7-2:ゴミ棄て場の闘い
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『ディス・カ・リカ』の麓に辿り着き、ルージュは両腕を膝につけて、大きく息を切らした。
太陽は西に傾き、『フォス・フォシア』の縁に沈みつつあるが、自宅を出た時、既に夕暮れだった事を思えば、我ながらよく走り切ったものである。六番街から、零番街までの自己新記録ではないだろうか?
だが、本番はこれからだ――。
正面入り口の鉄扉をこじ開け、内部に入る。
地下の”スカイシェイク魔動炉”の火が落ちている為、タワーの中は薄暗い。
”魔動炉”を再起動し、大量のエネルギーを集められなければ、復旧作業は再開の目途が立たないだろう。
だが、そのエネルギー源たる”VERDIGRIS”は、カメリアの腕の中だ。
そして、その”VERDIGRIS”が”スカイシェイク魔動炉”に戻る事はない。
あれは、ストロヴェルの命を救う為に、絶対必要なものなのだ。
「よぉ、ルージュじゃないか」
薄暗闇の中で、呼び止められる。
振り向けば、入口近くに分厚いメガネをかけた禿げ頭の老人がひとり。カウンターに頬杖をついて、暇そうにしている。
「マスター・ワイン」
この『ディス・カ・リカ』を管理するギルドのマスターだ。
「聞いたぞ。”スカイシェイク魔動炉”から火が消えたのは、お前たちが関わっているんだってな。お陰でこっちは商売上がったりだ」
ワインが苦笑して、肩を竦める。
「ごめんなさいね。けど、アタシは今、友達を助ける事で精一杯なの」
「このあいだ連れて来た、あの”青眼の魔女”の恋人さんの事かい?」
頷くルージュ。
「アタシよりちょっと前に、同じ”青眼の魔女”の金髪の子が来なかった?」
「あそこだ」
面倒臭そうにワインの指差した方を見上げる。
崩壊した外壁の向こうには、復旧作業の為に組まれた鉄骨の足場が見え――その階段を必死に登る少女の姿が見えた。
高すぎて良く見えないが、間違いなくカメリアだ! まだ、仕事を終えてはいないらしい。
「アタシも上に登るわ!」
後を追おうと走り出しかけたルージュの腕を、ワインが掴む。
親指を立てて、奥の昇降機を指差した。
「あの娘にゃ、電源喪失で動かねぇと伝えたがね。実は蓄電機で二、三回は動くんじゃ」
「ありがとう……! ひとつお願いがあるんだけど……!」
「何だい?」
「後からここに、ヴェルが来るかも知れない」
「例の恋人さんだな?」
「たぶん、前とはずいぶん姿が変わってしまっていると思うの」
「それで? 足止めすりゃいいのかい?」
ルージュは強く否定した。
今のストロヴェルは、自分で自分のちからを制御出来ていない。下手に彼女を止めようとすれば、彼女の意に反して、取り返しの付かない事態を招いてしまうかも知れない。
「ただただ……黙って通してあげて欲しいの」
「いいのかい、それで?」
「あの子は必ずアタシが助ける。だから、マスターは何もしないで欲しい。あの子の望まない結果を生んでしまうかも知れないわ」
「解かったよ」
ワインに礼を言って、昇降機に近づき、ボタンを押す。ワインの言った通り、昇降機は唸りを上げて地上へと降りて来た。
扉が開き切るのさえ待ちきれず、ルージュはカゴに飛び乗る。
最上階へ向け、昇降機はぐんぐん上がって行った。外が丸見えの昇降機からは、息せき切らして階段を登るカメリアが、追い抜かれて行くのが解かる。
確実に溶鉱炉前で待ち伏せる事が出来る。これで”VERDIGRIS”を手に入れ損ねたら、本当に間抜けだ。
扉が開き、頂上の溶鉱炉へ。
”魔染獣カメリア”が破壊したドーム状の天井は、まったく直っておらず、大穴から星が瞬き始めた大空が見えた。
まるでちょっとした天体観測所だ。
足元にはぐつぐつと青い炎が煮え滾る溶鉱炉。
炉自体は健在で、周囲を取り囲む”制御棒”も生きている。”VERDIGRIS”を投棄されたらアウトだ。
気を引き締めて、外階段の入口を見据えた。
待つ事しばし――カメリアが、階段下からその姿を現した。過酷な垂直登攀を成し遂げた少女が、いるハズのない赤毛の魔導師の姿を認めて、目を丸くする。
「……ルージュ=エンバーラスト!? なんでアンタがここにいるんだ!?」
「そんな事はどうでもいいわ」
つかつかと歩み寄るルージュ。警戒の眼差しでカメリアは周囲を探っている様だった。
「ストロヴェルはどこに隠れてる? アタイを奇襲しようってのか?」
どうやら、背を向けて逃げるのに必死だったカメリアは、ストロヴェルのその後を知らないらしい。
「……そのヴェルが、倒れたのよ」
「何だって……!?」
「あの子の胸に埋め込まれた魔導石は――それと同じ”VERDIGRIS”だったのよ!
