は屋内に退避して下さい!

 繰り返し、市民の皆様にお知らせします――……」

 街に響き渡る――抑揚のない女の声のアナウンス!


「こんな時に――”魔染獣”の出現かよッ!?」

 赤く染まった空を見上げ、カメリアが苛立つ素振りを見せた。

 だが――ルージュは、壊れた外壁から、地上を見下ろす。空とは対照的に真っ黒に染まった大地。その一点に、煌々(こうこう)と輝く――蒼い光!


「……違う。絶対に違う……!

 あの子は……”魔染獣”なんかじゃないわ……!」

次回: 7-3:”魔染獣”の涙

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