……後はもう、言わなくても解かるでしょ?」
暫く呆然としていたカメリアだが――――
「はっ……ははは……ッ!」
高々と笑い声を上げて、天を仰いだ。
「なるほどね。それが”魔法消去”とか言う術の正体だったワケだ。って事は、あれかい? アイツはその内”魔染獣”になっちまうって事かい?」
ルージュの渋い表情で、察したらしいカメリアがニヤリと笑みを歪める。
「ああ……そうかい。もうなっちまったワケだ」
痺れを切らしたルージュが怒鳴った!
「解かっているなら、アンタの”VERDIGRIS”を渡しなさいッ!
それがなければ、ヴェルは本当に”魔染獣”になってしまうわッ!」
「良いじゃないか! アイツだってアタイを”魔染獣”にしたんだ! 因果応報ってヤツじゃないかしら!? 存分に苦しんでもらわなくちゃ!」
「確かにあの子は、アンタに酷い事をしたわ。けど、それだって元を質せば……」
いや、今はそんな事を言い合っている時ではない。
ルージュは、”マギ・コード”を展開して構えた!
「……渡すつもりがないなら、ちからづくで奪わせてもらうわ!」
「大きく出たねぇ、低級魔導師風情が……。”青眼の魔女”のアタイに、勝てるとでも思っているのかい?」
不敵な笑みを浮かべて、カメリアも”マギ・コード”を編み出した。胸の前に構えた彼女の腕に、周囲の空気が流れ込み、圧縮されて行く!
「やってみなきゃ解からないわ!」
魔導石から噴き出した炎を脚に纏わせ、ルージュがカメリアに斬りかかった!
「発現せよ! 撃ち砕け、”紅蓮蹴撃!」
纏った炎を渦巻かせ、ルージュの回し蹴りがカメリアを襲う!
だが――
「叩き付けろ! ”暴風圧”!」
カメリアは風を纏った腕を振り下ろし、床に叩き付けた!
巻き起こった烈風が、彼女の身体を空中高く打ち上げる!
「!?」
目標を失ったルージュの蹴りは虚しく空を切り、纏っていた炎は風圧によって消し飛ばされてしまった。
空中に逃げたカメリアの姿を追えば、風に乗って天井を支える鉄骨の梁に飛び乗っている。チラリとルージュを見下ろすと、一目散に鉄骨の上を駆け出した!
カメリアが向かった先は――溶鉱炉の真上!
本来の任務である”VERDIGRIS”の処分を優先する腹か!?
ことストロヴェルとの絡みでは感情的になるカメリアだが、それ以外の場面では精鋭部隊の一員らしく、実に合理的な判断を下す。
感心している場合ではない。このまま溶鉱炉の真上から、”VERDIGRIS”を棄てられたら勝負ありである。
「させないわッ!」
再度、”マギ・コード”を編み上げるルージュ。今度は、炎を手のひらに集中して行く!
「斬り裂け、”紅刃光斬”!」
ルージュの腕から放たれた深紅の光刃が、横一文字にカメリアに斬りかかる!
「効かないね!」
その光刃を、手のひらに生んだ”魔法障壁”で、ピンポイントに防御するカメリア! アクエリアスも見せた技だが、相変わらず”青眼の魔女”の動体視力には恐れ入る!
しかし、ルージュの狙いは、カメリアではない!
紅い刃はそのまま伸びて、天井から鉄骨を支えていた柱をことごとく切断した!
「何ッ!?」
カメリアが驚いた時にはもう遅い。自重を支えきれなくなった鉄骨が斜めに傾き、そこに乗っていたカメリアは大きくバランスを崩す!
慌てて、崩落する鉄骨から別の鉄骨に飛び移るカメリア!
何とか安定した鉄骨に移り渡り、一息つくカメリアだったが――
彼女がドタバタしている隙に、ルージュも同じ鉄骨に飛び乗っていた。もちろん、溶鉱炉への道を塞ぐかたちで。
「ちくしょうッ!」
悪態をついて、ルージュを睨む!
鉄骨の上で睨み合うかたちとなったふたり。その頭上――吹き抜けた天井から見える夜空が、赤く染まる! 同時に響く、けたたましいサイレン!
「『フォス・フォシア』市民の皆様にお知らせします!
魔導災害警報発令! 魔導災害警報発令!
八番街から零番街を含む地域にて、魔導災害の発生を探知いたしました。付近の住民は屋内に退避して下さい!
繰り返し、市民の皆様にお知らせします――……」
街に響き渡る――抑揚のない女の声のアナウンス!
「こんな時に――”魔染獣”の出現かよッ!?」
赤く染まった空を見上げ、カメリアが苛立つ素振りを見せた。
だが――ルージュは、壊れた外壁から、地上を見下ろす。空とは対照的に真っ黒に染まった大地。その一点に、煌々と輝く――蒼い光!
「……違う。絶対に違う……!
あの子は……”魔染獣”なんかじゃないわ……!」
次回: 7-3:”魔染獣”の涙




